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第三百二十六話 中務宮家 その1 (R15)



 ヒロ・ド・カレワラ氏が宝玉・翠枝白梅を後宮に持ち込んだことで、ひとつ浮かび上がって来た印象がある。


 人形事件の奇妙さだ。


 舞台は絢爛豪華にして艶麗嬋娟たる後宮である。

 その後宮においてひとを呪うならば、それこそ聖遺物か邪法の結晶か。およそ大枚はたいて手に入れた宝物を複雑なる魔法陣の中央に配置のうえ、奇怪極まる呪文など唱えてウルトラレアな古代の英……もとい悪霊でも召喚おむかえすべきところ。

 王国はそこまでファンタジーな世界ではなさそうだが、ともかくそうあってこそ「似つかわしい」はずが、しかし現場の風景とは。


 どこにでもある材質で作られた、これと言って特徴の無い人形。

 犯行を誇示するどころか発覚を恐れ慌てて逃げたかのような投げ遣りぶり。

 経済的にして、小胆である。


 疑われたフィリアが激怒したのも正解であった……が、こと俺に関しては一気に嫌疑が晴れたのはありがたい。

 それもひとえに後宮で行われる推理がE・クイーン流の論証ではなくヴァン・ダイン張りの直観論であるおかげ。古典的やぼな服の上にぼんやり面を乗せている若僧が、それでも子爵格の家の当主であり、宝玉を持ち込むだけの経済力と演出力の持ち主であると知れ渡れば……カレワラ男爵とつつましやかな犯行と、印象が紐づかなくなるのは当然なのであった。


 当初解決に躍起となった公達連中が熱意を失ったのも、そのつつましさのゆえ。

 「犯人は小物に過ぎぬ、恐るるに足らず」と、みなみな肩をそびやかす。


 そして後宮を明るくしたのがヒロの奴輩であるならば、残った仕事は……イオ様にお心安らかな日々を過ごしてもらうことというわけで。

  

 イーサンなど事件に鼻もひっかけず、代わりにイオさまの名義を借りてチャリティミサを主催。

 クリスチアンはご実家に楽団を派遣、お身体に障らぬよう陽気な新作オペレッタを披露したとか。


 そうしたわけでこの時期、後宮周りは実に華やかで。

 これぞ立花伯爵オサム氏の言う「後宮の栄え」であろう。



 

 「……ただの公達ならそれで満点だが。ヒロよ、君は後宮(こうきゅう)権大夫(ごんのだいぶ)であろう?」

 

 陰謀をかいくぐり恋に生き歌に生きる……前に、貴族とは官僚なのである。

 

 「後宮司は女官の皆さまの補佐がその業務。警備・捜査は三席掌侍(ないしのじょう)様のご職掌かと、大夫さま(ロシウ)」


 めんどうは人に押しつけてこそ、有能な官僚なのである。


 「三席掌侍ナディアさまは外に踏み出して捜査をされる由。その旨、私からも中務宮さまに許可を得ておいた。権大夫どの、君は掌侍さまを補佐……いや、指導監督してほしいとのことだ。お願いできるかな?」


 仕事の枠を組み上げてこそ、高級官僚なのである。

 下僚ではなく副官扱いする、その言葉づかいの白々しさよ。



 


 「お若いナディアさまを男性とふたりきりにさせるわけにもいきません」


 ことにカレワラ男爵が筋肉質の令嬢に弱いこと、フィリア嬢におかれてはつとにご存知のところ。

 これが嫉妬なら良いのだが……フィリア嬢が現場に出たがるのは、大抵事務仕事でストレスまみれの日々を過ごされているときであって。

 思えば折りしもメル家は配置転換の季節、見えないところで調整役に徹することの多いフィリアにはさぞかし負担がかかっていたものかと。


 はい、だからお二人さん、間合いを図らない。殺気を飛ばさない。

 周りの侍女衆も険悪になってますから!

 ……と、割って入るまでもなく。ナディア嬢は案外あっさり引き下がった。


 「後宮に詰めっきりでは、息が詰まってしまいますから」 

 

 捜査はどうしたという話である。

 マジメに仕事をしていることにバカらしさを覚えかけたけれど。


 「実はひとつ、思い当たりが」


 と、早くもフィリアと打ち解けつつ歩む足取りは……やや剣呑な方角すなわち南西のかた右京に向かっていて。

 

 「以前より、幽霊屋敷などと言われていた邸宅があることはご存知ですか? 当主の失脚により召し上げられ、やがて別の家に下賜されたのですがそちらも失脚。以来住む人も無く荒れ放題、霊能者も寄り付きたがらぬという曰く付きのお邸」



 「当たり」であった。

 霊能者ならでは為しえぬ細工が施されている。



 「ヒロさん、これは……」


 フィリアもすぐに気づいた。磐森館と同様の施工がされていることに。


 本来ならば王都の郊外東北方面へと幽霊を誘導するはずの霊能グッズ、「杭」。

 抜いては配置換えして、屋敷に幽霊を閉じ込めるべく霊気の流れが作り変えられていた。


 こはそも誰のお邸ぞ……と振り返れば。


 「現在の持ち主はご辞退されたので、以前の持ち主においでいただきました」

 と、ナディア嬢がお招きしていたその人影が、これまた見慣れたシルエット。



 「我らも困っているのです。このたび朝廷への復帰により再び下賜いただいたのですが、どうも空恐ろしく」


 幽霊が恐ければ、もう少し殺戮に手心加えてもよろしいんじゃありませんこと?

 ねえ、ユースフ・ヘクマチアル閣下?



 「お心当たりはありませんか、ヘクマチアル閣下。例えば借家人など」


 国家非公認の陰陽師に貸していたりとか、さ?



 「勝手に住み着いた者(・・・・・・・・)はあったやもしれませんが、我らヘクマチアル家の手を離れていた邸宅です。責任を負いかねます」



 「今も誰かが勝手に住み着いているということは? 私ひとりなら構いませんが、令嬢おふたりを連れて危険は冒せませんのでね」


 俺の命を狙っていたらしい陰陽師。

 追い出した……手を切ったのであろうなと。

 

   

 「勝手に住み着いた男のことなど、もとより存じませぬが。今は無人であること、確認が取れています」

 

 提携していた事実すら否定しようとする。

 当然のこと、「手切れ」――ヘクマチアルのやり方なら、「処分」が正しいか?――をしているとも断言しない。


 だがいずれにせよ、この邸にいないことは事実と見てよかろう。

 ヘクマチアル家の力では、ナディアとフィリアを襲撃する――中務宮家やメル家を相手にケンカを売る――ことはできないから。



 そう。ケンカを売るなら、相手は俺なのだ。

 

 「では調査に入るといたしましょう。……千早・ミューラー卿はご不在ですが、カレワラ一党もそれに劣るものではありません。ご存知いただけているものと」

 

 陰陽師と手切れせずまだこちらにケンカを売るつもりならば、どうぞご自由に。

 だが3年半前、我らを襲撃して逃げ出したのはどなたでしたかと。





 枯草茂る庭を抜ければ、建物自体はさほど荒れ果てているものでもなく。

 だが「杭」により流れを限定され呼び集められた霊気はやけにどす黒くて。


 「磐森では侵入者を防ぐべく屋敷全体に霊気を廻らしていたけれど……」


 幽霊を閉じ込めておく範囲を、小さく中央付近に限定してあった。

 外からは容易に気づかれぬよう工夫したものと思われる。


 にもかかわらず幽霊屋敷の噂が立ったのは、どうやら縁起の悪さとひと気の無さによるものらしい。隠し事とは難しい、つくづくそう思わされる。



 「近場を通る機会があれば気づきましたけれど……こういう時、行動に自由の利く男性が羨ましくなりますね」


 「男でも気づけないよフィリア。右京職の施政がよろしきを得ているからね」


 「気づけない」というより「近づき難い」のである。

 ヘクマチアルの縄張りど真ん中であるゆえに。



 そして踏み込んだ先には、どこかで見たような悪霊が。

 霊力が内向きに働いている複合体。

 

 「悪霊とは作れるもののようですね」


 もう7年にもなるか。

 ティーヌで出会った悪霊にそっくりであった。


 「多少はマシだ。天然ものと養殖ものの違いか、犠牲者数の違いかね」


 銛を打ち込む必要は無かった。

 一体一体切り離し削ぎ落とす余裕があった。

 


 「核となる霊の格という可能性もあります」


 そう告げるフィリアには、光弾放出を控えてもらう。

 「被害者」たちの身元……少なくともその傾向を明らかにするには、一体一体確認のうえで剥がす必要があったから。


 妖刀朝倉の斬撃に苦悶の表情を浮かべて後、安らかな笑顔を見せ散りゆく人々。

 幽霊として流されるうちに迷い込んだ庶民、生前泥棒に入って捕まった者。まれにしっかり武装している霊もあった。ヘクマチアル一家(ファミリー)の内部抗争に敗れたか。



 「輸送船の、いや、およそ船長と名の付く人々、たしかに一個の人傑だものね」


 敵・北賊に対する怒りと、乗客乗員に対する責任感……自責の念と。

 大きすぎる悲憤。ティーヌの悪霊は、そこから生まれた。



 一合を受け止める霊が現れた。

 生前名のある武人かと思いきや……丸腰で。


 恨み言を口にしていた。まだ逝けぬ、見逃せと訴える。敵はすぐそこにいると。

 ヘクマチアル兄弟に謀殺された商人たちであった。

 

 正義はおそらく彼らにある。刀を振るう腕を止め、背後にあるユースフを襲わせるべきやもしれぬ。

 彼らに助太刀して俺がユースフにとどめを刺してやろうかと思わなくも無い。


 だがそれをしては、やり過ぎの謗りを免れない。仲間内の交際に支障を来たす。

 聖上や立花伯爵、そしておそらくは中務宮がユースフを抜擢したその意図を無にすることを――いやむしろ、その意図が知れぬままになることを――恐れもした。


 我々は、俺は生きているのだ。人の中で。 

 その「都合」のほうが、重い。


 改めて気合を乗せ、朝倉を突き入れる。


 「許せ」と口にしたことを、フィリアに咎められた。

 救済しているのだから謝罪はおかしい、聖神教徒なら当然の感覚だ。

 天真会の人々ならば、彼らはあくまで不自然な存在だからと言うのであろう。

 


 「悪趣味でしょう!」


 ナディアのその叫びは、悪霊に、悪霊を生んだ者に対するものか。

 死者の魂を前にして、刀を振るいながら論評を加える態度を難ずるものか。



 ここのところ、大陸ランドに来たばかりのことを思い出す機会が増えた。

 関係が濃くなったロシウを見ては、アレックス様を思い。

 ナディアに会っては、千早を思い。

 それぞれ前者は後者に「及ばない」……そう思ったのは、彼らが実際及ばないからではない。

 俺の問題だ。

 何もできず何も知らなかった俺から見たアレックス様と千早の存在は、それはもう大きくて。


 現に、あの頃の俺は……悪趣味だなんて思う余裕すら無かった。

 震え、胃の中のものを吐き散らす他にできることもなくて。

  


 「ナディア様もああおっしゃっていますし。仕事を果たしましょう、ヒロさん」 


 そうだなフィリア。

 俺は仕事を果たさなければいけない。


 核が幼児の霊であったとしても。

 それは保護を求めて人を喚ぶに決まっている。優秀な霊能研究者だよ犯人は!


 

 

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