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第三百二十話 おもてうら その2


 「では始めるぞ、諸君。 第一に近衛府の体制を変える必要がある、その点に異議は無いな?第二にその方向性、『中隊長相当(・・)の地位を複数に増やすことで、統率を維持する』。それも上流小隊長の間では同意が取れているんだな?……ならば、あとは内外にそれをどう認めさせるかだ」


 近衛中隊長ジョン・キュビのこの発言の後、議論もあったのだけれど。

 めんどうなので前半は摘要で済ませる。



 近衛府は令外官である。

 その根拠は「令」――王国の場合、貴族会議を通して提案された基本法・一般法ぐらいの意味合い――の外にある。

 勅令宣旨綸旨、つまりは国王陛下のお声がかりによって設置された組織である。


 近衛府、元は開国英雄王の親衛隊。

 後から参加してきた氏族の部曲とは並列関係にあった。やがてその部曲から精鋭を引き抜くなりの過程を経て巨大化した。

 (引き抜かれた部曲も統合され、いわゆる一般兵部隊、国軍へ。これが兵部省へと改組される。)

 その親衛隊、中隊長が国王に直結し、軍権を代位行使していた。

 秘書官、格上の中年文官からバックアップを受けるようになった。これが後の蔵人所にあたる。


 つまり、近衛府は蔵人所を代理しているわけではない(蔵人所が軍権を行使できるわけではない)。

 蔵人所はただの上級官庁――原則的には指揮監督権を有するのみ――だが。

 片や軍府であるだけに、指揮権すらない。やや特殊な関係で。


 「内部人事である限りは、中隊長の専権。蔵人所も容喙できない」ことの、それが法的根拠であった。


 何を長々と、と言われてしまうかもしれない。法的根拠など、政治の力でいつでもひっくり返せると。それは確かな事実である。

 だが「弱者」の側は、理屈や根拠を通す必要があるのだ。

 それをしなければ、ひっくり返されるところにすら至らない。ただ押し切られて終わる。


 ともかく、近衛府の内部人事は中隊長の専権事項であると。

 慣習的にそう言われてきた事実には、強い根拠があった旨、確認された。


 「ならば、新体制を内規として定めれば良い」と、誰かが言い出したけれど。

 

 内規にしてしまえば――それもひとつの法であるがゆえにこそ――法的に認められている上級官庁の監督権との矛盾抵触が、論理的に発生「しうる」。

 だから人事権は法的権限だが、その具体的内容は「事実」にとどめておく、そこがミソだと。

 トワ系から散々に叩かれる叩かれる。



 「つまり『対外的』には、従来の体制を維持。中隊長―小隊長―兵の三段構造のままってことか。その上で、内側の俺たちだけの『お約束』として、『事実上』、中隊長複数体制を作ると。それは、政治的にはともかく理屈・法律……つまり『スジ論』からはケチのつけようがない話だと。近衛府の正当な権限だと。そういうことだな?」


 本当にケチのつけようがないかと言われれば、怪しいところではある。

 何せ我らの上長はほぼほぼ蔵人・弁官経験者。いくらだって理論を別立てできるはず。


 だがまあ、いずれにせよ。

 以上、摘要終わり。

 


 「よく分かってるじゃないかエドワード」


 「おうジョン、バカにするのも大概にしろよ?」



 怪しい風向きを感じた……わけでもあるまいが。

 イセンが発言を求めた。いかにもノンキャリ経験者らしき懸念を口にする。


 「だがそれで、『内側』が納得するかい? お約束をどう作るか、コンセンサスをどう取るかだよ。……我ら公達は良いだろう。『事実上の中隊長職』が増えるのだから。しかし近衛兵諸君からすれば、『えらいさんが自分たちの椅子を増やして美味い汁を吸っている』ようにしか見えないだろう?」



 インディーズ軍人貴族に配慮する点においては、俺も負けていない。

 カレワラにとっては支持基盤……以上のものがあるのだから。


 「答えを自分で言ってるじゃないかイセン。そこは俺に腹案がある。……制度改革の趣旨、軍隊らしい組織を作るという点にも合致する」


 全員がこちらに視線を移した。

 キュビ兄弟もにらみ合いを止めたようで、何より。


 「ポストを作るのさ。いまの近衛府で、兵と小隊長の間にあるのは『検非違使大尉』ぐらいだろう?」


 停年間際で小隊長になるまで、中流貴族は十代から五十代までが軒並み「兵」なのである。

 建前――我ら小隊長、あるいは近衛兵まで含め、「陛下をお守りする貴族であるという点では平等」という思想――を建前として堅持している、と言えば聞こえは良いけれど。

 これはこれで、あまりにも悪平等ではないかと。


 「四等官制度で言えば、近衛府の『かみ』は大隊長。『すけ』は中隊長と、建前としてはその同格の仲間である小隊長だ。大輔・少輔にあたる」



 その先は、口にするまでも無かった……と、かっこつけたいところだけど。


 「なるほど? その下に衛門大尉・少尉、兵衛大尉・少尉か。近衛大尉……は、設置できないね。近衛に回れるのは小隊長以上だから」


 「近衛は半歩格上という伝統も堅持できるか。うるさ型、保守派もそこは納得できそうだ」


 「『さかん』の設置はやめておくべきだな。実質の階層化を焦り過ぎると、建前の平等論からの反発が大きい」


 すみません、私そこまで考えておりませんでした。

  


 「建前論ってのは生易しいものじゃないよ? 『我に正義あり』と思っている者の説得は難しい。大尉・少尉の設置にも近衛兵たちの反発が予想されないか?」



 そうだな、正直なところを言わせてくれ。

 レイナもフィリアもマルコ・グリムも、誰もが口にしていたことだけれど。

 結局のところ、シンプルな思いが一番力強いのだから。

 


 「実はイセン、極東にな? 石頭のジョーと呼ばれる男がいるんだ。一兵卒から千人隊長まで叩き上げた。『家名をやるから百騎長・千騎長になれ』って言われても断っていたが、その実力は間違いなくある男」


 軍事にはやや疎いイセン、いぶかしげな顔をほどかない。

 その代わりにエドワードが俺の言葉を奪って行った。


 「ああ、叩き上げ小隊長の抜擢か。それなら兵の支持を取り付けられる」


 「何でも良い。そう、例えば。仮節行権中隊長事近衛小隊長……どうだ?」


 「なんだいヒロ君? 実質的……中隊長の……権限を、緊急時に限り……行使、いや代行できる……小隊長?」


 「そう、あくまでも小隊長だイセン。だが名前には中隊長がくっついてる」


 「言葉遊びじゃねえかよ! 戦況がどうにもやばけりゃ、戦上手が勝手に権限を行使するだろうが!」


 言葉遊びだよエドワード。 

 俺たちは役人だぜ? お役所仕事してるんだよ。

 ポスト作りなんてものは、息するようにやるもんだろうが!


 「言葉遊びでも、『中隊長』の三文字がくっついてる。インディーズ軍人貴族にとって、その名の重さは特別だ」


 ポストを作ることで、業務の円滑を図るんだよ。あらかじめ待遇するんだよ。

 その場になって勝手に権限行使なんて、口で言うほど簡単じゃないんだから。

 

 叩き上げベテラン小隊長が、吏務の天才ミカエルのように、軍事に天賦の才を授けられた中流貴族が。ひとり。たったひとりだけど、それでも。

 実質的中隊長と呼ばれる人々の中に、末座でも同席を許されるのだ。形式的には公達小隊長よりも上の立場で。

 

 軍におけるその意味、わかるだろうエドワード。

 石頭のジョーやアレックス様に類する人物がその座にあれば、オラースを止めることができた。

 

 

 そう、文句を言われようがエドワードには通じる。けれど。


 「トワ系から言わせてくれ。我らにとっても、その名の重さは特別だ。中隊長の名を冠することだけは許せない……これは閣僚から中流貴族まで、総意と言って良いと思う」


 いや、済まないイーサン。

 厳しい反論を想定してくれる、それは感謝すべきことだった。

 


 「だが中隊長の名を冠するからこそ、全員の賛成を取り付けられる。いかな建前論者もその名の魅力には勝てない。トワ系中流も含め、絶対に全員が賛成する」


 現代日本とは違う。

 「社会人」には、出世と権力以外に求めるべきものが無い。


 「近衛中隊長」の名が持つ輝き、それが呼ぶ身の震え。

 誰しも知っているはずなのだから。



 「……『中隊長』以外に重みのある名称、無いのですか?」

 

 クリスチアン?

 

 「いえ。妥協案って、そういうものだと思ったので」



 「近衛中隊長、その由来は?」と、口を開く間もあらばこそ。



 「建国時は、親衛都督だったね。外に出る際、将軍職を授けられた……その伝統は、いまも変わらない。で、都督が親衛中将になった。『大将は陛下である』という理由さ。まだ内乱外寇が多く、親征も想定されていた時代のことだ。平和が訪れ近衛府に改組された時に、近衛中隊長に変わったんだ。そこから約六百年の歴史がある」


 立花が有職故実に詳しいことは知っていた、つもりだが。

 たまにシメイが分からなくなる。



 「中隊長が使えないなら……身内では中将でも何でも良いだろ」

 「古風で重々しい、それは確かだね」




 結論として。

 外……上に対しては、従来の中隊長・小隊長・兵の三段階。


 「内にあっては、4~6人の近衛中将、権中将、仮節行権中将事近衛少将。そして三十人前後の少将。さらに百人単位の大尉・少尉を置く。兵とあわせて五段階構造か? 通常の軍隊に比べ階級を少なくしたシステム。いわば完全ピラミッドではない、階段ピラミッドを作る感覚だと」

 

 「言葉遊びに見えるぜ、俺には」


 「言葉遊びだけで組織をいじれるなら、近衛府一万のコンセンサスを得られるなら。何より昨秋の失態を避けられるなら。それに越した事は無いだろうエドワード?」


 「号して一万」ではあるけれど、数千人在籍していることは確かだから。



 「賛成だ。……僕らはなるほど、国家百年の大計を見据える必要がある立場だ。だが喫緊の脅威は、南嶺の勢力伸張」


 イーサンも、ついに「折れた」。

 いや、彼も改革には賛成で……ただ、説得できなければ仕方なかろうと。

 動いて結果を出せなければ、「次のチャンス」は期待できないから。


 「それに……我ら王国政府も、難しい時期を迎えるだろう? 近衛中隊長ひとりに軍権が集中する状況、今後5年か10年か、ここにいるメンバーが『卒業』するまでの間だけでも、避けたいとは思わないか?」


 仲間たちの視線が俺に集中した。

 もう誰もが認めている。

 その時期のいずれか、俺は近衛中隊長に就任する。


 「いや、ははは」


 言葉の主は、嚇と口を開いて大笑していた。

 強い視線をこちらに据えたまま。


 「と、そう言えば。上つ方にも受け入れられやすいと思わないかい? 説得の切り札になる」


 ついこの間「先走った」若僧の顔を、閣僚に想像させることにより。



 悪くない発想だ。……買うぞ?

 この改革を誰より望んでいるのは俺なのだから。

 誰よりもアリエルの悲しみを背負い、オラースへの仕打ちに憤ったのは俺なのだから。


 「よく思いついてくれたな、イーサン? 思いつきといえば、クリスチアンも。あちこちへの説得、お願いできるか?」


 その突っ掛け、買ってやる。


 いくら議論の主導権を握られたからって。

 たった一度のこと、それも6つ下だぞ? 

 まだ焦ることはないだろう?


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