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第三百三十九話 都の女たち その3



 「さて。こうして私が雅院に伺候している理由は、アエミリア様につかまってしまったからですけれど」


 俺が雅院に戻るやその袖を引いたイライザ様、笑顔で妙な軽口を叩き始めた。


 「そのアエミリア様が、フィリア様に心を砕かれている理由はご存じですか?」



 ええまあ、散々踏み込んで参りましたから。


 「ソフィア様は跡取り、末はメル公爵に。次のお方は将来の王后陛下に。同じ姉妹であれば、末のフィリア……さんにも、ふさわしき待遇をお望みであるとか」


 身勝手と言えばそれまで。だが親心とはそういうものでもないらしい。

 フィリアがヴィクトリアとほぼ同時期に生まれたのもまずかった。どこか「ないがしろにされている」ような気持ちがアエミリア様に生じてしまい、それが後々まで尾を引いている。

  

 それを言ったらドミナやインテグラは……目の前にあるイライザ様はどうなのだと。

 そこは厳然と一線を引かれてしまうのが貴族ではあるけれども。

 

 そうした妙な気遣いなど、知らぬ振りの笑を見せるのは……第二夫人たる者の心得でもあろうか。しかし放り込まれたのは笑えない話。


 「信仰の道に進まれたほうが良かったのやもしれませんね」


 

 「ご冗談はおやめください。それはあまりにも」

 

 最大軍閥の主、国母、枢機卿(それも間違いなく筆頭格)の三姉妹。

 さすがにトワ系や王室が黙って見過ごせる話ではなくなってしまう。

 5年前の俺は気づけなかったがフィリアには見えていたんだろう、おそらく。



 「ええ。だから気兼ねを重ねて、身が軽くなるほうへ軽くなるほうへと進まれる」

 

 彼女が口にした「身が軽い」とは……「責任が軽い」の意味ではないはず。

 「身分が軽い」、えげつない表現を用いるならば「卑賤」の意。

 小さな反発を覚えなくも無い。



 「実務家として立ち働く、フィリアの好むところかと存じます。戦働きもこの目で見ましたが、さすがはメルのお血筋です」

 

 教育、あるいは努力の賜物だろうと思う。だが貴族を褒めるならば「血筋」……と、そんな小さな問題ではなかった。フィリアの動き方がもたらすものは。

 イライザ様が言葉を返して来ない。もう少し突っ込んで来いと目が告げている。

 

 「現・男爵閣下(ドミナ)の出処進退を定められたと伺っております。権道との距離の置き方、その明保哲身。まさに天真会の教えに沿うものかと」



 「戦場にあって、ドミナは目を耀かせていました。夫そっくりに。娘心に気恥ずかしさを感じていた体格が恥にならない、むしろ活かせる場ですものね。……引き離された時には泣いていましたよ。好みでも無い綺羅を無理に着せ、人前に押し出した私が鬼に見えていたかもしれませんわね」



 「15年経っています。ベリサリウスも生まれ、いまやソフィア様の継承権は磐石……ドミナさんも、不本意ではありましょうがお仕事にやりがいを感じられているはず。公爵閣下の信頼も深い」


 負い目があるから、男親は娘に甘いから、自らに生き写しだから。

 理由など知る由もないが、ともかくドミナと公爵の親子仲は良好そのもの。

 


 「ええ。ドミナとインテグラが心安らかに過ごすことができているのも、夫あればこそ」


 のろけにしては、冷えた声。


 メル公爵が甘やかしすぎている……ように、見えてしまうと?

 次代の公爵は、そこに何を思うか。

 母を異にする妹たち。父の愛情をより多く受けているように見える妹たち。

 女の身で武家を継ぐべくつらい修練に耐えてきた長姉は、何を思うか。



 「フィリア……さんには、アエミリア様もおいでになる……同様に」



 「ええ、アエミリア様がおいでですもの。フィリア様には当座、なんのご心配もありません」

 

 ゴッドマザー・コンスタンティア様から後継指名を受けたアエミリア様の権勢は強い。

 ソフィア様が当主の地位を得、「表」について万全の権力を掌握しても。奥向き……親戚関係や何かの方面では、その後もしばらくアエミリア様の意に逆らうことはできないはず。


 ソフィア様がフィリアを「排除」したいと望んだとしても、実現は困難だ。

 だからなんの心配もいらない。

 当座は。



 「天真会の教えはご存じでしょう?」


 ――ここのところ、ヒロさんもフィリア様も心魅かれておいでかと――



 彼女は、イライザは知っていた。

 いや、メル家の上層部はみな知っているところだ。


 だが教義に事寄せたそれを、核心を口にするのは時期尚早。

 口にすれば、次は実践に踏み出さねばならぬのだから。

 いま返すべき言葉は……


 「いろいろと伺いましたが、根を張るように人と人とがつながっていく教えかと」


 当座求められているのは、提携のはず。

 笑顔が返って来たのは、正解であったゆえか、こちらに花を持たせるゆえか。


 「雑草は厄介ですわね。一本を引っ張ってみたら、遠くの草まで揺れている。大事に育てたお花まで一緒に抜けてしまう。どこでどう繋がっているのやら、分からないのですもの」



 「憎たらしいほど見事に育った雑草を見ると、もはや笑いが出てしまいます。目障りだから抜こうと試みるも果たせず、それこそ『根負けする』……結果、陰にある小さな雑草、いえ可憐な野の花も摘まれずに済む」

  

 矢面に立つ者がいなければ、イライザ親娘はソフィア様に全面服従せざるを得ない。

 一緒になって……いや尖兵として、フィリアを根こそぎにかからざるを得ない。

 憎たらしいほどの、それでいて笑ってしまうような。そんな雑草が生えていない限り。



 「小さくて可憐?」


 そこにひっかかります? 

  

 「『傲慢にして堂々たる』雑草からは、そう見えるのではないかと」


 だから。その代わりに。

 

 「引き続き、雅院の統制をお願い申し上げます。フィリアが自由に活動できるよう」 


 ふっと、呆れたような笑顔。

 それはまあ、頼られなくともいやむしろ邪魔されても、今のフィリアなら動くだろうけれど……いや違う、そうじゃない。


 最初から最後まで、イライザ様はフィリアではなく俺と、俺の話をしていた。

 見込んだ相手は案の定、提携の甲斐ある男と確認できた。

 と、なれば。

 最後のひと言は、あくが強かったか。

  

 「近衛中隊長殿の頼みとあっては、承らざるを得ませんわね。……つい話が長くなっていけません、余談はこれぐらいにいたしませんと」


 これが余談になるほどの本題ですか。

 ドミナさんの広背筋や大胸筋よりもがっちりと重みがありそうですね。


 「私がアエミリア様につかまってしまったのは、王都に帰って来たからですの……磐森の青葉を賞せんがために」


 紅葉の季節も近づこうというのに、青葉。

 誰ぞ若者に用があるのね?



 「ぜひ遊びにおいでください」

 

 ことが大きくなると分かっていても、好奇心にひかれてつい踏み込んでしまう。

 名目と日程調整……とりあえず、いま会っておかねばならぬ人々は……



 「そのことですが、ご主君。B・O・キュビ家と関わる、例の小さな騒動の件。どうされますか?」


 「いいタイミングだ、アカイウス。介入……と言っては、向こうの機嫌を損ねるか。話を聞きにいくぞ」 



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