第二十六話 旧校舎の花子さん その4
二人と別行動になった。今しかチャンスはない。
「なあピンク、この本を知ってるか?」
「うわっ、ヒロ君、あんな美少女二人と一緒に居て、これ?ちょっと引くわー。」
「違うって、学園側からの依頼なんだよ。ある教官がお求めなんだ。」
「それもそれで、教師の威厳とか形無し……。持ってくる、待ってて。これは最下層にあるんだ。あそこの本は、もうね、何と言うか。」
空間認識能力が高いピンク、一直線に下へと向かい、すぐに戻ってきた。
「ヒロ君も読む?」
「いや、やめとく。変な扉を開いたりとかしたくないし。」
「賢明よ、ヒロ。」
アリエルが深く頷いていた。
もうそろそろ終わっただろうと思い、変じゃないほうの扉を開ける。
目に飛び込んできたのは、本に見入る二つの背中。
こりゃ変な扉を開きかかっているな。
音に驚いて振り返る二人。
「ヒロ殿?ノックぐらいするでござるよ!」
「浄化中だったらどうするんですか?」
「ああ、それね。お目が高い。」ピンクの鼻息が荒い。
「実は、アンヌ殿に本を探すよう頼まれていたのでござる。それがこれで……」
「浄化は終わりました。荼毘に付して、その箱に。」
やや慌て気味の二人。
アリエルがため息をついた。二人に伝えてほしいと言う。
「フィリアちゃん、千早ちゃん。そういうのが『嫌いな女子はいません!』だから、興味を引かれるのは分かるの。でもね、そっちにハマると大変よ。このピンク頭を見なさい。うつつを抜かして、学園の生徒でもないのに、こんなところを嗅ぎ当てて。落ちてきた本に頭をぶつけて。……あたしやレイナちゃんみたいに、『文』の道に生きるならいいわ。だけど二人が生きる道は、政治か軍か経済か……いずれにせよ、違う道。ほどほどにしとくことをお勧めするわよ。」
「レイナさんと一緒にされるのはごめんこうむります。アリエルさん、気づかせてくれてありがとうございます。」
理由はそこなのね。
「某には家族がある。ピンク殿を責めるわけではござらんが、うつつを抜かしてはおられぬな。アリエル殿、忠言に感謝申し上げる。」
「二人なら分かってくれると思ってた。言い過ぎたかしらね。まさに老婆心……って、誰がババアよ!」
そこで俺をどつく必要はあるんでしょうか。
ピンクの遺稿を整理する。
……マロ先生ご依頼の本をその中に紛れ込ませることに成功。
帰り道にはもう何も出ないという事は分かっているのだが、行きと同様に行動する。薄暗いし、用心は必要だ。
ピンクは俺の傍に配置。話を聞いてみると、やはり建物の「つくり」の捉え方が、どこか常人と異なる。
絵を描くという修練の結果得られたものか、もともとのセンスなのかは分からないが、とにかく一つの能力には違いない。
事務窓口に、あらましを報告する。
「死霊術師にとって、霊は『手の内』だろうから、あまり聞くべきではないけれど……学園内で死亡した少女の情報ということになると、そうも行かない。詳細は後で書類にしてもらうとしても、少しだけ。別室で、いいかな。」
名目ですよね、斉藤さん。存じておりますとも。
マロ先生に頼まれた本を渡し、報酬を受け取る。
「ヒロ殿、何を持ち帰られたのでござるか?」
「こちらから申請した活動なのに、礼金の額が大きすぎます。」
バレテーラ。
「アンヌの同類がいたんだよ。」
そう説明すると、二人の追及が止まる。
薄暗い旧校舎での思い出は、微妙に後ろ暗いものとなった。
だから怪談はイヤなんだ!
「早いとこアンヌにそいつを渡して、この話は終わりにしないか?」
「そうですね。」
「それがようござるな。」
二人を出迎えたアンヌ。
その鼻息は荒かった。
「腐海はこうして広がるものなのよ。」
ピンク、頼むからやめてくれ。怖い話はもうたくさんだ。
それ以上に気が重かったのが、ピンクとの約束。
お父さんに、遺骨を渡す。
当初、お父さんは躍起になって娘の死を否定した。
この骨が娘のものだという証拠はどこにあるのだ、そう怒鳴りあげる。
だが、ピンクから受けた説明、彼女と父親しか知らないはずの思い出。
それを、「ピンクの残した言葉」として伝えると、お父さんの背中が震え出す。
「娘さんは、お父様が天に帰られるときに、必ずお出迎えに上がると、そうおっしゃっていました。せめてそれぐらいは、と。」
「花子!」
あとはもう、何を言っているのか分からない。
「ごめんね、父さん。ごめんなさい。」
消え入りそうになるピンク。
「親より先に逝くってのは……。」
「さよう。さようでござる。」
「たまには父に手紙を書くことにします。」
父さん、母さん、みんな。
ごめん。
帰り道、以前のように気配を薄くしているピンクに、アリエルが話しかけた。
「なるへい。」
「は?」
「なるへい、よ。それがあたしの本名。」
「なwるwへwいwww ぶひゃひゃひゃひゃ!アリエルの本名が『なるへい』って。何それ!」
ハンスよりもひどい反応を示す、ピンク。憧れていたぶんの反動か。
「うるさいわよ、花子!名前も実体も、花も何も無い地味子のくせに!」
「それを言うな!気にしてるんだ!」
的確に心を抉りにかかるアリエル。レイナの遠縁だけのことはある。
そう、沈んだ俺の心を、的確に掬い上げてくれたのは、アリエルだった。
詩人の力、文学の力って、こういうものなのかもしれないな。
寮への帰り道は、気分も軽く、足取りも軽く。
…………
重いのは、背中の荷物。
ピンクの、「腐った」原稿をどう保管しろって言うんだ。
男子寮でこんなもん持ってたら、あらぬ疑いをかけられる。
と、悩んでいたのだが。問題は案外簡単に解決した。
同居人ノブレスのゴーレムにして女神の偵察機である、超時空妖怪・鉄腕ラスカル初号機であるが……。
ラスカルはモチーフを忠実になぞり、おなかにポケットを持っていた。
四次元ではないけれど、女神の小部屋に直通しているポケットを。
そういうわけで、書類はラスカルのポケットに。女神へ転送。
「ウホッ」て、やかましいわ!
「ピンクちゃん!続きはよ!はよう!」
翌日には、そんな女神の声が聞こえてきた。
腐海の浸食力は、強い。
あらためてそう思い知らされる。
「ヒロ、こういうのは日本にもあるんだよね!よし、文化交流事業を……。」
やめろ駄女神!目を赤くするな!この世界を汚しちゃいけない!