第二話 死霊術師《ネクロマンサー》 その4
トムじいさんの頼み事。
それは、本当に、何でもないことだった。
「隠していたへそくりを、息子に渡して欲しい。」と、それだけ。
幽霊になった今では、へそくりを取り出すことも、伝えることもできないから。
トムじいさん、葬式代ぐらいは自分で出したかったのだ。
合わせて、遺産というほど大げさではないにせよ、大きめなお小遣いぐらいの金額を、ベンさんに残そうとは思っていたわけで。
自分が病気になって、そろそろかなあ……というタイミングになったら伝えようと、そう思っていたら。
あにはからんや、理想の老人・福禄寿のトムじいさん、昨日までピンピンしていたのがコロリと亡くなってしまい。
無念というほどのことはないけれど、本人の言う「田舎の爺さまの小心」の心残りから、この世にとどまってしまったとのこと。
これぐらいの心残りで留まっている幽霊ならば、本来、司祭さまがサクッと浄化してくれるはずなのだが。
折悪しく、司祭さまもポックリ逝った直後だったもので。仕方なく漂っていたと、そういうわけ。
「ヒロくん、若くても元気でも、遺言は書いておかなくてはいかんぞ。ベンにも、神官さまにも伝えて、広めて欲しい」とのお言葉も賜りました。
夕方になると、神官さまも、仕事をひと段落させていた。後は、てまひまがかかるので、到着直後にはさばけないような案件ばかり。明日から順番に片付けていくそうだ。
トムじいさんからの伝言をベンさんに伝えると、ベンさんも目を赤くしていた。
「そんなもんなくても何とかするのに。父さんは……。」
ベスの分のお小遣いは、大部分はベンさんに預ける形にしたとのこと。
「嫁入りのときに使え」だそうです。
それを聞いて、ベスも泣き出した。
神官さまに対しては、「司祭さまによろしく」。
どうやら、司祭さまも幽霊になっているらしい。
村に残した仕事やら引継ぎやらが気になると言っていたそうな。
俺に対しては、「対価が払えないのう」と言っていたが。
「助けてもらいましたから、十分です」と言っておいた。
実際、いきなり異世界に放り込まれたショックを、トムじいさんにはかなり和らげてもらったと思う。
その気持ちが伝わるのも、死霊術によるものなのだろうか。トムじいさんはにこにこと笑っていた。
伝えたいことを全部伝えると、トムじいさんは、神官さまに浄化されるまでもなく、勝手に浄化されて消えて行った。
仕事をとられたせいか、神官さまは少し不満げだったが、事の顛末には満足したようだ。
俺を見る目も多少は柔らかくなった。
「従者なのですから、明日からは仕事を手伝ってもらいます。」とのこと。
まあやることもないし、気分もいい。
分かりました、と素直に答えておいた。
死霊術師も、悪くない。