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第三百二十四話 吉祥? 凶兆? その1



 道を引き返し東に向かえば、天真会磐森支部に至る。

 寄贈(?)した「アリエル亭」なる建物の落成式は良いのだが。


 金は出したが口を出さなかったその結果、デザインがその。

 渡り廊下で繋がれたあずまやふたつ、東と西を向いていて。


 (身は東国に心は王都にって? 気が利いてるわねえ全く!)


 そしてこちらにも、落成式以外の用事があった。

 説法師の子供を預けた事もあるが……小火ぼや騒ぎがあったもので。


 天真会に特有の、門扉無き門。

 その理念には敬服するが、時に招かれざる客を呼び込んでしまうことも確かで。


 2日前のこと。

 夜明け前、さて朝の支度を……と、寝ぼけまなこをこすりつつ食糧庫に入ったモレノが襲撃を受けたのだと、支部長の士誠スーツォンリウは告げる。


 「いえね? 向こうは見つかったから逃げようとした、それだけのことでしょうけど……ともかく。モレノが驚いちまったんですよ」


 感情が激したため、着火能力が発動した。

 敵は火球に包み込まれ、モレノは事無きを得たけれど。


 こんどは相手が大パニック。走り回り転げ回り、山裾の木を一本焦がし。そのまま磐森の山奥へと逃げて行く……と見えたところ、あわやのタイミングで劉がトドメを刺した。

 折からの積雪により、延焼が防がれたのは幸いであった。



 「山の管理・獣の駆除は男爵家の責任でしょう? 子供達が怪我をしていたらと思うと……どうしてくれるんです」


 深夜の訪問者、その正体は野生動物であった。

 人間よりはずっとマシだと、ずぶとく開き直ってはいたけれど。

 しかし夜中の異変に気づけなかった元殺し屋は、己の迂闊さをぶつけるやり場を求めていて。


 

 「大騒ぎするほど危険な獣だったのか?」


 「いや、それが。俺には分からなくて……」


 と、士誠に案内されて眺めれば。


 熊にしては小さい。仔熊……? いや、このしっかりした肉付き。成獣だ。

 それに、顔。どう言えば良いか、熊にしては平っ面で。毛も生えていない。


 「ナマケモノ?」 


 爪が長く、ふさふさした黒い毛の持ち主であった。


 「……にしては、きつい顔だよなあ」


 殺意の波動に目覚め……るような生き物でもなさそうだし。



 「俺は南方の出身なんで、ナマケモノは知ってますけどね。あいつら穏やかなもんですよ。だいたい、木から下りたら走り回れない。雪の降る山にいるって話も聞かない」

 

 李老師が巡ったのも南の山。ピウツスキ枢機卿は街場の人。

 我が忠勇なる郎党衆に聞いて回るも、みな首を横に振るばかり。

 

 何だジロウ? 知ってる?

 「臭くて、しつこくて、いやなやつ」?……ああうん、ありがとう。やっぱり東北方面の生き物か。


 グリフォンの「翼」もギャアギャア言っている。知っているらしい。

 が、リージョン・シンを知る通訳のヴァガンは、千早に付けてミューラーに送っていたもので(この2日後には帰ってきたのだから、間の悪いことであった)。



 「いただいた『王国百科事典』にも載ってないみたいですし。近所の百姓衆にも聞いて回ったんですけど、見たことないと」



 こうした案件、処理の仕方は決まっている。木箱に入れて雪を詰めて、と。

 インテグラさまご一党に送りつけるに限る。



 その様子を遠巻きに眺めていたのが、異能持ちの孤児たち。

 珍しき来客・良いおとなが獣を囲んでああだこうだ。ごていねいに箱詰めまで始めたもので。

 そのおかしな様子に興味津々、輪を縮めてきた。


 いつものように、ユルとマグナムは大人気。

 剣や刀に興味を示す男の子、軍服の飾りを見上げる女の子。

 これも社会の為せるごう……ということにしておこう、ジェンダー論的に考えて。

 そういや、なんで女なのにモレノなんだ? 家名か? まあいいや。



 「劉老師とお話し合いがあるからね。ほら、散った散った!」


 宗教協約によれば、「山の管理はカレワラ家、敷地の治安維持は天真会」。

 「相手の縄張りにはみ出して損害を与えた場合は責任を取れ」(要約)とある。

 じゃあ「獣が山から天真会へと転がり込んで食料を漁り」、「天真会で火をつけられて後、カレワラの山に飛び込んで木を焦がした」場合にはどうするのっと。

 恐い顔したこの獣、随分な騒ぎを巻き起こしてくれたものである。


 そういうわけで、いろいろあるのだよ我々には。

 君らが聞いてもつまらないから、あっち行ってなさい。


 「王都学園プリンと学園饅頭(共に校章の焼印入り)持って来たから。手を洗いなさい!」


 これぞおとなの分別である。

 そしておとなを演ずれば、子供達も応えてくれるのである。

 


 「ありがとう、おじさん!」

 


 新都支部でも言われたっけなあ……久々に言われるとクルわあ。


 (もうすぐ子持ちだもんな。そりゃおじさんだ)

 (「若さとは未熟以外を意味しない」んでしょ、よかったじゃないおじさん)

 

 「こらお前たち、ご領主様とかお館様とか……」


 「いいよおじさんで。おじさんなんだからさ、俺は」

 

 きちんとお礼が言えるなんてえらいぞー。

 躾をしたのは士誠、お前なんだよな?

 


 「まだまだお兄さんよ、ヒロ君は。モレノや誰やと一緒に、子供の相手をしてやってくれるかの」


 その心は?


 「子供の相手をする体力が、のー。獣の件など、重臣おとな連中に任せれば良かろ。ここから先はR30。ピウツスキ猊下も、いかがかの」


 

 別室の扉を開けて去って行く。


 なんのこっちゃと。

 話し合いをどうつけるにせよ、最後に判断するのは俺であるからして……と。

 子供達を遊ばせ、昼寝させ。リアル「おじさん」達が消えた部屋を訪ねれば。



 もわんと、たっぷり暖房が効いた部屋に立つ、汗だくの男。士誠であった。

 カレワラ郎党衆、いい年したおとな連中がだら~んとうつぶせになっていて。


 ……鍼?



 「ランツさんは胃腸だな。神経の使いすぎですよ。消化の良い食べ物で滋養を心掛けることです。肉入りのスープやお粥だね。ちうへいさんは、最近良いことあったかな? 肩の張りが緩みつつある」

  

 目の前にあったアカイウスとカイは、対照的な位置に鍼を打ち込まれていて。


 「カイさんは頑張りすぎ、アカイウスさんは……その逆と言えば分かるでしょ? 俺と変わらぬ三十男だってのに、これは……男爵閣下も気が利かない。自分は子供まで作っておいて」


 「まだ枯れるには早いの……だが士誠よ、お主の見立て、まだまだじゃのー。アカイウス君は天真会系列の店に時々来てくれておるよ」


 「ちょっと待った、じゃあ元の精力はどんだけです? 李老師じゃあるまいし……老師はそろそろ枯れても良いんですよ? ピウツスキ猊下はどうなってらっしゃるのか……おっと、これは宗教的に微妙な問題、まして不敬にあたりますね」



 おっさんトークで盛り上がっていた。

 


 「お、これはご領主様。あなたはまだ早い。怪我も大病もしてないでしょ?」


 「酒より女より、こうしたあれこれのほうが良くなって来ますがねえ。四十の坂が見えてくるまでは分からないでしょう」


 「そうそう。上司の愚痴を肴にして……やりづらいので退室願います、ご主君」


 「皆様、まだお若い。私の年になると、体の不調自慢ですよ」


 「あー。獣の件、まとめておきました。後でハンコだけくだされば……ふああ」


 「山の見回り、エイヴォンからも人を出せるよお頭。船手も火気厳禁だから」

 


 みな眠そうで、気の抜けきった声。

 なんだこれ、すごくうらやましい。



 「ランツさんが居心地悪そうにしてるじゃないですか。休ませてあげてくださいよ。夜になったらウチで漬けたカリン酒飲ませてあげるから、ほら。いい若い者は出てった出てった!」 



 プリンで釣られる子供と同じ。

 こんなあしらわれ方に逆らわなくても良いものか、どうか。それが分からない。

 

 


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