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第三百二十五話 麗人たち その4



 後宮(奥)は広い――2km四方ある――ようでいて、狭い。

 調査すべく人を集めるや即、「七英」全員からオブザーバーが派遣されてきた。

 そこに雅院代表フィリア中務宮の娘(ナディア)。呼ばれてきた立花伯爵に、なぜか前式部卿宮まで。


 寒気がしたのは陣容の豪華さによるものではなく、睦月の寒気によるものでもなく。

 留守中の事務棟おつぼねの人気なさと、充満していた霊気のせいで。


 「呪詛?」「厭魅えんみ?」……と、ひそひそ声が聞こえる中。


 「禍々しきものではありません」と断言したその口から、気合一声。

 フィリアが即座に浄化の光をぶっぱなす。


 なるほど禍々しくはないけれど、悪しき霊気であったことも確かで。

 説法師のナディアと思わず顔を見合わせれば。


 「気分を悪くされる方が出ると判断しました。中に悪霊が潜んでいないとも言い切れませんし」



 即座に口を開いたのは前式部卿宮。

 あらかじめ用意してあった言葉……あるいは少なくとも、それに類する難癖を付ける意図が当初よりあったとしか思えぬ滑らかさで。 


 「証拠隠滅……と言われかねませんよ?」

 

 イオさまに男子が生まれて一番困るのは誰かという話だ。

 「実務経験の豊富さ」を売りにする中務宮さま・兵部卿宮さまに対し、アスラーン殿下の強みは「血筋」と「若さ(想定される治世の長さ)」。だがそれはイオ様の和子にもあてはまるところだから。



 やはり即座に言い返したフィリアの声は……近頃聞かぬ、懐かしい響きを帯びていた。

 その冷厳なること、氷壁に似る。


 「迂遠に過ぎる。武家の発想ではありません」


 ――害意を抱いたなら、単純明快に達成すれば良い――


 そのまま式部卿宮に目を据える。逸らそうとしない。

 許していないのだ、この男を。レイナ暗殺未遂の件を。


 宮がロシウ・チェンの後ろに隠れるまで、その威厳を叩き落すまで視線を切らずにいたフィリアだが。

 追い込んだ後は案外あっさり引き下がった。

 

 「しかし第一発見者のうえ、メル家には動機がある。それも確かな事実ですね。調査に参加すべきではありませんでしたか。後は皆さまにお任せいたします」


 踵を返し、そのままひとり遠ざかって行く。

 

 「ヒ……権大夫どの!」


 ひとりにしてはいけない。

 それはレイナの友情ではあるが、政治的配慮でもあって。

 孤立からの暴発という威嚇を匂わせたままというわけにはいかないのだ。

 いずれにせよ、雅院までのエスコート係は俺のほかにあるわけもない。




 

 「その後だがね」

 

 幸いにして、悪霊は存在していなかった。

 家宅捜索を行うことしばし、床下から人形が発見され。

 

 「霊気を吸引する材質で作られております。悪しき霊気を選んで呼ぶものではありませんが……」


 立花典侍(ないしのすけ)のお局に呼ばれていた陰陽頭おんみょうのかみ、コーワ・クスムスは言葉を濁した。

 諮問した立花伯爵、フォローを入れる。

  

 「後宮で発せられる霊気が全体的に悪しきものゆえ、集まればドス黒くなる。そういうことかな?」



 頷くわけにもいかぬコーワ、眉を下げるばかり。


 「女官の皆さまの立会いの元、現場を拝見して参りました。儀式の痕跡が無いので、まじないの類ではありません。ただの霊能グッズであろうかと」 



 「ただの人形でも、そこに置くことには意図がある……のだろうねえ」


 またその人形・霊能グッズが、性質の悪いことにありきたりな代物、平凡な作りで。

 癖が無いから作成者に当たりをつけられない。


 「犯人に結びつく手がかりにならないんだね?」



 「霊能者ではあろうかと。しかしそれも作成段階の話です。持ち込みと開封は誰でもできます」


 

 困りましたねと相槌を入れたロシウ、その口調の軽いこと。

 まるで困っていないのか……そう装っているものか。


 「女官の皆さまには、すでに広く知れ渡っています。ここで『犯人の手がかり無し、容疑者が絞り込めない』と発表してはパニックとなる」


 

 「と申して、ロシウさん。発表せねば霊能者に疑いがかかりましょう? 特にその……」



 ありがとうございます、カリンサ様。ご配慮いただきまして。

 

 「メル家の腰巾着と目されている死霊術師に、でしょうか」


 だが俺にはアリバイがあるのだ。

 コーワ・クスムスはさすが専門家、霊気の吸収具合からグッズの設置時期を絞り込んでいた。

 それはちょうど、俺が磐森でクズリをためつすがめつしていた頃合で。



 「私的な場ですので形式張るのはやめにします……あのねヒロ、そういうことじゃないの。論理的に犯人かどうかじゃなくて、感情の面で好きか嫌いか、敵か味方か。後宮で見られてるのはそこだからね?」



 お局のあるじはそれで良いでしょうけれど?

 尚侍・典侍の皆さまを前に、私はくだけるわけにもゆかぬので。


 「ティスベー様の件で、私はイオ様とお文のやり取りをかたじけなくしております。これは王長子殿下のご下命によるもの……直接表に立つわけにはいきませんが、王室ご出身のイオ様を殿下はフォローされておいでです」


 そう言えば妙な草紙のおかげでしたわね、ティスベー様の消息が知れたのは……などと、妙な呟きが漏れ聞こえてくる。

 決して忘れてくださらぬこととは存じておりますが、忘れてください。面倒を増やさないで。どうぞお願いします。


 「それを最初に言いなさいよ! つまり王長子殿下の周囲にある人々はイオ様に隔意無し、それでいいのよね? じゃあ何だってフィリアはああまでケンカ腰に……」


 言葉を切るレイナ。沈黙が流れる。

 フォローの必要もないが……追加情報があるところとて、ロシウがおもむろに口を開く。


 「前式部卿宮さまに対する牽制でしょうね。すでに漏れ始めているところですし、言ってしまいましょう。お生まれになる和子さまの後見人に内定しています」



 調査に際して彼を連れて来た立花伯爵は、知っていた。知らぬはずが無い。

 だがレイナは知らされていなかったものらしい。

 立花の親子関係も、なかなか、その。

 

 「その立場でメル家を挑発する? 軽薄で脇が甘いところは相変わらず」


 しおたれた声。

 男を見る目が無いとか、いろいろ言われているところ。

 その原因の一端は俺にもある、そう思うと……。


 「お優しき方ではあります。幼子を預けるに足ると見込まれるだけの……その、力量をお持ちであることも確かですし」


 俺は何を考えて、こうした言葉を口走ったものか。

 自分には分からぬところだが、他人には見えているのか……いないのか。 



 「つかず離れず、争いながらも認め合う……男を相手にそれだけめんどうな付き合いかたができる君が、なぜ女性とはゼロサムな付き合いしかできぬのか、それが分からぬところだよ」

 

 同時並行で何人もと付き合えって? 多様な「関係性つきあいかた」を経験しろって?

 できますかめんどくさい。



 「フィリア嬢のセリフを吐くべきはヒロ、君であったはず……皆様、このとぼけ面を見誤ってはなりません。エルキュール・ソシュールを前に迷わず抜刀し、ついには討ち果たした男ですよ?……宮さまに何を言われたとて恐れるタマでもないくせに、なぜ遠慮するか。それが私には分からない」

 

 やるべき仕事は多いのだし、是々非々で折り合わなきゃ始まらないんだから。

 いちいち角つき合わせるこたないでしょ、めんどくさい。

 


 「いま少し吠えろと言っている。自分が折れれば丸く収まるという発想が気に食わぬ。折れてくれるからと踏み込めば、いきなり噛み付いて来る、怪我を負わせにかかる……そんな男をどう信じれば良いのだ」


 「衝突や摩擦は避けるものではなく楽しむもの。分からぬうちは、後宮司に留め置く必要がありそうだねえ」


 


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