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第三百二十五話 麗人たち その5



 女官にもいろいろある。

 レイナのような典侍ないしのすけ、フィリアが就いている雅院がいん女蔵人頭にょくろうどのとう……などは、ヒエラルキーの頂点に近い立場で。

 先ごろ登場した掌侍ないしのじょうあたりでも、幹部中の幹部である。

 そんな彼女たちは後宮や雅院の中に自分の事務棟つぼね・お邸を持ち、そこにスタッフを住まわせている。

 そのスタッフこそが、世間一般で「女官」や「女房」と呼ばれる人々。シメイやアルバート、エミールあたりが声をかけ回っているのも彼女たちである。その多くは中流貴族の婦人や娘であり、才色兼備……にして、その多くは知勇兼備であったりもする。

 事務棟つぼねに住まう人々の中にはさらに、「お端女はした」と呼ばれる人々がいる。庭男・作男・下男……の女性版、局の衛兵という役割を負う者も多い。


 そんな彼女たちとはまた別に、事務棟つぼねに属さぬ女官もある。

 華やかな表通りからは遠く離れた……良く言えば閑静な地域に、長屋暮らしをしていて。

 長屋と呼ぶのは不適切かもしれない。熊さん八っつあんがとぐろを巻いている集合住宅とは趣が大いに異なる。きちんと女性守衛が立っていることでもあるし、コンドミニアムとかコンシェルジュつき分譲マンションとか。イメージとしてはそちらが近い。

 

 レイナやフィリア、ナディアあたりまでが経営者ならば、部屋付き女房は常勤OL。

 長屋に住んでいる人々は、非常勤派遣社員とでも称すべきか。

 やはり風姿優れているのみならず、人並み外れた技芸の腕などを持っている。

 ゆかりあるお局で何かある度、ヘルプとして出向を要請される。



 「女官との付き合い方が分かっていない」とお叱りを受けている私、ヒロ・ド・カレワラであるが。

 後宮権大夫こうきゅうごんのだいぶになる以前から、実はこの長屋暮らし女房どのたちとの関係は良いのであった。


 いや、それはそうでしょう。

 超一流企業のCEOや、幹部経営陣(それも多くは20代)と言った人々よりは、4LDK(事実、彼女達の住居は客間・書斎・寝室・LDKといった作りなのである)のマンションに住んでいる独身アラサー・アラフォーOLさんこそ、元日本の大学生・中身年齢28歳の俺にはフラットな会話が可能な相手でありまして。




 冬の防風、また夏場の涼にと植えられたクスノキの仄かな香りが鼻をくすぐる。

 そう、特にこと香りと言う点に関しては、女官のセンスは抜群である。

 こちらの皆様も、ほど良くダウンサイジングされた暮らしぶりに似つかわしく慎ましくも爽やかな、またあるいは小粋にスパイシーな香りを漂わせていて。

 彼女達の「マンション」の共用部分でおしゃべりして過ごす時間は、かけがえのない癒しのひと時なのであった。



 「我がカレワラ家の侍女長も、こちらで長年過ごしていたとのこと」



 「伺っております……私たちと似たお立場であったとか。女童めのわらわとして後宮入りした者、あるいは局の女房であった者」


 もとは局付きであった彼女達が長屋に引っ越してくる契機として、あるじが「後宮から卒業した」ようなケースが、まずは挙げられる。

 たとえばレイナが立花伯爵家の当主となり後宮の外に職を得て、その本拠を立花家上屋敷に移すような場合や、大蔵卿宮さまが結婚されるケースなど。

 もちろん、局のあるじと行動を共にする女官が多いのだが……中には「後宮にとどまりたい」と。そう申し出る女性もあって。


 なお、カレワラ家侍女長の場合、少々複雑な事情があったもので。

 「意地になって後宮にとどまり、女官として勤め続けた」と聞いている。 

 やがて式部卿宮の縁者に見初められ、結婚を機に後宮から出たけれど。



 「素敵なお話ですけれど……ねえ? 私にはとてもとても」


 「あら! あなたはしじゅうご実家に宿下がりしては、彼と逢っていらっしゃるのでしょう? すでに結婚したも同然、もうすぐ退職なさると皆さまのお噂ですよ! ほんとうに諦めたのは私ですのに……兄からは、『妹が後宮勤めとあれば鼻も高い。費えなど何ほども無いから気にするな。つらかったら帰ってきても良いぞ? お前ひとりぐらいならば養えるからな』と。ありがたいのですけれど、結婚については何の期待もされていないようで」


 「結構なお話ではありませんか。でも、お兄さまがお亡くなりになったらどうなさるの? 甥御さんに頼れます? お金はともかく、何かあった時の後ろ盾やお世話はどうなさるの?」


 「今のうちからお小遣いをあげたり、いろいろ好感度を稼いでおります。大丈夫ですよ……そうそう、カレワラ閣下。○×家の長男ですの。叔母の私が言うのも何ですが、利発な子で。よろしければ一度、対面の機会をいただければ……いえ、就職の世話とか、そんな厚かましいことは申しません」


 中央とのコネを見せつけて老後の安心を買う、ね。

 ええ、そちらの家ならば付き合いが無いでもなし。聞ける話です。

 


 女官の皆さま、少しばかり世知辛い話をしながらも、どこかしら余裕がある。

 景気は回復しつつあるし、なにより貴族の娘……それも一族の名を高からしめている才媛とて、里帰りすれば笑顔で迎えられる人々だということもあろうけれど。

 

 あえて浮かべるその屈託の無さが、ひどく眩しくて。

 何も知らぬ子供では無い。欲望渦巻く後宮で過ごすうちにいろいろなことを知り、その身に経験してきた女性。

 それでもなお笑顔を見せる大人の彼女たちに励まされ、奮い立つことは多くて。



 (それが横着だって言われてんのよヒロ。あなたがその笑顔を見せなくちゃ。笑顔にさせなくちゃ。分かってんでしょ?)

 

 (継承権者の母親に親族。十代半ばにもならぬうちから、上御一人のご寵愛を争い勝ち取らねばならぬ小娘。経験ある年上が有利かって言えば、衰えゆく容色に怯えを抱いて。底抜けの笑顔を見せる女は諦めの境地。……みんなギリギリなんだな。中流ブサイクの俺には分からなかった。後宮って言えば、そりゃあ権力や寵愛を争ってもいるんだろうが、絶世の美女達がきゃっきゃうふふしてるもんだとばかり)


 (アリエルとネヴィルの言う通りだよ……将来は将軍大臣、今だって男爵サマなんだからヒロ君。頑張れ男の子!)


 

 幽霊諸子は言い募るが、彼女たちを相手に俺が頑張る必要はあまりない。

 自分の意思で残るならばそれはマシ、いやかなり理想的なケースなのだから。


 彼女たちが長屋に移って来る契機、その厳しい例としては……「局のあるじ」の失脚がある。

 

 

 例えば、先代陛下の御世のこと。

 聖上はお心優しく、またやや病弱であったと聞いている。

 そのため王后陛下の父君……いわゆる外戚の某公爵家が強大な権勢を振るっていたのだが。


 御代の替わりがあって、公爵は失脚した。

 王太后(当時の王后)陛下については、それはもちろんのこと離宮でお心安らかな生活を送っていただいているところ。

 だが父公爵、代替わりした息子の公爵(先代王后の兄)は、恨みを買って閑職に……具体的には、太后大夫たいこうだいぶの職に追いやられた。

 「妹君のお側に仕えて静かにしておれ、命までは取らぬから」と、まあ。

 トワ系もなかなか過酷な連中なのである。



 その際にリストラされた女官たちが、こうした長屋に留まっている。

 またあるいは……恩ある公爵家に対する仕打ちに抗議の意を示すべく、スカウトやらの好条件を跳ね除け「意地になって後宮勤めを続けている」者もあって。

 

 アラサーと見えるその女性、当時はそれこそ部屋付き「女童」だったはず。

 同僚のお話をにこにこと聞いているけれど。

 子供心の義憤を胸中に燃やし続ける、なかなか気のきつい女性であるようだ。


 「でも丸くなられましたわよね、そちらも。昔はほとんど笑顔をお見せにならなかった」

 「素敵な殿方でも?……いえ、隠せませんわよね、私どもは」

 「出入口は共有ですから、殿方を呼ぶことができない……おかげで想像の恋物語がはかどること」

 「老後の蓄えになさるの? それともお小遣い?」 

 「おやめください、男爵閣下の前で!……殿方の影が無いと、これですもの」


 「我ら男も同じです。軍に身を置き、女性と話す機会に恵まれずにいるとがさつになるばかり。反省せよと、立花閣下からのきついお達しを受けての後宮権大夫というわけです。だがおかげで、こうして遠慮なく顔が出せる」 


 「心無きお言葉ですこと」

 「お持ちくださった甘味に免じて許して差し上げます。これはいずれにて?」

 「仮にも後宮の女官が、花より団子を思うようになっては……私どもも、そろそろ潮時かもしれませんわねえ」


 



 うって代わって、ここは立花典侍さまの豪奢……いや瀟洒なお局。



 「で、ヒロ? その話を私たちに聞かせる理由は?」


 「包容力のある、笑顔の素敵な年上の(・・・)女性……見習えと?」

 

 客人としてお越しのフィリア嬢には実年齢バレしている。

 やりにくいったら。


 「床下の人形の件で、後宮は大騒ぎですよ?」


 「もう一つ事件が起きたのは知ってるでしょ? 陛下がひどくご不興だってことも!」



 それが陛下の……大人の男の余裕なんだよな。

 若いイオ様のことが心配でないわけがない。そこへ留守宅で、ご自身のお膝元で呪詛(?)か何かの痕跡が見つかったとあれば。

 それこそ「はらわたの煮えくり返るような」思いをされているに違いないのに。


 「お庭に植えられた梅……その枝が切り取られていた件だろう? 最近入った滝口、庭男が丹精込めて、見事な枝ぶりに纏め上げていたんだとか」


 「疾く明らかにせよ」と陛下が声を高くされたとか。

 「み気色、ことの外うるわしからず」と。そう伝え聞いている。

 

 ――これ以上に不愉快な事件など、他に存在せぬかの如く――



 「『だとか』ってヒロ、伝聞!? 親父もロシウさんも、前々からその枝には目を留めてて、楽しみにしてたって! 絵に描けるほどだったってのに!」


 「捨て目を使い周囲の環境を観察しておくことの重要性、私たちは極東でさんざん学んだではありませんか。そこまで余裕が無いのですか?」



 余裕が無いのは俺たち若僧、みな同じだろうに。



 ……いや、わかっているさ幽霊諸君。


 レイナは典侍として、後宮で難敵相手に奮戦してるんだし。

 フィリアも雅院にあって、アスラーン殿下と姉君クレメンティア様周りの事務を切り回して。

  

 そんな彼女たちを――聖上も、後宮の皆さまも――笑顔にできぬようでどうするってね!

 



雅院:王太子の住居。後宮の東隣、近衛府の南。

女蔵人頭:女性 事務官 長


カレワラ家侍女長:事情については、第二百八十五話「桂花の候に」に。

滝口:いわゆるお庭番。庭男については、第三百十六話「月の光」に。

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