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第三百二十五話 麗人たち その3



 「我らはみな、お互いに面識がありますゆえ……」とて。

 尚侍ないしのかみへの新任挨拶は、3人の典侍ないしのすけを集めて行われた。


 尚侍さま、事務方を抑えていることを誇示しつつも形式張りませんよと。

 こういうところなんだよな、王妃殿下の弱いところ。


 「いえ、クレシダさまは初めてだったかしら。私とカリンサ様は、むかし一度お会いしたことが」


 クレシダ。筆頭典侍である。眼鏡の奥に光る目が今日も鋭い。

 その彼女が「ええ、お初にお目にかかります」と挨拶した相手こそ、誰あろう。



 「……ゆっくりしていってくださいね、フィリア様」



 事務棟つぼねのあるじ・尚侍ないしのかみの言葉に応えてか。

 御簾の向こうにある令嬢はどっしり腰を落ち着けている様子で。


 「後宮こちらでヒロさんが早速ロシウさんにお手数をかけたとか」

 (お前らの縄張りでウチの子分がちょっかいかけられたと聞いて来ますた)


 子分が噛み付かれたら親分が出てくるのだ。報告した覚えが無くとも。

 節目節目のマーキング、大事。怠ると子分が独立を図る。



 後宮(奥)の事務総長・尚侍ないしのかみさまの豊かなアルトが耳を打つ。


 「ナディアさま、説明してくださいますわね?」


 言葉づかいこそ清く正しく美しいけれど、その響きはなかなかに峻厳で。

 しかし腕自慢の武人である三席掌侍(ないしのじょう)どの、怯む様子を見せなかった。

 

 「ご挨拶を申し上げましたの。メル家では皆さまそうして信頼を確かめ合うと、お噂に……」


 まるで反省していないその様子。

 フィリアの雷が落ちるか、レイナの舌鋒が突き刺さるか……と思いきや、聞こえてきたのは柔らかなお声。

 口さが無い者からは「奥の潤滑油」・「後宮の母ちゃん」などと称されている次席典侍カリンサ様であった。

 (実際、家の力が弱い女官のお子をまとめて後ろ盾となっている(めんどうみている)のが、カリンサ様である。この人の勢力を侮ってはならぬのだ)

 

 「ナディアさまは昨春、後宮に入られたのでしたね。お仕事で忙しかったでしょう? 武装侍女を取りまとめ終えた昨秋、雅院で……そのう、人事異動が」


 言葉を濁しているのは、目の前の若僧に関わることだから。

 千早である。

 三席掌侍・ナディアは今年15歳と聞いている。仕事に就いて、やっと憧れの先輩に稽古をつけてもらう……あるいは勝負するつもりのところ、里帰りされてしまっては。

 まだ俺を睨んでいる。当然ご存知なんでしょう。後宮は男女関係の噂が回るの早いから。


 なお、そのナディアの流儀はヘクマチアル一党と同じ。

 王都にも両手剣使いは多いと言うのに、よりにもよって。


 妙なところで妙なつながり。

 ヘクマチアル党の抜擢には中務宮さまの「引き」があったものか……いや、ユースフはあれで結構仕事をしているしなあ……。



 しかしナディア嬢、そんな政治力学には関心が無いらしく。 

 

 「自分の剣が皆さまのお役に立つものか、確かめる術が無いのです」


 ですから、王宮の外壁、王宮の内部、そして後宮の「表」までをですね、近衛府が守備しておりますので。外部からの侵入はガッチリ防いでおります。

 そちらの管轄は「奥」。内部の人間が暴力沙汰を起こした時だけ頑張っていただければ……って、ああ、そういうことではないのか。

 彼女もまた、「若者」なのだ。


 「師範の皆さま、『十分ですよ』とおっしゃるばかり。軽くあしらわれていますのに!」


 多くの相手と撃ち合って、師匠にボコボコにされて。

 そういう機会を得たいと。


 苦笑が漏れるが……俺とフィリアにはその気持ちが分かる。

 強くなりたいのだ。しかし彼女は、その機会を得られない。

  

 「『忙しさにかまけ、放任したのが悪かったか。だが後宮にあれば、おのずと雅を知ることもできようから……』と、父は」


 中務宮様も形無しである。

 メル公爵の6姉妹に対する、立花伯爵のレイナに対する、みな同じ。

 世のお父さん方に共通する悩み。



 それは聖上も同じことらしい。

 御簾の内からは、事情通の……再び柔らかな声。


 「聖上は、『どうも姪どころか娘を見ているような気分でね。うちにも跳ねっ返りが一人いるから』とおっしゃっています」


 ナディアに手を出すつもりは無い、と。

 本音か、中務宮との政治的な関係を意識してのことか。

 そこは分からぬところだが。


 「『若いのだし、次世代にお相手を見つけては?』との仰せで」

 

 思わず呼吸を止めてしまった。その場にあった全員が。

 次世代の公達と……なら、よくある親戚の世間話だが。

 アスラーン殿下と……という意味になってくると話は別だ。「中務宮とアスラーン殿下と。どちらが次代の王になるにせよ、対立を和らげるため」。

 良く言えばかすがい、悪く言えば人柱で。

 しかし血筋から言えば、メル家出身のクレメンティア様の上を行く、か? いやどうだ? これはいろいろと……。

 


 そんな裏事情をチラリと明かしたカリンサ様。

 温厚で知られる女性だが、そこは事務官・典侍ないしのすけである。

 ロシウの前で実力の披露(パフォーマンス)を怠るはずも無いのであった。

 


 だが当のご本人、ナディアさま。

 大蔵卿宮アイシャさまとはまた別のベクトルで問題児と言いますか。

 ひとり御簾の外に身を置き、再びこちらを睨み据え。

 

 「まともに試合を申し込んでも、言を左右にして断られてしまいますでしょう、権大夫さまは?」


 恋愛・結婚の話題が出ているというのに。

 「次世代」の公達を目の前に、恋愛どころか武術の話。

 アホの娘で助かったと言わんばかり、御簾の内にある皆さまが笑いさざめく。


 「ええ、それはもう」

 「間違いのないところですわね」 

 「よくお調べで」


 これはあれだ。話題転換のためだ。

 決して俺をディスっているのではない……はず。

 


 「それでもひとつだけ、申し添えます。こう見えてヒロもなかなかやる男です。『女の影に隠れる』は当を得ないお言葉かと」


 ロシウさん!


 「むしろ『女の影を避けて通る』男です。どうにかせよとのお声がかりが某所から……ゆえに後宮司送りとなりました」


 上げて落とす、基本ですよね!



 「ええ、ロシウ様。次席掌侍さま(王妃閥)からもそのように……」

 「どうなさいました、立花典侍さま。お顔が真っ赤」



 俺のせいで、女としての器がどうこう言われたんですよね。 

 後が怖いぞこれ。

 だがともかく!


 「先日の件は鍛錬場での出来事に類するものと、私は考えております。フィリア様におかれても、そのように……」



 「流してしまうようだから、次席掌侍さまに侮られるのです!」と。

 ぴしゃりとひと言叩いておいて。

 しかし続いたフィリアの声は、やや憂いを帯びていた。


 「とは申せ、それどころではないのです。……尚侍さま?」



 「第一発見者(・・・・・)のフィリアさまから、お願い申し上げます」

 


 ひと言目から物騒であった。

 まさか人死に? と、ロシウと顔を見合わせるも。

 単純粗暴犯のほうがなんぼマシかという案件で。


 「こちらに参る前に、王后陛下の事務棟おつぼねへご挨拶に伺ったのですけれど」


 後宮中の女官達が、目を細め耳をそばだてたことであろう。

 アスラーン閥の大物どうし、新春の初会合である。



 「その道すがら……いまお宿下がりされている、イオ様のお局を通りかかったのですが……無人のはずの建物から、霊気が漏れ出しております」



 やいのやいのと大騒ぎになる御簾の内。

 だがそこは軍人貴族、いやフィリアである。

 手回し良く馴染みの女官に話を通し、見張りの人員を立てておいて。


 「心利きたる方です。まずはご安心を」



 再びへこむ、三席掌侍ナディア。警備は彼女の領分ゆえに。


 俺への無礼を直接に追及するより、このほうが早いし痛い。

 相変わらずフィリアさん、喧嘩の仕方をよくご存知で。


 「この場には武装侍女を取りまとめているナディアさまもいらっしゃることですし。これより皆さまで検分しに参りませんか?」


 ナイスフォロー!……と思ったところに。



 「さすがは武のメル家、徹底して事を行いますのね?」  

 (ナディアにトドメを入れておいて、さらに抉る? えげつないわー)

 

 矛先ことば角度いみを変えるなレイナ!

 返す刀が俺に向かってくるんだから!

 ああもうほら、またこっちを睨んでる!

 


 「キャリアパスにおける後宮司の位置づけ、一考の価値があるようだな」

 

 ええ、ぜひエリートコースの必修課程にしてください。

 イーサンもイセンもエドワードもこの苦労を味わえ!

 シメイはあっち行ってろ。





尚侍(ないしのかみ) 1名

典侍(ないしのすけ) 4名(三席・イオが現在宿下がり中)

掌侍(ないしのじょう)8名(権官を含め約20名)


という構成になっております。異世界の王朝は。



尚侍: 典礼局(後出)勤め・デュフォー家の娘

典侍: 筆頭クレシダ 次席カリンサ 三席イオ 末席レイナ

掌侍: 筆頭は王后閥 次席は王妃閥 三席ナディアは中務宮の娘(庶子)


です。


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