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第三百四十九話 瓢箪から駒 その1



 ティムル・ベンサムと愉快な仲間たちによる内偵の結果が出た。

 盗難事件の犯人と目された近衛兵を呼び出し、話を聞いてみたところ。


 「シアラ殿下が公達の身辺を調査している?」


 「『身近に使う小物を見れば、お人柄もしのばれます』と仰せである()


 で、近衛府に落ちている私物をせっせと拾い集めていた。

 理屈は通る、けれど。

 「と」、その旨誰から聞いたのかが一大論点でありまして。


 「さる女官どのから頼まれたのです」

 

 それきり首から頬まで真っ赤にして口を噤む若者(十六歳)に、ティムルが舌打ちを見せる。


 「こうなっては埒が明かぬと相場が決まっていますから」


 俺には笑顔を見せていたけれど、改めて振り向くや怖い顔。


 「さあ、約束通り中隊長殿ご面前で弁明の機会を与えたのだ。正確に述べよ。全てを、一言一句過たずに」


 執拗に供述を繰り返させた結果が、なるほどティムルの言うとおりで。

 「諸事情により遅れていたご降嫁のお話がようやく動き始めた、さる姫宮さま」のお求めであると、「典侍にお仕えしていると名乗る女性」から依頼された……それが正確なところであった。

 眼前の近衛兵、それはつまり「シアラ殿下」のお求めに「『後宮の母ちゃん』こと次席典侍(ないしのすけ)カリンサさまに仕える女官」が依頼しに来たものとひとり合点。天晴れ忠義の心に打たれ立ち働いたと。

 含み多き言葉を用いがちな我ら貴族、その慣習を逆手に取られたものらしい。



 首根っこを引き据えられるようにして連行されながらも、その目には隠しきれぬ輝きを浮かべていた――いまだ身分軽きゆえに後宮へのお出入りなど適わぬところ、思わぬ機会が転がり込んで来たもので――くだんの近衛兵であったが、その元気は一気にしぼんでいた。


 訪ねたる次席典侍カリンサさま、激怒しておいでであったから。

 いや、名を騙られた(?)ご当人のお怒りは当然であるし、それだけならば「ご褒美」と捉える向きも無くは無いけれど。周囲の皆さまから一斉に上がった声が厳しかったもので。

 

 「軽率に過ぎましょう」……と、凛然たる声が飛ぶのは当然として。

 「落ちた物を拾い集めるなど浅ましい」……皆さんそのへん割と寛容、いえ何でもありません。

 「取り入るつもりであったのですか?」……あいや、少々お待ちいただきたい。

 「いくら積まれたのです!」……ウチの部下に、陛下の近衛に何だって?

 

 名を騙られれば不快、犯人・目的明らかならざれば不気味、男手無き後宮であれば不安……ゆえにヒートアップなさるのは当然としても。

 さすがに我慢ならなかったらしい。件の近衛兵、凄まじい気合声を響かせた。

 

 「礼金など! レディ引いてはプリンセスのためにすることですよ!」

 

 一部の女官が頷きを返した。信を置いた証だろう。

 そうそう。男はね、優しいだけ、へこまされる一方じゃダメなのよねなぜか。

 

 しかし年少の意気込みとは善意100パーセントだけに性質が悪い。どう宥めたものかと思っていたところが。


 「ホントかなぁ?」


 ゴロリ……と、簀子縁すのこえんで横になっていた立花伯爵が簾を巻き上げ入って来た。


 「後宮なのだ、もう少し面白い話を聞きたいね。女官の人相風体など、聞かせたまえ」


 何より大事はそこだろうと、オサムさんに固有の関心ではあるが。

 いつ如何なる時も立花の名を継ぐ者は迷妄の霧に真実の光を当てるのである。


 「臈長ろうたけた、声音深き」


 なるほどね、なら叱責のしようはあると。身に覚えのある男どもは納得し。

 年上好みの性癖をばらされた近衛兵は女官たちから先ほど以上の支持を得た。

  

 風当たりは弱くなったが、ミソをつけてしまったことは確かで。

 問題が近衛府内部にとどまるならば中隊長の権限でどうとでも揉み消す……もとい、局内の問題として処理できたものを。

 

 「女官と思しきその女、これなる近衛兵と落ち合わせ小物を受け取って後、王宮内を西へ向かったそうです。そのたび途中で見送りを断っていたそうですが……」


 「後を当ててみせようか、ティムル君。レディのため労を惜しまぬ若き紳士はエスコートの任を全うすべくひそかに後を慕った(・・・・・・・・・)。すると確かに後宮の門を堂々とくぐり、中へ消えて行った」


 苦笑いが広がる中ひとり、権限と責任の分担について先日李老師から受けた教えに感謝して――いや、教わるまでも無く責任逃れは我ら官僚の本能であるからして――しかめ面を作ったところに。

 

 「つまり人員管理の不行届きは近衛府ではなく後宮にあります。『正規の手続で後宮に出入りしているならば、身元確かである』と判断したからこそ、近衛兵は誤りを犯したのですから」


 ティムル君も分かっている。

 俺から言っては角が立つ……どころか、「近衛府の正式表明」になってしまう。

 こういうことは依怙地な男が発言するに限る。



 「そんなこと(・・・・・)はどうでも良い!」


 ああ、たしかに。

 俺もつまらない男になったもんだと、立花伯爵の厳粛なる叱声に襟を正したところで。

 

 「その怪しげなる女官の人相風体をはよ」


 うん、まあ……それでも、その方がマシだよなたぶん、いや絶対に。

 ちょっと最近、良くないわ俺。


 ともかく立花伯爵に急かされた近衛兵、「眉は……、目もと涼しく、鼻筋が立ち……」

 そして供述に基づき作成された似顔絵、これが見覚えある方で。

 面通しがあるや、「間違いありません、この方です!」



 不躾なる決め付けに、今度は次席掌侍(ないしのじょう)が激怒するかと思いきや。

 その声は案外冷えていた。


 「これは我があるじ・王妃殿下を貶めんとする陰謀でありましょう」


 尻尾切りされたくなければ本体まで巻き込むべし。

 ただ、事件の背景や重大性がまだ誰にも分からないものだから。

 ここはひと言、小さく釘さえ刺しておけば良いと。


 その心を知る後宮幹部たちの返答も優しいものであった。


 「気になさることはありませんわ、ねえレイナさま?」

 「そうですね、カリンサさま。つい最近も似たような話をしておりました……少々時間をいただけますか、皆さま」


 そして現われたるは、5人の次席掌侍……の、そっくりさん。

 見覚えのあるペンだこは尚侍ないしのかみ様お局の絵師、隣に立つ僧帽筋のシルエットはレイナの侍衛……ウソだろ!?


 「ひと瓶を奮発いたしました。さすが掌侍さまがお使いの化粧品」

 (高いのを厚塗りしてるからねえ?)

 「みなも憧れ、後宮では似せて装う女官も多く」

 (量産化可能なんだって)

 

 次席掌侍の顔が朱に染まるも、さすが紳士の中の紳士オサム・ド・タチバナは格が違った。レディの困惑をそのままにすることなどありえぬのだ。


 「結局振り出しかい。まいったね、シアラ殿下に伺うわけにも行かないし、ご降嫁の噂ばかりが先行しても……」


 そうだった、元を正せばシアラ殿下ご降嫁の噂が流れ始めたことがきっかけで。

 だから近衛兵も鵜呑みにしてしまったんだ。


 「不愉快な事件ではありますが、めでたきお話。瓢箪から駒とはよく言ったものです」


 流れに乗って一気にカタに嵌めようとは。さてはカリンサ様が噂の出所?

 ……いや、無いな。「不愉快な事件」を聞かされた時の怒りは本物だった。

 

 「アイシャ殿下とシアラ殿下、お血筋の差を言われるならば長幼の序というものもございましょう。ご婚約の発表だけでも、なるべく早く……順に片付いて行けば、『宮さま・王子殿下がたのお話も』落ち着いてできましょうほどに」


 後宮佳麗三千人――そんなにいるかは別として――三千の親愛、一身にあり。

 零細女官を中心に、アタマ数だけなら最大派閥を率いるカリンサ様による爆裂弾の投擲であった。


 まあね?

 王国的には適齢期も後半にさしかかっている姫宮さまですもの。お役目の後継が決まるまで宙ぶらりんがさらに数年……「そんな話がありますか」と。「おそれながら、我が娘とも思い後見している姫宮さまがないがしろにされては」と、そのお心は理解できる。

 この方は「母ちゃん」なのだ、どこまでも(まだお若いだけに、面と向かっては言えないけれど)。

 保護欲が強くて権力志向が弱い、だからこそ零細女官も安心して身を寄せることができる。

 ただそれだけに、理屈をぶっ飛ばして情で動くからなあ。


 「年若き宮さま方、また公達の皆さまならば良い婿がねをご存じかと。今後の王国を任せるに足る方もあろうかと……末頼もしく思われます」

 

 訂正、情で走り出しさえすれば後から理屈が湧いてくるタイプであった。

 支持しちゃうかもなあって、爆弾に念押しの信管まで貼り付けないでください!



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