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第二十九話 天真会 その1


 学園に入学してほぼひと月。

 連休が始まった。


 以前の約束どおり、フィリアとふたり、天真会からのお招きに預かる。

 ヴァガンはひと足先に、グリフォンと一緒に帰っていった。



 天真会の新都支部は、以前紹介したように、学園から見て南南東の方向にある。

 扉の無い門……広い間隔を開けた二本の門柱。その前で、馬車を降りた。

 新都支部長の、糸目のアランが出迎えてくれる。


 中を案内される。敷地は広い。

 その広い敷地の中に、背の低い建物が散在している。

 背の高い建物は、少ない。物見やぐらのようなものが数棟あるばかり。

 


 門の正面には、特に大きな建物が鎮座していた。

 本殿だと言う。

 何か仏像のような物でも置いてあるのかなあ……と思ったが、何も無い。

 ただの、板敷きの一間があるばかり。

 ただの、といってもめちゃくちゃに広いのだが。


 「天真会の思想・教義がここに示されている……そうです。」

 アランは言う。


 もう少し自信を持って説明してほしいなあ。かりにも支部長、宗教指導者でしょうが。


 そんな俺の顔色を読み取ったか、アランが笑顔を見せた。

 「分かったような、分からないような。そういうものをそのままに受け入れてしまうんですよ、私たちは。」


 「と、いうことでござる。」

 千早も付け加える。


 「うん、分かったような、分からないような。」


 「ええ、それです。」


 「ヒロ殿は分かるようでござるな。」


 フィリアは首を振っている。

 「こればかりは、私にとってどうにも分からないところなんですよ。」


 「ま、あまり考えても仕方ありません。それほど大きな意味があるとも思えませんし。」

 そう言って、アランは案内を続ける。


 本当にそれでいいのか?

 


 散在していた建物は、病院であり、寺子屋であった。

 動物病院もある。現状、難しい症状の場合はヴァガンに、つまりは学園に依頼しているそうだが。

 

 入り口近くに、かなり大きな建物があり、人がたくさん集まっていた。

 「集会所」だと言う。誰でも自由に出入りできる建物で、中で何をやって過ごしても良いらしい。

 「もちろん法や良識の範囲内で、ですが。」


 本を読んでいる人、お茶を飲んでいる人、将棋(?)のようなものを指している人、おしゃべりしている人。さまざまだ。

 「最近は、『言ってみる課・やってみる課』などとも言われていますね。」

 小さなお悩みがある人が、要望を出す。答えられる人が、それに応ずる。誰かが勝手に立てた掲示板が、そういう風に利用され始めたのだそうだ。

 

 でもそれじゃあ、「たまり場」にならないのかなあ……とも思ったのだが、それは杞憂だった。

 天真会の会員と思しき人が、敷地を掃除している。

 「割れ窓理論」的なことは、起こりようが無い。

 

 それに、薄汚れた人が「集会所」に入ろうとしたら、うるさ型のじいさん・おばちゃんが口を出していた。

 「あんたねえ、ここはみんなが集まるんだから。隣の温泉に入って、まずは体を洗ってらっしゃい。」

 「好意で開放されている場所なんだから、天真会に迷惑をかけなさんな。」

 

 


 何となく、天真会が分かり始めた。

 平たく言えば、コミュニティーセンターだけど……。少し、違うかな。

 人が集まり、散って行く。その過程で、交流したりしなかったり。

 

 そういった「場」や「流れ」と言ったものを大切にする。

 どうやらそういうことみたいだ。

 霊について「輪廻の輪に還る」という表現をするのも、ここに現れている思想の、一つの形態では?



 「ヒロさんは、分かるようですね。」

 俺の様子を見ていたのであろう、アランが語りかけてきた。


 「ええ、分かるような、分からないような。」

 先ほどの返答よりも、声が「落ち着いている」。自分でもそう思った。


 「それです。この理解の速さ……恐らくヒロさんの『性に合っている』のでしょうね。いかがです、ヒロさんも天真会で活動してみませんか?」

  


 「ありがたいお言葉ですが……。まだ理解が及んでいないところもありますし、今の私では大した貢献もできないでしょうし。」

 

 正直、これが全てとも思えない。

 教義がこれだけ「ゆるい」ということは、恐らくは教義の「幅」も広いはず。

 「怖い」部分があってもおかしくはない。

 

 糸目のアランの、笑顔の下にある眼光のように。


 アランも良く分かっているのだろう。

 宗教団体というものが感じさせる「胡散臭さ」というものを。

 しつこいことは言わない。

 

 敷地の奥の方へと、歩みを進める。



 ヴァガンがいた。

 まだあどけなさの残る2頭のグリフォンと一緒に。

 子供たちに囲まれて。

 

 「ヴァガン兄ちゃん、かっこよくなったな。」

 「おとなみたいだ。」

 「もともとおとななのよ?ヴァガン兄ちゃんは。」

 

 「天真会で集団生活をしている子供たちでござる。それがしも、ここで育ち申した。その後、アラン兄さん達と共に王都へと旅をし、フィリア殿と出会ったのでござる。」

 

 「そうでしたね。あの頃の千早さんは、変わった子でした。恐ろしくおとななのに、丸っきり子供みたいなところもあったり。」


 「某も全く同じことを考えていたでござるよ、フィリア殿。丸っきり子供みたいなのに、恐ろしくおとななところがある。妙な童だと思ったものでござる。」

 

 「旅路での教育に不備があったかもしれませんね。男はどうしても気が利かなくていけない。」

 アランが苦笑する。

 

 「いえ、新都に来るまで、千早さんにはお世話になりました。馬市での対応など、強烈でしたよ。薫陶のほどがしのばれます。」


 「間違ってはいませんでしたか。安心しました。」


 

 子供たちがこっちに気づいた。

 

 「千早姉さんだ!」

 「姉ちゃん、お帰りなさい。」

 「千早が男を連れてきたぞー!」

 「呼び捨てにしないの!馬鹿なことも言わない!」


 「これシンタ、お客様に失礼な口をきくものではないでござる。またでこピンを食らいたいのでござるか?」

 

 「うわっ逃げろ!」


 シンタを除いて、子供たちが寄ってきた。

 千早と、俺達……と、俺が持ってきた袋に視線が注がれる。


 「『学園まんじゅう』と『学園プリン』だよ。」

 圧力に負けて、口を開く俺。

 勝てるわけが無い。

 

 その声を聞くや、シンタが走り寄ってきた。

 「こらシンタ!後でお茶の時間にいただくでござる!ちゃんと人数分あるから安心するでござるよ!」

 

 「よっしゃー!」

 

 喧騒を聞きつけて、建物の中からおとなが顔を出した。

 「アラン支部長、そちらがお招きしたというお客様?」


 ゆっくりと姿を現す。

 「天真会へようこそいらっしゃいました。何もありませんけれど、歓迎いたします。千早もひと月振りかしら、元気そうで良かった。」


 「ただいま帰りましてござる。……姐さんは、フィリア殿はご存知にござったな。こちらが死霊術師ネクロマンサーのヒロ殿でござる。」

 

 「はじめまして。千早さんの友人の、ヒロと申します。死霊術師ネクロマンサーで、出身は不明ですが、ギュンメル領クマロイ村で発見されました。庶民で、身元保証人は……」


 「ご丁寧な挨拶をされると、恐れ入ってしまいます。大丈夫ですよ、ここは世俗とは違う場所ですから。」

 俺の挨拶を穏やかにさえぎった「姐さん」。

 確かにここは、社会的な背景というものを強調すべき場ではない。

 挨拶の仕方にもTPOがある、ということか。

 しくじったなあ。


 顔に表れてしまったようだ。

 「姐さん」がほほえんだ。

 「あらあらうふふ。ごめんなさい、私も自己紹介しなくては。天真会の、ロータスです。仲間内では『姐さん』と呼ばれています。ヒロくんには千早が大変お世話になっていると伺いました。お礼を申し上げます。フィリアさんとお二人、今日はゆっくりしていってくださいね。」

 

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