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第三百四十話 西の男たち その2



 「警護の必要によるものです……と言っては、さすがに白々しいでしょうね。なに、ただの棚卸しです」

 

 飲み会における若手の話題など他に何があろうかと。

 そう口にしたところで、白々しいには変わりない。


 「さきの征南大将軍殿下、そのお人柄について伺いたい」

 

 十代半ばから21歳になる年まで西海に、キュビ家に預けられていた方だから。



 「王位継承レースには消極的、支持者も無い。それが『通説』だったはず、話が違う……と?」


 ジョンが見せたのは清冽、いや凄烈な笑顔。

 「愉快な部類に属する話」、俺の言葉に嘘は無い。


 「キュビ家について言えば、我らB・O・キュビは『無関心』、家長者争いのライバルA・G・キュビは『不支持』。B・T・キュビは『同情的』だ。A・I・キュビ家の姿勢は、『支持』。庶出の娘を差し出している。彼らに言わせれば、『殿下はやがて正妻をお迎えになるのだから、キュビの伝統には抵触せぬ』だ」


 そのA・I・キュビは次代の家長者争いに出遅れていると聞いている。

 B・T・キュビは不参加だ。


 「ほか、死霊術師にあらせられると……これは噂に過ぎぬが」


 6月の宴、妙に取巻きの数が多いと思ったわけだ。

 自然に立ち振舞われてしまうと、俺には霊と人間の見分けがつかない。

 


 「ご本人からは言及が無いし、周囲も一切触れぬゆえ分からない。どう見た、ヒロ?」


 エドワードも最高の笑顔を見せる。

 高い霊能を筋力にほぼ全振りしているこの男、探知や分析は他人に丸投げ。

 俺が情報を欲している今回、バーターで聞き出すに最高の機会である。 



 「霊気の集まり具合を見るに、おそらくは浄霊師だ。幽霊が寄って来ても放置しているだけじゃないか? 結果として彼らを引き連れているように見える……そういう話だと俺は踏んでいる」


 だが殿下からは見えずとも、語れずとも。

 幽霊は人語を解するし、気に入れば言うことを聞いてもくれる。ならば事実上、死霊術師と異なるところはない。

 とは言え幽霊とはこの世に未練を残した存在で。しぶとく現世に居座り続けるところ、多かれ少なかれ根性座った人々であるからして。そうした連中が好んで集まってくるということは……。


 「殿下は……人格者、なのでしょうか?」

 

 あるいは、侠者か? 己の危険を顧みず、切望を抱えた幽霊の近侍を許すとなると。

 身分が高いと手に負えないが。



 「西国においでの節より、人気はあったな。当然か、プリンスだ。だが人格者……は、少々」


 ジョンは首を傾げていた。不敬にあたらぬようにと言葉を選んでいる。

 弁官でも蔵人でも無いエドワードは、そのあたり遠慮が無くて。


 「担ぎやすいんだよ。極東に来て王長子殿下を見た時、同じに見えた。これが王族かと思ったな」


 だが違った、あの兄弟は明らかに違う。

 言いざま、エドワードはくいと杯を干していた。その視線が宙を漂う。


 「兄君のほうは前に出てきた。それだけならばまだ、やっぱりただのお貴族サマだが。覚えてるだろ、ヒロ。盾になったパットのこと。その後は一切、前に出なかった……が、懲りるだけなら、やはり誰でもできる」


 「その上でなお踏み出せるか……塚原先生の受け売りだがな」


 「最高のタイミングだったな、あのご出駕。センスあるぜ、あの王子様はよ」


 

 空になった酒器。上からジョンが、ゆるやかに瓶子を傾ける。

 興奮気味の我らを嗜め嘲笑うかの如く。


 「評価を下すにはまだ早い。王は戦下手でも構わぬのだから。実際、前征南大将軍殿下は決して戦場に出なかった。言われるがまま、率府の奥に腰を据えられて……一切我を張ることが無い。担ぎ手から見れば、最高のお御輿だな。輔弼の良臣を得れば偉大な国王になるかもしれない」



 王たるとは、何か。

 中務宮は、王もまた政治を「預かる」者と解釈している。

 アスラーン殿下と兵部卿宮は、「朕が国家なり」。

 スレイマン殿下は……すると、「無為にして化す」か?


 ……いや、それにしては少々脂ぎっているようにも見える。


 「6月の宴で私も勧誘を受けましたが。官位官職また領地と、派手に手形を切っているようです。領地には持ち主がある。官職によっては、その地位に就く家系が伝統的に決まっている。にもかかわらず、外部の者に『与える』と約束していますが、この点についてはどう思われます?」



 答える声は、あくまでも平淡であった。


 「『認めてやる』とおっしゃっているだけのことだろう? 空手形でも良いのさ。本来の持ち主と争いになったとして、何か問題でも? 勝者の権利を追認してやれば、それが裁定に、権威の発揚になる」


 勝てば官軍、その言葉の意味するところ。政治なるもののえげつなさ。

 だが蔵人、弁官として揉まれて来た男にすれば、それは当然の話で。



 「なんだ兄貴、お前もスレイマン殿下贔屓なのか?」


 「『キュビ家は王室の継承レースに不干渉』。違えるつもりはない。だが仮にある人物が王となり、自分が下に付くと考えてみる、その思考実験は損にならぬ」


 「で、合格なのか?」


 「抱負、あるいは権勢欲の強い文官からは、魅力的に映るだろう。それは間違いない。少しは自分でも考えてみろエドワード」



 言いさしておいて、ジョンがひょいとこちらを向く。

 父侯爵にそっくりの苦み走った顔。余裕たっぷりの皮肉な笑みを浮かべていて。

 お前もエドワードと変わるものではないと、明確に告げていた。

 

 「ヒロ、逆にお前は……少なくとも今のお前には、やりにくい上司だろうな。100%のフリーハンドを与えられてしまっては、かえって身が竦む。違うか?」


 見透かされていた。


 根っこのところで小市民。

 さらに言えば、俺にはまだ権力を振るった経験が足りない。


 貴族は生まれた時から乳兄弟と乳母ばあや乳母夫じいやに囲まれ、従僕従兵を引き連れる。

 物心ついた時にはすでに小隊指揮官にして一党の長。

 アスラーン殿下ではないが、そんな彼らにとって権力とは、「当為」以前に「当然」で。

 


 「その意味でも、ヒロは王長子閥で正解か。一歩を自分で踏み出す方だ」


 ……気づかぬ男、気づく必要がない男、「踏み破り、越えてしまう」男。

 エドワードが上げた呑気な声に腹立たしさを覚え杯を卓に叩き付ければ。

 ジョンの眦もまた吊り上がっていて。

 


 「ここで飛び入りのお客人だ、諸君」


 シメイ……お前!


 「誰を客人ゲストに呼ぶかは主人ホストが決める、違うかな?」


 費用を負担したぐらいで大きな顔をするな、立花を差し置いて酒席を切り回そうとは片腹痛い……と言わんばかりにこちらを見下ろす、その笑顔の小憎らしいこと! 

 よく分かった。20歳を過ぎようが中隊長になろうが、こいつらとのどつきあいからは卒業できない。

 ならば、為すべきは……杯を乾し、突き出すのみ。


 「そう来なくては。 ここは立花屋敷なのだから」

 




10/13 前征南大将軍の名前をアブドゥラからスレイマンに訂正いたしました。

不覚庵さま、ご指摘ありがとうございます。


B・O・キュビ家:備前・備中

B・T・キュビ家:備後・安芸

A・G・キュビ家:石見・長門

A・I・キュビ家:因幡・伯耆・美作


がモデルとなっております。

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