第三百三十五話 プレゼント その1
尚侍の話にも出たところであるが。
この夏、メル家では総領ソフィア様に第二子が生まれていた。
王国の「客将」・メル本宗家の慶事に、聖上陛下はご愛用の文箱を、王后陛下はお香を贈られる……とのお話を、閣僚や蔵人頭経由では無く直接に伺うのが近衛中隊長。
メル屋敷に運ばれるその行列を指揮する役割を担うのだから当然というわけで。
道すがら、「雅院に立ち寄るように」との使いがあり。
アスラーン殿下からは「陛下が文箱ならば、私からは絵筆を」、クレメンティア妃殿下からは「女の子でしたら、私からは櫛を」と。
そうなれば、お使者の俺が手ぶらというわけにもいかぬ。
そもそもソフィア様ご夫妻には大変お世話になったのだし。
嫡男ベリサリウスへ贈り物をした4年前は新都滞在中。格式など求められることも無く。
海竜の鱗を板に貼り付けた子供用の盾を成長に応じて使えるようにと大小2つ贈れば、それで結構喜ばれたものであったけれど。
今や男爵近衛中隊長、雅にして華やかなる王都に滞在中。まして生まれた赤ちゃんが女の子とあれば。
何を贈れば良いものかと、迷いに迷っているわけで。
白い翡翠で象った……牛の脛骨? そうだなジロウ、それはお宝だ。よーしよし。
女性と言えばピンク……絵筆はアスラーン殿下とかぶっちゃうしなあ。
刃物は無しだぞ、朝倉。懐剣はやっぱりご両親からだろう?
こういう時はおしゃれなネヴィル……を眺めてみれば……そうだ、弓矢!破魔矢だ!
(忘れてない、ヒロ?)
王国を代表する戦略家、フィリア・(略)・メル嬢の存在を。
争いに、奪い合いになる前に機先を制するのがその真骨頂。
「助かりました、ヒロさん」
すでに春先、フィリアからはグリフォンの羽根を所望されていたのであった。
巨体の持ち主グリフォンは、その羽根も通常の鷲や鷹より遥かに大きくて。二頭が毛繕いの度に落としていたそれを拾い集めては、儀礼用の矢羽根にと。これまでも政府やメル家ほかのお家にちょいちょい寄贈していたのだけれど。
「破魔矢、だよね? 拝見しても?」
ネタを先に潰されてしまった身としては、他に口にできる言葉も無くて。
「ええ。同行されている小隊長の皆さんや近衛兵……各家の皆さんにも、検分していただいたほうが」
そして取りいだされたるが、装飾を廃した大振りな梓弓にその長十三束三伏せに及ぶ金属製の矢。
あまりにも素っ気無く、儀礼用でありながら実用性も重視した逸品であった。
グリフォンの羽を使った弓矢と言えば丹塗り黒塗りがイメージされたのだが……しかし思えばそれは国家儀礼に用いるもので。私人から贈っては非礼にあたる……どころか、政治的に大問題。
だから他家にも検分させるわけですか。それにしても、ねえ?
「女の子、それも赤ちゃんだろう?」
いくら健やかな成長を願っての魔除けとは言え。
「子供というより、両親……姉夫婦、総領一家への贈り物です」
出産祝いには、なるほどそういうところはあるかとも思う。
でもやっぱり子供に、赤ちゃんに贈りたいんだよね、何となく。
(プレゼントって、贈る側にも喜びがあるわよね。相手を思って、迷って。その時間が良いのよ)
アリエルのその言葉には賛意を表する、けれど。
迷うという過程は、楽しいばかりでも無いわけで。
女の子なら宝石、装身具……って、赤ちゃんだしなあ……。
貴族なら「あり」なのかもしれないけど、何か違うと個人的には思うんだよねえ。
布類……それこそ関係の浅い家が、当たり障りないプレゼントとして贈るだろうし。
アスラーン殿下ご夫妻の贈り物が梱包――と言うと大げさか――ラッピングされている間、ああでもないこうでもないと頭を抱えている間にも。
「雅院からの使者には私が立ちます。メル屋敷までエスコートをお願いしますねヒロさん?……カサンドルさん、支度を」
女童、カサンドル――フィリップ・ヴァロワの娘、アレックス様の姪――の動きにはまるで滞りが見えなかった。
これは貴族のお姫様というより武家の娘……それもフィリアの妹みたいになってしまって。
だがその容姿は変わっていない、どころかますますアレックス様譲りの華やぎを身に纏い始めていた。
「これは見事な身ごなし。父君も喜ばれましょう」
「あら、キレイになったわねえ」(なぜかアリエル口調)……などと、雇用主の前で口にするつもりはない。
それぐらいの分別が無ければ近衛中隊長など務まらぬのである。
「フィリア様、メル家の皆さまのご指導のたまものです」
ありゃ、ほめたのに案外反応が硬い……。
「8つも年下の女童に気を使わせて! いいかげん付き合いも長いのですから、バレバレのズレた気遣いはやめにしてください。かえって腹立たしい」
そのフィリア、女官を自分の替え玉として車に押し込み自らは馬上の人。
ここのところ都にも随分馴染まれて……地金を遠慮なく出し始めているように思われてならぬ。
「カサンドルさん、そろそろ雅院から帰すほうが良いかと」
婚姻適齢期に入った、そのことは確かだが。
「だからこそ女官勤め」という考え方も無いとは言えない。中流貴族の娘ゆえに。
だがフィリアのその言葉については、カタリナからも聞き及んでいたことでもあって。
「もて過ぎる、か」
誘拐未遂事件の際、近衛兵に顔を見られている。
カサンドルの美貌は夙に有名であった。
「メル家が仕切る以上、警備は万全です。しかし雅院に貴族が集うという状況は……それも艶聞では。私達ではうまくコントロールできないでしょう? 良い傾向ではありません」
王位継承権者は実力を、器を誇示しつつしかも陛下に対して憚りを示す必要がある。
艶聞は、笑い話やそれこそ「風流」になれば良いけれど「醜聞」になっては面白くないし……「痴情のもつれ」も怖い。逆恨み的な反発がメル家や雅院に向かうようでは問題だ。
「彼女自身居心地悪そうですし、ね。私の不徳かもしれません」
フィリアも独身女性、女官たちもその半ばは独身。
上司と先輩をさしおいて、一番若手で下っ端のカサンドルのところにお文がどっさり……では。
「しかしフィリップが何と言うか」
彼の領地は王都南西郊外の村。王宮からは南へおよそ50km・西へおよそ40km離れている。
鄙とは言わぬが……良縁の機会は、それは貴族の集う「都心」のほうが恵まれているわけで。
と、そうした理由もあるからだろうか。
当のフィリップ父さん、案外さばさばしたものであった。
「磐森にて修行の続きをお願いできませんか? 息子アリスティドと共に」
案外すんなり片がつきそうな風向きであった。
俺の負担はちいとばかし増えるけれど。




