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第三百四十九話 瓢箪から駒 その4



 「頼まれていた件」


 エミール・バルベルクがひょいと紙束を投げて寄越した。

 シアラ殿下の縁談、駙馬むこぎみ候補「たりうる」独身貴族(?)のリストである。

 

 「俺にはどこまでも内朝仕事がついて回る」


 エミールはアイシャ殿下の「ご学友」として、十を迎える前から宮中デビューしていた。

 そのため内朝(国王個人また王室に関わる行政)、ことに後宮関係ならば任せて間違いないのだが。

 そのことに小さなコンプレックスを抱いているあたり、いかにも王国の少年で。


 「焦るなよ、学士どの。内朝に強い男は重宝される」

 

 「それすら一周後れで回らされてはね」

 

 エミールのキャリアは、俺と似ていた。

 こちらとしては風除け、あるいは観測気球にされているような気がしてならない。

 

 「権中将にさせられなかったぶんの手柄しごとは回すさ」


 「『頼まなくちゃ仕事が回らない』ぐらい言ってくれ。ともかく、リストだ」


 予想通りの無難な顔ぶれが並ぶ中、途中から趣が変わっていた。


 「次席典侍……カリンサさまのお局に顔を出したら、刑部卿宮さまと鉢合わせてね? 『年上の頼り甲斐ある男を望む、親心でしょう。しかし年下の若君とご縁を持ち、母代わり姉代わりとして末永く共に暮らす夫婦も悪くはないものです』と」

 

 ことに母親を早くに亡くしている少年は、か。

 当家で預かっているスゥツ・チェンの名が挙がっていた。

 だがデクスター家、ノーフォーク家がシアラ殿下を受け入れないことを思えば。


 「スゥツを完全に分家扱いか? 後のお家騒動は防げるだろうが……」


 こういう発想ができるあたり、やはりエミールは内朝系。宮廷政治家の素質がある。

 まさか、来秋には学園を実質的に卒業し出仕するであろうスゥツの家格をあらかじめ極め付けて、出世競争の突き上げを弱めよう……などと思っているわけでもあるまいが。

  

 「メルやキュビとは違うんだから、分かるだろ?」


 同じ思考を辿れるならば、「綺麗な手」とは言わせない……か。

 

 「同じチェン家なら、むしろイセンにお勧めの縁談だと俺は思っていた。だがそもそも」


 ロシウがある以上、どうしたってイセンは分家扱いにならざるを得ないから。

 庶民の生活に一定の理解があって贅沢をしないシアラ殿下ならば性格も合っている、かもしれない。


 「イセンにするなら、ガタガタ言う前に『こちら』で話を詰めるべきだ」


 右京の「女性活動家」がらみの件で拗らせ童貞ぶりを見て以来、エミールはイセンをどこか見下げている風がある。

 だが実際、詰める前に話を持って行こうものなら「侍女がいるから……」とか、貴族にあるまじき言い訳を口にしかねないから困るのだ。


 「いやしかし、エミール。そもそもスゥツにせよ、イセンにせよ」


 チェン家に陛下の姫君がふたり……それはそれで、次代を思う諸家がざわつく。

 イセンならばむしろコンラート・クロイツを候補にするほうが良い。 


 「絞る前に、とりあえず続けるぞ。侍従から衛門小隊長へと配置転換されたアベルも候補に挙げられる」


 祖父は式部卿、家格は十分。

 エミールがあえて口にした理由は、俺の考えを確認するため。

 式部省の外局に縄張りを持つ俺はアベルの「兄貴分」的なところがあり、推すなら積極的に動くべき立場だから。

  

 「ヒロのところにも『陳情』、来てるんだろう? 自薦の立候補者。すり合わせたいから教えてくれ」


 分かってて言ってやがる。

 貴族に復帰したばかりのカレワラ家には「毛並みの良い」連中は寄り付かないのだ。

 つまりきみはそんなやつなんだな? なら聞かせてやる。後悔するなよ?


 「ああ。刑部権大輔……ほか、僥倖ワンチャンを期待する独身貴族おっさんが数人。それと、意外なところで……」


 大輔の家柄では、梃子入れをしないと家格がつりあわない。むしろその梃子入れ目当てで申し込んでいるからこそ「ワンチャン狙い」なのである。

 まあね? から騒ぎを含めてこそ「宮中の華やぎ」だから、悪く言う気は無い。

 そう、悪く言いたくは無いのだが。

 

 「ミカエル・シャガールにコーワ・クスムス、そしてユースフ・ヘクマチアルから、『よろしくお伝え願えませんか』との申し出があった」


 華やぎのために俺の胃を攻撃するのはやめてくれ。


 「陰陽頭のクスムス!? それにヘクマチアル?」


 陰陽頭は少輔(課長級)相当の家格。卿(局長級)、大輔(部長級)ならともかく、さすがに厳しい。霊能は遺伝しないと知っているはずなのに、何を思っているのやら。

 シャガール家の格はクスムス家よりも下。実力で大輔級以上への成り上がりは固いと見られているから、まだ脈があるけれど。

 ヘクマチアルは、家格だけを言うならば十分だが……何せ貴族社会の嫌われ者ゆえ。


 「付き合う相手を考えた方が良い……と言うより、その3人。ヒロとは険悪だったんじゃ?」


 是々非々、なのである。困ったことに。切ろうにも切れないあたり、悪縁とはこれを称して言うべきか。

 接点が無ければ縁ができない、険悪にもなりようが無い。危うきに近寄る必要が無いバルベルク家クラスの上流貴族には分かろうはずもないところ。


 「しかしご降嫁を願うとは、増長にもほどがあるだろう。ロシウさんがいないだけで、この様か!」


 以前、陰陽師は鼻つまみ者……という話をしたことがあるけれど。彼らを最も嫌悪しているのがロシウ・チェンその人で。

 と、言うのも。陰陽寮の官吏は「霊能力者は全人口の10%」なる経験則を信奉し、「子作りガチャ」に本気で取り組むものだから。

 「母子が無事、いかに得難い幸せか」と唇を噛むロシウとは、心の柔らかいところで相性最悪なのである。そして真の貴族たる者、不愉快を表明するにおいて遠慮をしないものだから。


 「意欲的な(えげつない)中流貴族を抑えられるか……ロシウさんから出向前に挑発されたよ。ミカエルについては、イーサンあたりが相当バチバチやり合ってる。蔵人所で見てるだろう?」

 

 「乗った。ヘクマチアルには俺が当たる」


 目の輝きが、声の張りが違っていた。

 家格をあてこすったことなど、悪びれもしない。

 この切り替えの早さ、爽やかさ。まさに公達、上流貴族。


 だがユースフの申し出を見るに、ヘクマチアルの復権運動もどうやら本気だ。

 なにせ一族がみな王都に集結している。


 「ユースフの申し出、な? 兄を差し置いてのものだ」


 三兄弟の長兄、ターヘル・ヘクマチアル。サンバラ知州の任を解かれ帰京していた。

 エミールの年では(俺もだが)直接の面識が無いはず。

 伝え聞くに「優雅な振舞いから突然キレる」ことで恐れられるユースフとは違い、「常にイッちゃってる」系の怖さがあるとかなんとか。


 「復権運動だけではなく、ヘクマチアル家内部でも主導権争いがあるらしいけど」

 

 挑発し、「できらぁ」と言わせておいて、面倒な事情を後出しする。ロシウ・チェンにさんざんやられた手口である。

 それでもやるかい、エミール君? 


 「もちろん近衛府でもバックアップする」

 

 と、そこで締めることができれば、俺もロシウの向こうを張れるのだが。



 「良いかヒロ?」


 蔵人頭ウォルター・リーモン閣下が、すいと立ち入っていた。

 その向こう、扉の陰からアカイウスが見せていた笑顔の小憎らしいこと。

 だが精鋭将校ならではのその果断、間違ったためしがないのである。

 

 「スレイマン殿下から、マックスを推薦する旨のお話があった」


 淡々と口にされた情報はしかし瓢箪から駒……いや、これはただ出し抜かれただけ、俺が怠慢だったというに過ぎない。


 サンバラ州に出向中のマクシミリアン・オーウェルは、人格キャリア家柄その全てにおいて大本命と言って良い。

 父であるご当主・子爵閣下に打診するつもりでいたところ、ミカエルだのユースフだのに絡まれて。その間に先を越されたのは痛恨事であった。


 「『月下氷人なこうどに独身者を頼むわけにも参るまい?』との仰せであったが」


 狙いは明確。俺を避け、オーウェルとリーモンに繋ぎをつけたのである。

 

 「英雄王親衛四家、これは集まらざるを得ない……ヒロ、君持ちだ」


 その程度で済ませてくれようとするあたり、やはりウォルターさんには世話になりっぱなしなのである。出会った時の関係性とは後々まで尾を引くものか。

 至らぬ近衛中隊長を眺めるエミールには、「そう羨むほどの地位でもない。何もできぬよりはまし、それだけさ」と、痛烈な嗜めのおまけつき。


 穏やかな顔でこの強気。もうね、ほんと憧れますわ。

 おっとアリエル先生、恋愛に関する卓見の開陳はご容赦ください。



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