第二十六話 旧校舎の花子さん その1
翌日、再び武術の授業があった。
「ヒロとレイナは、少し待っていてくれ。」
と、塚原先生の言葉。
指導を待っている間、レイナが話しかけてきた。
「知ってる?旧校舎に霊が出るんだって。」
ついさっき、女子更衣室で話題になったのだそうだ。
「旧校舎」とは、俺達が主に授業を受けている校舎と寮との間に立っている、いかにもいわくありげな建物のことである。
以前使われていた、というわけではない。なぜかそういう呼び名になっているのだ。
この建物、ほとんど使われていない。
実質的には書庫になっている。
学園には、大雑把に言って、3つの図書館がある。細かいのを数え上げれば切りがないが、代表的なのは3つ。
ひとつは、俺達がよく使っている校舎の中にある。図書館と言うよりは図書室と言うべきか。
ここには「基本書」・「工具書」と呼ばれる本が置かれている。『戦術概論』、『簿記の基礎』、『王国法令集』、『古典詩三百首』、『王国国語辞典』……などなど、生徒がよく使うような本や基本的な調べ物に使う本が中心である。
もうひとつは、「総合図書館」である。
総合図書館には、基本書、工具書のみならず、専門書や論文集が置かれている。基本的には教官の勉強用だ。生徒であっても、発展的な内容を調べたい時はこちらに行く必要が出てくる。
こちらに置かれているのは、たとえば戦術関係であれば、『湖城イース攻囲戦関連論文集』とか、『ウッドメル大戦全資料集』であるとか、まあそういった本である。
最後のひとつが、噂の「旧校舎」なのだ。
ここに集められているのは、主に、「寄贈本であって、かつ、『使えない』本」である。
本が貴重な世界ゆえ、寄贈は非常にありがたく、それゆえに学園としては「選り好みしている」などという評判を立てられたくはない。
それに、王国国民は一般に、学園に対して非常に好意的だ。皆さん気持ちよく本を寄贈してくださる。「使えない」本だからと言って、むげに断るわけにもいかないのだ。
結果、こういう事が起こる。
以下は、学園でまことしやかにささやかれている都市伝説であるが……。
善意の市民が、大汗をかきかき荷車を引いて、書物の山を持ち込んでくる。
いわく、
「昨年父が亡くなりまして……。父はインテリだったのですが、私は無教養で、文字も読めません。遺品を整理していたら、棚の奥のほうからたくさんの書物が出てきまして。これはきっと価値のある書物だろうと。私のような者が持っていては、宝の持ち腐れです。ぜひ、王国の将来を担う若い皆さんのために役立ててはいただけないでしょうか。」
その書物、全て……官能小説だったりする。
書棚の奥に隠してあったのだ。
市民の好意を断るわけにはいかないし、立派だったお父さんの尊厳を損なうわけにもいかない。
そこで事務のお兄さんたちは、笑顔でこう答えるのだ。
「ご厚意に感謝します。大切にお預かりします。」と。
しかし官能小説を多感な生徒たちの目にさらすわけにもいかない。
そういう本は、複雑怪奇極まる構造を有する「旧校舎」の奥深くへと死蔵されるのである。
この話を聞いたとき、思い出されたのは、自宅のパソコン。
俺はたぶん、日本では行方不明扱いになっている。
何か手がかりを探すために、パソコンが調べ上げられていることは、ほぼ確実。
なんと恐ろしい都市伝説か。
聞かなければ良かった!いっそ殺してくれ!
まあ、それはさておき。
推理小説やライトノベルなどであれば、旧校舎でも浅い階層、要は入り口付近に並べられる。
息抜きに読みに行く生徒も、それなりに存在する。
……その奥に何があるのかが気になる生徒も、いないことはないわけで。
レイナの友人、好奇心なら誰にも負けぬ文学少女アンヌ・ウィリスが、昼なお暗い旧校舎の奥へと挑んだのである。
真っ青になって飛び出してきたアンヌ。
本来口が達者な少女であるが、ろくに口もきけず、「出たの!いるの!」である。
霊能を持たない想像力豊かな文学少女、アンヌの証言だけであれば、「またまた~。」で済まされるのであるが。
フィリアが済ました顔で「ええ、いますよ。」と言ったものだからたまらない。
何せフィリアの感知能力はピカイチである。
女子更衣室は大騒ぎになったのだが……。
フィリアは相変わらずの調子だったそうだ。
「入学してすぐ、学園側には報告しました。『悪霊じゃないから放っておいて良い。』だそうですよ。確かに悪霊ではありませんでしたし、気配も相当小さかったですから、大きな害はないと私も思います。」とのお言葉。
「全くかわいげってものがないのよね~、フィリアは。そう思わない?」
と、これはレイナのご評価。
「謹んでノーコメントとさせていただきます。」
「ふ~ん。そうなんだ。フィリアの味方をするんだ。」
風向きが怪しくなってきたところで、塚原先生からの呼び出し。助かった。
「ヒロ、レイナ、待たせたな。二人にとっては初回の指導ということで……。皆も見ていてくれるか?まずはヒロ……。まだ人に真剣を向けることは厳しいかな?この木刀を持って、構えてくれ。」
構えを取る。
「うむ。それで良し。ヒロ、私と勝負だ。」
言うや否や、塚原先生の体から、すさまじい気が発せられる。
とても動けるものではない。構えを維持するのがやっとである。
「ほう。耐えるか。」
塚原先生は笑顔。
「打ち込むも良し、逃げるも良し、他にはどうだ?」
そう言われても動けない。汗が噴き出してくる。どうすれば良いのだ。
と、少しだけ圧力が緩んだ。
間違いない、塚原先生は打ち込んでくる。なぜかそう確信する。
どうする?このままじゃダメだ。逃げるか……?
そんなことを考えたか考えなかったか。
知らず知らず、俺は前に飛び出していた。
訳の分からん叫び声を上げながら。
塚原先生が、ひょいと身をかわし……。
勢いあまった俺は、つんのめるようにして道場の床に倒れ込んだ。
「うむ、予想通りか。……フィリアと千早の報告書を読ませてもらった。ヒロ、お前は『はぐれ大足』から二人を守るため、飛び出したのだったな?二人が危ないと思ったわけだ。」
「はい。「はぐれ大足」の頭が落ちてくると思いました。」
「ティーヌ河の悪霊退治の際には、飛び出してきた悪霊に踏み込んで切りつけた。それを居合わせた武人に評価された。」
「はい。」
「で、今また飛び込んだわけだ。……ヒロ、それがお前だ。危急の際、前に出ることを選ぶ。悪いことではない。刀術では、その一歩の踏み込みが大切になる。もちろん、技術が伴わなければ、ただの蛮勇だ。見極めと、時には引く勇気も必要となる。だが、お前が持っている『前に出る心』は、実は訓練しても中々得られない貴重な心構えなんだ。決して忘れてくれるなよ。」
「はい、分かりました!」
「さてレイナ、先にネタバラシをしてしまったが……お前にも同じことをしてもらう。安心しろ。ヒロほどはきつくない。」
そう口にした塚原先生、小太刀サイズの木刀を持たせたレイナに対し、同じように気の圧力を当てる。
レイナも動けない。
先生が少しだけ気を緩めると……
何とレイナ、小太刀を塚原先生にぶん投げて、逃げ出した。
それも、背を向けてまっすぐ遠ざかるのではなく、横に跳ぶ。
ギャラリーである俺達の中へと逃げ込んだのだ。
転がるように後列へと走りこんで行く。
「悪くないぞ、レイナ。それがお前だ。逃げるのはカッコ悪いことなどではない。見事な機転だ。あとは大声を出すことができれば完璧だな。」
ひとごとに、危急の際の対応は異なる。
それはまさに性格、キャラクターの違いだ。
初回の指導で、まずはそこを見極め、後に適切な指導を組み立てていこうとする塚原先生。
やはり俺は人の縁に恵まれている。
これが女神のギフトによるものだとしたら……悔しいけれど、感謝せざるを得ない。
どうかアイツとは関係ありませんように!




