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第三百三十九話 都の女たち その1



 ここのところ雅院に籠もりきりになっているフィリア嬢を訪問した。


 ご機嫌伺いに送り込んだ近衛府の舞人・楽人、芸能の腕は一流でイケメン揃いでもあるけれど。

 気さくに外を出歩いていたフィリアは――それ以前に、子供の頃からアレックス様を見て育ったから――イケメンを見慣れている。関心を引くことができない。

 送られてきた手紙からも明らかな苛立ちが見て取れたので。

 第二弾として磐森高速道の進捗状況やら各地で起きた風水害の状況やら、政治経済関係の情報を送り届けてみたところ、やはりお文が。


 「興味深いお話、無聊の慰めとなりました」


 ご機嫌を直したらしいと思いきや、数行読み進めたところに。


 「私もいい加減、外に出ようと思います」


 「出たい」ではなく、「出る」と言い出すのがフィリアだが。

 「すでに出た」と言わぬあたりに母君アエミリア様への遠慮が感じられて。


 だがともかく、出ると決めたら出るのが彼女だ。

 ならばせめて付き添い(エスコート)がなければならぬところ。

 

 (そう言えばお前が来るって分かって書いてるんだろうなあ)

 (喜んで承るべきところよね、ヒロ)

 (調教された馬みたいだぞ)

 (情け無い。千からの兵を動かす男が)

 (可愛いもんじゃない。女は男を振り回してナンボでしょ?)

 

 はいはい、ともかく参りますよ幽霊の皆さん。

 と、微妙な足取りで向かった雅院はフィリアの局(事務棟)、その入口にて。

 


 「こちらは女蔵人にょくろうどさまのお局、軽々なる出入りは控えられますよう」


 女官殿、けんもほろろ。

 なるほど正規の対応ではある。「衛兵たる者かくあるべし」と思わなくも無い。


 だが今まで顔パスだっただけに腹が立つ……と思うのは横暴だろうか。

 これまでメル家にはずいぶんと協力してきたつもりだ。今後もアスラーン殿下の件で連絡を密にする必要がある。

 何より公人として言わせてもらえば、俺は近衛府の中隊長。雅院も含めた王宮衛戍の最高責任者ですよ?


 それともう一つ! 

 軍人貴族の侍女、それも衛兵ならば心得てほしいことがある。

 己の力量・制圧力(ストッピングパワー)を知るべし。その程度では俺を止められない。


 

 女官が出てきた部屋に――気配を探るに、詰めていたのは彼女ひとりであったようだ――ゆったりと視線を送ってやれば。

 向かい合う顔から血の気が引いた。さもあらん。 

  

 性質の悪い、いや「少々強気な」王国男子であれば。

 口を塞いで抱え上げ、その空き部屋に雪崩れ込んでいるところだ。近衛兵だろうが貴族だろうが、いやむしろ上流貴族の男こそ。

 その感性にはどうしても馴染めぬもので、そのテの行為にはこれまで一切手を染めてこなかった……どころか、記すことから控えてきたけれど。

 

 (サイテーだよ!)

 (落ち着けよピンク。やるわけないだろこのヘタレが)

 (だからはした女房になめられるんだよ)


 女官が強気の態度に出ているのも、つまりそういうこと。

 彼女たちは頻繁に手紙をやりとりしている。そして集めた情報から、目の前の中隊長殿はヘタレであると認識しているのだ。

 

 (反撃しなけりゃ意気地なし、でも乱暴はしたくない。懊悩の果てにイヤミばかりが巧くなるって、ね?)


 アリエルの皮肉が脳内に響いたのは、口火を切った直後。

 見透かされていたようで、少し悔しい。


 「これは気づきませず失礼を。されどお誘いに乗ることはできないようです……いえ、今は。……その、時間が無いもので」   


 訳:ああ、そうしたプレイをお望みで。誘い受けとは気づきませず失礼を。ただ申し訳ありませんが、私にも好みがありますもので。

 


 青い顔が真っ赤になった。得物に手をかけている。

 売り言葉に買い言葉とは言うけれど、少々やり過ぎたか。


 (やり足りてない!)


 異口同音、朝倉にアリエルにネヴィルが吠える。

 守衛らしく得物は棒、ならば斬るか折るか、腕を捕らえるか……。

   

 ためらいつつも体は動いてしまうもの、重心をそろりと下げたところで。

 足音が近づいてきた。ずかずかと素早いがその軽さ、やはり女官であろうかと。

 意識をめぐらせるそのうちに、気配は早くも目の前に……現れたと見るや、いきなり守衛の頬を引っ叩いていた。


 「近衛中隊長閣下に対し、何たる非礼!」


 そのまま完全武装の胸倉を掴み、宙に浮かせている。

 溜めを作ってくれているのだ。心中感謝した。


 「どうぞそれまでに。精忠の人に対し、私も戯れが過ぎました」


 振り向いたのは、案外と柔和な笑顔。女官を無人の部屋に放り込みながら。


 「お噂どおり、お聞き分け(・・・・・)いただける方。これよりは私が案内いたします」


 40代半ばと言ったところであろうか。すっきりと伸びた背筋を簡素な装いに包んでいた。

 中高の細面には見覚えがあった。皮肉の利いたそのセリフと声には聞き覚えが。

 非礼を働いては後がまずいことになりそうだと、脳内に警鐘が鳴り響く。


 そのまま謹んでフィリア嬢のお部屋に伺候すれば。


 「これは母上!」


 ええと。

 フィリアが「グランマ」と呼ぶのが故・コンスタンティア様。「お祖母様」が先代公爵夫人・クレール様。「お母様」がアエミリア様……と、言うことは。


 「さきの男爵閣下であらせられましたか」


 メル公爵第二夫人、イライザ様。

 ドミナとインテグラの母君である。


 男爵位ならびにその根拠となる領地を早々とドミナに譲り、あちこち歩いていると伺っていたけれど。

 ……などと探る視線には無視を決め込み、インテグラ嬢の面影濃き中高のお顔を深々と下げていた。ドミナ嬢よろしく芝居っ気と皮肉たっぷりに。



 「アエミリア様のご依頼により、まかりこしました」


 さきほど侍女をあしらった手並みを見るに、間違いなく説法師モンク

 雅院の警護に家中の重鎮を配したものと思われる。

 いよいよメル家も継承レースが厳しさを増すものと踏んだか。


 と、くるりとこちらに振り向かれる。

 緊張の気配を察知したのであろう。やはり腕をお持ち……


 「アエミリア様のご依頼により、まかりこしたものです」


 ああなるほど。あの方にはそういう発想、ありませんわね。


 「雅院の事務は煩瑣を極めます。されどその格式ゆえに、身分高き方も立ち働かなくてはならぬところ。フィリア様にはご苦労があろうと、アエミリア様はいたく心にかけておいでで。『物慣れたおとなに頼み参らせるべきかと。お願いできませぬか』との仰せ」



 なるほど。幹部級事務官の増員でしたか……って、そうじゃないよなあ。

 フィリアに実務をやらせるな、令嬢らしくおっとりさせておけと。

 つまり軟禁の閂がひとつ増えたと、そういうことね?


 それにしても。

 にこにことこちらを、そしてフィリアを眺めておいでのそのご様子。

 ずいぶんと楽しそうですが、何事でありましょうか。

  


 「某伯爵夫人から、『嫁き遅れ』との言葉を匂わされたとのお話」


 俺に言わせれば、王室と特にトワ系が早過ぎるのだ。

 健康を考えれば十代後半以降で良いと思う。貴族の栄養状態からすれば三十だって構わないだろうに……って、そうじゃない。

 いくらご親族でも、いきなり爆弾放り込まなくとも。


 「適齢期の姫君、それも公爵家令嬢が女官勤めとあっては。いえ、姉君さまのもと花嫁修業としてはこれほど安心で格の高いところもありませんけれど。それでも『あちこち出歩かれること、好ましからず』と」


 アエミリア様、嫁の貰い手が無いのはそのせいだとお考えになられたか。いや、娘の悪口を言われて半ばムキになられたものか。

 それ以前に、「そもそもメル家だから」……と、それは言わないお約束。


 「たまに持ち込まれる縁談が、またその。大変にご気分を害されてしまって」

 

 楽しそうにこちらに話をされても困るのでありますよ。

 嫁き遅れだのはしたないだのロクな話が無いだのと。

 フィリアが怒気を発していることにはお気づきでいらっしゃるでしょうに。

  


 「で、アエミリア様におかれては侍女の皆さんを締め上げておいでなのですね? フィリア……さんを閉じ込めておけと」


 結果としてご期待通り、フィリア嬢の局は華やぎを増していた。

 特にお庭……の弓場と、離れの鍛錬場が。

 家屋敷というもの、使わねば寂れる。使われている部屋は輝きが増す。



 「その噂が、本領に流れましたの」


 流れるどころか、飛んでいったに違いない。

 王国女性の情報伝達、その速度には恐るべきものがある。


 「すると今度はお義母様から、それはあまりにフィリア様が哀れであると。またメルの家風にもそぐわずと。『都に詳しく、現役公爵の奥方でもあるからアエミリア様に女衆の取り纏め役をお任せしておりますのに……』、『姿を曝すこと好ましからずと仰せならば、全身鎧に兜を装着すればよろしい。私はそうして参りました』と」


 お姑さまキタコレ。

 


 「お祖母様はお母様よりも母上と仲が良いのです」


 言われてみれば、ヴィクトリア認知の件も。

 公爵閣下とアエミリア様の間に立ったのは、公爵の母君・先代夫人、妹のアナベル男爵のほか、第二夫人イライザ様であったと。

 しかし先代夫人が気質的に第一夫人と合わず第二夫人とは合う……ねえ。


 ようやく口を開かれたと思いきや、良い顔でなぜ爆弾を投下されるのです? フィリア子爵閣下?


 (話を聞いたら、それだけでも縁ができるんだぞ)


 と、これはヴァガン御坊のありがたきお説法であったが。

 同じく天真会ご出身のイライザ様も、諦めたかのごとき笑顔。 


 「私の役回りはいつも同じです。間に立ってとりなしてばかり」 


 あれ、なんだろうこれ。急に親近感が。

  


 「母がノイローゼ気味になった時には、私もよくお世話になったものです。早くに引き離されたお母様と似ておいでだったらしく、千早さんもそれは懐いて」


 見た目以上の何かがあったのだろう。ファンゾ気質とは相性が良さそうだもの。

 その前男爵閣下が浮かべておいでだったのも、懐かしげな笑顔で。

  

 「千早さんからは、度々お噂を伺っておりました。どこか他人とは思えぬようなと、お文からは首をかしげる様が伝わって来るようで……深きご縁があったのでしょう」


 照れる以前に、覚えたのはうそ寒さ。

 さきほどの女官と言い、知らぬ相手に知らぬところで知られている、そのことへの小さな恐怖。

 

 ……にも、感づかれてしまう。人柄を知られているから。

  

 「中隊長閣下、いえ、ヒロさん。いま少し、傲慢に――と申し上げては戸惑われますか――堂々と殿方らしくなさいませ。我がメル家の侍女が失礼をいたしましたが、あんな対応をされているようでは千早さんに申し訳なくて」


 なにかおかしい。そう、風向きが。申し訳なく思う先、間違っていません?

 そもそもフィリアさんの監督にいらしたのでは無かったのですか?

 

 「フィリア様も、どうぞご遠慮なく堂々と振舞われますよう。メル家大なりといえど、大戦の立役者を務められた方を遊ばせておく余裕はありません。クレール様とアエミリア様には、私から取り繕っておきますので」


 力強き言葉。

 大地から震えが伝わるほどに。


 「イライザが来ていると聞いたぞ!」


 遠雷の如くごろごろと。足音が。



 「御前、失礼を」


 さすが大人の女性、礼の規範をいっさい踏み外すところがない。

 しゅっと立ち上がるその姿、あくまでも優美。

 楚々とご夫君の迎えに立つその様たるや…… 


 「私はしばらく雅院こちらにおりますゆえ! まずはアエミリア様のところにおいでなさい!」


 公爵閣下にも小さな親近感を覚えた。

 我ら男は勝てぬのである、絶対に。





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