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第三百四十一話 潜伏 その1



 東川を下ること小半時、四緯から舟を下りて東。

 都の外へゆったりと騎行すること20分。


 晴れやかに澄み渡る秋空のもと、行楽気分……を台無しにする暑苦しき顔が振り返った。


 「我が族子が殺されていたのは、ここでした」

 

 王都入りするや最初に目をつけ、家の子を送り込んだその地が左京繁華街の場末。

 ラファエロ・Q・B・キュビ、いい趣味をしている。

 

 「『曽祖父は暗殺された』と叫んでいた男か。煽動に一枚噛んでいる?」


 「ご冗談を。四柱のみならず中央政府に弾圧の口実を与え、ウッドメルやカレワラ閣下にまで不快感を抱かせてどうします? しかし……」

 

 その先は先日の宴で聞いたところ。

 言い聞かせても、暗殺と信じる族子わかいのを止められないという話。


 「一党から除籍した男です。行き場をなくして王都に流れ着いたのでしょう」

 

 ヤクザ映画そのもの、言い訳にもならぬところだが。

 押し通す実力がそのまま説得力となるのがこの世界で。

 またそれゆえに、ラファエロがここを訪れる理由も明快で。 


 「それでも殺されてしまっては。武家のメンツが立たぬ?」


 ひとつ頷いてみせるだけ。ただの常識、共通理解。


 「その点、閣下には追及の理由がないはず。聞き及ぶところ、殺された男は名を騙っていたとか」


 「族子から」聞いていたところによれば、ね?

 認めるわけにはいかないだろうけれど。


 「騙りでも、個人紋に侮辱を加えられてはな」


 言う必要のない情報は伏せた。

 殺したいと思うほど、俺を憎む者がいる……それも武家なら当たり前。

 ラファエロに告げてどうなるものでもない。


 「なるほど、それは十分な理由ですね。しかし、そちらはその……」


 初手では毎度有効なのだ。

 現場に女性が、それもメル公爵家の末の令嬢が出てくるのは。

 困惑し、腰が引けているところに先制の一撃を加えられる。


 「ウッドメル家の当主は若く、また遠方にあります。連枝の名誉を本宗家が守るのは当然でしょう?」


 親分のお出まし。乱暴者はキュビだけじゃないんだよラファエロ。


 (自分もそうだって自覚ある、ヒロ君?)


 秋風や日本は遠くなりにけり……空の澄み渡っていること。

 


 「しかし、あても無く探すおつもりで?」


 東西16km・南北40kmにわたる左京の面積は、ほぼ東京23区に匹敵する。

 右京も含めればまる2倍、人口は百万の桁に及ぶところ。さらに周辺の住宅街・繁華街にスラムまで含めた日には。

 だがその問い、白々しきに過ぎる。



 「ラファエロ、君はどこまでつかんでいる?」


 西国からわざわざ出てきた。

 氏長者争いが動きつつあり、本国が忙しいこのタイミングで。

 王位継承レースが始まり、都が騒がしくなるこの時期に。

 


 「それをお伝えして、私に何のメリットが?」


 情報を出す気になったからこそのセリフ。

 隠すだけ損、ご理解いただけたようで何より。



 「馬で半日の距離に三千の兵を抱える近衛中隊長閣下ですよ?」


 なに恥ずることも無き事実。

 その存在感を、威を、我からもう少し押し出さなくてはいけないのだけれど。

 慣れるまではどうしようもないから、長広舌で間を持たせる。



 「王都は極東とも西国とも――大きな勢力ひとつに意識を集中しておくことが必要十分という地域だが――異なる。政治を無視して兵力だけ意識しても、右京にヘクマチアルとキュビ家。左京には左京職に検非違使庁いやベンサム一党、メル家。郊外にカレワラ、オーウェル。トワ系大貴族もおのおの数百の郎党を、近衛兵レベルでもそれぞれ数十の郎党を抱えて蟠踞している」


 要するに。

 

 「何を探りに来たかは知らないが、ラファエロ。王都は直線的に物事をなすことのできる場ではない」


 聖神教を叩くにも、式部省に外局を作るにも、戦争で兵站の準備をするにおいてすら。

 まわりくどく多方面に足を運び別件の懸案を解決して後、やっと本題に入れる。


 「入念に足場を確保し逃走経路を複数用意し、周囲の部隊と連携して初めて前に進める地雷原……それが私の印象だ」


 暑苦しい顔がゆがむ。

 軽率に足を踏み入れたことに後悔でも覚えているか、年下から説教されて腹を立てたか。



 「極東の生活が長かった私も、王都のややこしさにはとまどっています。西国もまた、趣深きところであるとか。Q・B・キュビ家のご領地、またお国柄。興味深く思われます」


 間を取り持つかのような、令嬢の優しきお言葉。

 紳士たる者、答えざるを得ない。

 機嫌を直し威儀を整え、慎ましくも情熱的にお国自慢を披露したところに。


 「つまりB・O・キュビとは領地を接していらっしゃらない。ジョンさんエドワードさんと仲が良いわけですね」

 

 仲が良いのは素晴らしいことだ。最後まで手を繋げるならば。

 フィリアもキュビ連中も、身に沁みて理解しているところ。


 騙されてくれるのもこのあたりまで。

 遠慮をかなぐり捨てたフィリアの目に光が点る。


 「攻め取るならば隣地から……しかし、欲無き人の足元は掬えぬもの」


 次代がいまだ幼いB・T・キュビ家は、家長者争いに対し徹底的に守りの姿勢で臨んでいる。

 損失を抑え、家中での立場を相対的に浮かび上がらせようと目論んでいる。

 


 「小勢力で複数の大勢力を相手取る……必要に駆られれば仕方無いが、我から仕掛けるのは愚者か英雄の業。少なくとも私にはできない」


 残るは西の果てA・G・キュビと、王国に隣接するA・I・キュビと。

 ラファエロの狙い、王都に出てきた理由。どちらにある?



 「いずれも強兵で鳴らす家柄、簡単には相手取れぬところ。私ならば政治的に使える手札がほしくなります」


 ああ、なるほど。

 ひとりよりはふたり、角度を変えながら問えば視野が広がる。


 「手札が王都に落ちているんだな、ラファエロ?」


 王都に落ちて来た宝玉、前征南大将軍スレイマン殿下。

 狙いはA・I・キュビのほうか。


 耳の奥で冷えた声音が谺した。

 「引きずり回せ」と。

 そのうるささに首を振る。 


 「キュビ家の内情に興味は無い。が、滝口は王宮警備の要だ。……近衛中将として申し上げる。頼りにさせてはもらえないかな?」

  

 君子の交わりは淡きこと水の如し……少なくとも始まりは。

 綱引きにも相手が要る。場についてもらわぬことには。

 初めの対価は安くて良い。安いほうが良い。


 

 「気の利かぬ田舎者にて、失礼をいたしました。こちらからお願いすべき件でしたのに」


 爽やかな笑顔。

 大勢力の狭間にある新進の家を切り回す若君、俺の誘いなど片腹痛かろう。


 嘘くささ溢れるその微笑を、令嬢にも――そう呼んで良いものかはもはや疑問だが――向けていた。


 「王国貴族として、メル家の皆さまとも肩を並べ陛下への忠勤を励むことができるならば、これに勝る幸いはありません」



 メルとの関係は王国政治に関わる場面のみ。相互不干渉。

 ならば……いつものように、窓口は俺。


 つい去年なら「また面倒な」と思っていた。今や喜びに変わりつつある。

 メルが動けぬところを俺がフォローする……メルを棚上げにして、俺が実務を動かせる。


 

 フィリアの息が耳をくすぐった。


 「情報の取捨選択は私に任せてくださいね?」


 全て自分に伝えるようにと。

 メル公爵とソフィア様に何をどこまで伝えるか、その権限は任せてもらえない。

 「100%のフリーハンド」、この程度ならば身も竦まぬ。望むところであったが。

 舌打ちを堪える。


 「グリフォンの紋章。王都で背負っているのは私です」


 窓口の地位は、メルの承認あってこそ認められるもの。

 了解、分かち合うさ。協力ってそういうことだろう?



 「それが王都の流儀ですか。当てられたくはないので、では早速……A・I・キュビ家は他の三柱に比べて王国と縁が薄い。そこに理由があります」


 彼らの総領は今年34歳になる。

 その若き日、やはり近衛小隊長として出仕していた。

 中隊長就任も可能な家柄、また能力であったらしいが……わずか2年で実家に帰った。


 理由はいたってシンプルであった。

 王国とA・I・キュビ家は領地を接していると、そういう話。

 しかも王国側の国境であるダーマ州は大鉱業地帯、金銀宝石から産業を支える卑金属に至るまで多様な資源が大量に採掘されている。その鉱脈を巡り、国境紛争の小競り合いは絶える間が無い。

 同じ隣地でも、交易を通じて王国と良好な関係を築いているB・O・キュビ家とは事情が大きく異なっているのだ。


 「王都と彼らの関係ですが。さきほど出た『強兵』とのお言葉、国境付近の山岳兵はその評価に恥じません。得意は潜伏と申し上げれば……」



 「忍耐力は折り紙つき。所を変えてもその性根は変わらない……か」


 「王宮や政府ではなく、草による街場からの情報を重視しているのですね?」

 

 ミーディエ辺境伯と同じ発想だ。

 上つ方の政局などせせこましいところばかりを見ていると大局を誤りかねない。

 国力とはすなわち民力。人口動態に経済状態・社会の風儀さえ見ておけば、大きな過ちを犯すことはない。


 「肝の据わった方のようだな」



 「現当主、伯爵閣下は」


 30過ぎの跡継ぎは、そうでもないらしい。

 落ち着きが無いのか、むしろ機敏と評すべき人物なのか。


 目で促せば、ラファエロもこちらを見据えていた。

 ややあって、フィリアにも視線を移し。あらためておもむろに口を開いていた。

 

 「第二次ウッドメル大戦の影響が大きかったのです」


 拡張路線が終了し、伸びていた王国の腰が据わった。王都に重心が帰って来た。

 その経済は上向きつつある。A・I・キュビ家にとっては不幸なことに。



 「まさか、彼らがスレイマン殿下を推す理由……」

 

 支持基盤が脆弱な王なら、強力なリーダーシップを発揮することは難しいと?

 

 





ダーマ州:但馬がモデルです。

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