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第三百四十八話 盗難 その2



 ティムル・ベンサムの一党を真似て建築現場に潜入捜査してみようかなどと思ったところが。


 「無理でござるな」


 思いつきの根拠、かつてスジが良いと褒めてくれたヒュームはにべも無い。

 

 「今のヒロ殿に装えるのは放蕩貴族が関の山。潜入できるのは酒楼遊郭ぐらいのもの」


 貴族はどうあがいても建築現場にそぐわないからと。つらつら語られるその根拠には思い当たる節があった。

 学生時代にオサレだった先輩が就職して2年も経つと、私服がまるで似合わなくなっていた件。体型に変化が無くとも、輪郭が雰囲気がスーツなり作業着なりにフィットしたものへ変わってしまう。


 「そしゅうる道場に10日、いや5日も泊って地稽古を重ね、やさぐれた食い詰め武芸者の風格を養えば、あるいは」

 

 10日、いや5日でも。仕事を放り出して趣味に没頭……なんと甘美な提案か。


 「将軍職を経、卿(局長級)の仕事を全うし子爵号を賜り、引退した後ならばご随意に」


 わかっておりますとも郎党頭どの。

 それが家臣団の総意ですよね、確認を取るまでも無く。

 

 「現場に出たくば若手の幹部候補生を装えば良いではござらぬか」


 助け舟……ではないな、その無表情。殺した感情、「楽」と見た。

 上司の役をやらされるアカイウスとカイの混乱ぶりを見たいんだろう?




 ならばご期待に添いますかと、秘書兼侍衛を装って訪れた工事現場は微妙な空気に包まれていた。

 盗難に殺人、事件が続いては仕方ないとひとり合点したところが。

 

 「若手が……武装した軍人貴族が増員されているせいですよ、むしろ」


 動員された若衆、集団実習の体を為してはいるけれど。そこは実のところ、カレワラ男爵閣下の護衛を仰せつかっているわけで。

 思い返せば、大戦時。アスラーン殿下が現場に出たがったせいで仕事が増えたんだよなあ。

 上が余計なことを思いつくと下が迷惑する、分かっていたつもりだったんだけど。


 ほら、建設作業もはかが行っていない。

 こっちをちらちら見ている……俺を見てはいないな。


 「やはりヒロ殿は筋が良い。見事なまでに『もぶ』でござる」


 流れ弾すら引き寄せたアスラーン殿下と俺の、ここが格の違いらしい。


 ともかく磐森の若手は主君を迎え緊張しっぱなし。

 現場の作業員諸君は武装した貴族の姿に緊張しっぱなし……と、思いきや。


 「いや、ヒュームの扮装論にも納得だよ。見てみ?」

 

 観察対象が通り過ぎるのを待ち、その背中にアゴをしゃくる。

 鍛え上げられた体幹、ぶれぬ重心。あからさまに武芸者くずれ……が、悪目立ちしていた。扮することは可能でも、あれでは潜入捜査など覚束ない。

 ヒューム君、目を細めての無表情。モブ扱いの仕返しに見立て違いをあてこすられた結果生まれたその感情、押し込めようも無いほどに「怒」であった。


 そんなやりとりが聞こえるはずも無いけれど、何せ王国では実践武術が生きている。

 意味ある視線を向けてしまえば、それだけでご挨拶も同然で。


 「警戒は分かるが、勘弁してくれ。武者修行の途次、路銀を稼いでいるだけさ」


 「なるほど、暗殺者にしては目立ちすぎる」

 「『たあげっと』のご領主様が出てくるはずもござらぬな」


 言い合いを無視して、中年男が背を見せた。もっさりと作業現場へ帰ってゆく。

 友があるのは何よりだとか、もごもごと呟きながら。

 


 気になる男と言えば、もう一人。

 視線を避けた武芸者とは異なり、こちらに注意を向けている若者がいた。

 世慣れぬゆえの怯み、少年らしい好奇心……とは違う。ざっくり二分論で言うならば、「あまり良い気持ちがしないほうの」視線。

 

 「値踏み? でしょうか」

 「気づかれぬと思っているのか」


 主君の前で気合が入る、こちらは若者らしい張り切りだが。

 しょっぴいて「尋問」しようと言うのはね、少々その。

 もう少し調べてから……と、現場を眺め回してみたところ。

 

 建設現場というもの、技術者や親方が「えらい」のは当然として。

 大勢が共同作業をしていると、自然と頭立つ者が現れるらしく。

 そうした数人を呼び出したところが、武芸者と若者もその数に入っていたのは、目立ちぶりからどことなく得心が行ったような気がしたけれど。

 事件について改めて話を聞いてみたところ、これが要領を得なかった。


 中年は武芸者によくあるタイプ、口が重い……いや、話さぬと決めたら頑として口を閉ざす、依怙地な気分の持ち主で。 

 物怖じせぬ若者はこれ「村の寄合衆と同じですね。腹に一物です、若いくせして」と。俺が貴族と付き合っている時間と同じだけ彼らと向き合ってきたユル・ライネンの断言が下されていた。

 


 「ユル君がそんなことを言うようになるとは、のー。変われば変わるものよ」 


 打って変わってお変わりない方、李老師であった。

 建設作業員、人足、ドカタ……何と言おうが結構だが、仕切っているのは天真会。

 事件が起これば「老師」の名を冠される教団指導者が出張ってくるとは思っていたが。


 「ヒロ君は偉くなったもんだの。いや、変わっておらぬか。思えば初めて会った時から相当な育ちの良さを感じたもの」


 日本でよほど柄の悪い育ちをしていても、王国の庶民としては品の良い部類だろう。

 一般家庭出身の俺は、豪農の跡取りか商会の若旦那にでも見えたものかと。

 今になってみれば分かる……


 「だから分からぬのよ、事件の背景が。見えぬのよ、暇と金に無縁だった男の行動が」


 金……賃金があって、それを使う機会が無い。行商人の訪れを許す程度で。

 生殺しのようにも聞こえるが、そもそもこれは出稼ぎ、期間工なのだから。

 数ヶ月後の纏まった金を夢見て飯場に、この磐森に泊まり込んでいるはずで。


 暇……日が昇れば作業開始、日が沈むだいぶ前に作業終了。

 こちらで出すメシを腹に入れたら、後は寝るだけ。灯火を惜しむ以前に、何より火の用心がある。

 だが秋の夜長に、月明かりが冴え渡っていれば……何が起こる?

 

 「まだ分からぬか。『賭博で負けが込み金を毟られることに決まった男が、盗難に名を借りて訴え出た』で、まず間違いあるまい。当たらずとも似たような話のはず」


 運が良ければ褒美がもらえる。最悪、金を巻き上げた連中に仕返しはできる……か。

 すとんと腑に落ちたのは良いけれど、そうあっさり解決されてしまうと。

 俺は何のために現場に出たのか、やっぱりただ引っ掻き回しに来ただけじゃないかと、少しばかり情けなくて。


 「さような密告、軍人や警察が何より嫌うものとも知らず。身の危険にも思い至らず」


 およそ「現場」は、「気分」なるものの一致が大切で……いや、そういう雰囲気になってしまうから。

 その難しさは嫌と言うほど感じている。


 「だが追い詰められると人は弱い」

 

 「だからこそ……」


 賭博は厳禁、カレワラの家法と。

 周知するよう、天真会にも伝えていたはず。

 

 「知っていたから訴え出た、そうであろ? 知らせただけでなぜ終えた。なぜ見張らなんだ。我らはご領主、いや、ヒロ君を見込んで会員を預けたのに」


 なぜそう極め付けるのかと熱くなった頭が、すぐ冷えた。

 筋が、理屈が通っていないことに気づいてしまえばそんなもの。


 「現場の管理は天真会の裁量、それが取り決めです。権限の及ぶ範囲には責任も及ぶはず」

 

 「すっかり官僚だの」



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