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第三百三十二話 あしもとの影 その3



 イオ様は無事に後宮へとお戻りになった。

 各所からお祝いの品が届き、また王宮内外のあちこちで祝宴が開かれ。



 「陛下がお渡りになる。ともに随身せよ……などと言われずとも、ついて来なければならぬところか」


 ロシウ・チェンが頬を歪めた。

 王宮外で開かれたワーリー・タヒール氏主催の宴に、俺は招かれていなかったから。


 ワーリー氏のしょうもない嫌がらせなど、意に介するものではないが。

 イオ様ご本人に敵視あるいは警戒されていては、今後何かとはかどらない。

 

 「顔色を変えぬのだな」

 

 そこはそれ、睨まれたところで対処のしようがないわけでもない。

 他のお局との「お付き合い」を密にするまでのこと。

 むしろ王室を支える我らインディーズ貴族の支援無しで、後宮をどう泳がれるおつもりかと。

 

 そもそも関係が悪化するとも思えない。

 俺は彼女とその従姉妹ティスベー(長橋の剣姫)との連絡役に当たっているのだから。


 「ふてぶてしくなったものだ」



 「何を仰せか、見当もつきません。陛下のお渡りを見届け参らせ記録するのは我ら後宮司の務め、また誉れではありませぬか」

 

 ゾウガメあたりを意識して、それこそふてぶてしく首をもたげたつもりであったが。

 待ち受けていたのはハシビロコウのごときひと睨み。まるで動ずる気配が無い。


 めんどうこの上ない膠着状態……は、幸いにしてすぐに破れた。

 


 ――聖上のおでましです――

 

 よく響く……いや、まっすぐに徹る声。 

 一隊の指揮を取ったアベル、自信と落ち着きを身に纏い始めていた。


 微笑を投げれば、ロシウも顔に苦笑を浮かべる。

 少年に見せるにはあまりに大人気ない意地の張り合いが溶けてゆく。

 

 

 ややあっておでましになった聖上陛下、お顔色が少々くすんでいたけれど。

 ロシウの姿を目にするや、ぱっと顔色に華やぎが灯る。 


 「大夫のことゆえ、存じていよう。先日の陣定じんのさだめ(閣議)において、珍しきことに雅院から提案があったのだ……が、少々腑に落ちぬ」


 頭弁の地位を退いても、諮問が降り注ぐ。 

 ロシウに対する聖上のご信任の厚さ、もって知るべし。


 「およそ若き人々は、か弱き者には気が回らぬもの。ことに子や孫のことなど、なかなか想像が及ばぬところだが」


 聖上の視野にある「人々」とは、「上流の貴族」とほぼ同義。

 若きパワーエリートは上だけを見ている、それはおよそ人の世の習い。


 受けてロシウの澄まし顔、その憎らしいこと。


 「遡ること旬日になりましょうか、さる公達が雅院に伺候いたしました。その者、つい先ごろ子に恵まれたとの噂……裔への思いを殿下のお耳に入れたのやもしれませぬ」


 お耳の早いことで……いや、違うか。

 雅院の出入りにまで光らせているその目の聡いこと。



 極東から、文が届いていた。

 生家の例に従い平太と呼び慣わすことにした旨、綴られていた。

 「正式な名は落ち着いて後、追々。ヒロ殿にも考えていただきたく」

 懐かしのその文字には乱れも無ければ、筆致に繊弱も感じられず。

 ……安心した。いや正直なところ、鼻がつんとした。



 「おめでとうございます」


 違うだろアベル!

 そこは「めでたきお話ですね」でお願いしますよ!

 

 「陛下のお耳をかたじけなくするような話では……」


 「覚えている。雅院の警護を務めていた、颯爽たる女官であったな。めでたい話だ」


 「もったいない仰せにございます」


 アベルの発言をきっかけに、ここまで様式美テンプレ

 で、終わると思ったのだが。

 


 「同じ年、ほぼ同じ頃合に生まれた赤子か。……縁に似たものを感じる」


 「まこと畏れ多く……」


 「縁」の一語をどう考え、答えれば良いのか。

 あまり語尾を明確にすべきでもない、その作法が今はありがたい。


 

 そこに飛んできたのは、助け舟……と言って良いものか、どうか。


 「権大夫どの。君は軍人(・・)であろう? だが口の重い性質でもない」

 

 軍人。メル公爵の指摘ではないが、「実力行使」が可能な立場。

 聖上に信用されていない?

 ……はずは、無い。これまでのお言葉、処遇を思えば。確信している。


 ならば、これは。

 アレックス様の時と同じ。「害を為さぬ」旨の宣誓を求める言葉。


 「和子さま方におかれては、お心安らかにお過ごしいただくべく。謹んであい務めまする」


 字義どおりの「縁」以上のところには踏み込めない。

 俺がアスラーン殿下に付かざるを得ないことは、聖上におかれてもご存知のはず。 

 鞍替えを期待されているとは思えないが、仮にそうであっても応じられぬ。



 「権大夫は若くはありますが、古礼の趣意こころに誠実な男です。典侍さまにおかれても、お心強く思われることでありましょう」


 古礼の趣意、ね。それに誠実、ね。

 野暮ったい、毛が足りぬ、「お約束」を守ることに汲々としている。

 およそ「権威」を蔑ろに扱うことは無い、と。

 当たっているのだろう。反発を覚えたところで、冷えた観察眼――それもロシウの――に勝るとは思えない。



 「さよう、忘れず典侍に伝えねばならぬところであった。さすがは頭弁、よく気づいてくれた」

 

 陛下の中ではまだ頭弁なのか、あえて頭弁と称して持ち上げたものか。

 緊張すると、毎度どうでも良いことにばかり頭が働くのが悪い癖で。


 一方的に忠誠を誓うわけには行かぬ話であることは、ご理解をいただけた。

 陛下からもイオ様に、「ヒロは信を置ける(敵視するな)」のひと言をお告げになっていただかなければ。それは「通らぬ」、いや「通せぬ」ところ。

 


 ……ふてぶてしいと言われても仕方ない。



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