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第三百十五話 線引き その4


 いつもならば轡を並べている凛々しき騎乗姿が、この日は遠くで揺れていた。

 対立当事者に肩入れする間柄ゆえ、馴れ合う姿を見せてはならぬと。

 そうした配慮と言えぬこともないけれど。


 大きな話――枠組み作り――から外された「不愉快」を表明して見せねばならぬのだ、イーサンは。

 己を、デクスター家を「親」と頼む郎党・寄騎、協力者たちの前では。


 

 だがそれも現地到着までのこと。

 関係者を集めての話し合いとなれば、滝口衛士やユースフ・ヘクマチアル他、実務を担う「余所の」中流貴族たちとも顔を突き合わせることになる。

 上流同士の諍い、隙を見せて良い相手ではない。


 線を引くとはそういうこと。

 誰が味方で誰が敵……は、言い過ぎか。内と外と。それは分かたれねばならぬ。



 分かっているはずなのだ、イーサンも。こちらの配慮を。

 蔵人所の別室で行われた話し合いは、終わって後すぐに伝えた。ユースフとふたりで済ませても良い案件を、両当事者と仲裁役という三頭体制に組み替えることで椅子を用意した。

 そもそもこのテのことを言い出すならお互い様。「お前がやってきた仕事、特に建付けや法制作り。俺が事前に聞かされなかった話だって、いくらでもあるじゃないか」と言い返すこともできる。

 ロシウに言わせれば、そうすべきなのだと。

 叩き合うべきだ、最初から配慮を見せて丸く収めようとするものではないと。

 理由は「見ていて面白くないから」と……それだけか? はてさて。




 ともかく収まるはずであった……いや「当然収める予定であったはずの」イーサンの不機嫌は、しかし別の理由で再燃していた。


 「話し合いの場には、双方の代表者を出すように」と申し伝えてあった。

 尚侍領側からは、管理の任に就いているデュフォー家の有力郎党を。

 陛下領側からは、先日の話に出てきた元・取巻きを。


 そのはずが。

 陛下領側からは、町長・村長クラスまで十数人が詰め掛けていたものだから。



 「これはいかなる仕儀か?」


 滝口衛士、ムーサ・ヘクマチアルに視線を送って言わせたひと言である。


 身分のことなどとやかく言いたくは無い、イーサンも俺もその気分は共有しているけれど。

 ここはそういう訳には行かない。直接に口を聞いては、収まる話も収まらぬ。

 

 「これなるお三方は、正五位下・男爵閣下にあらせられる。無位無官どころか家名も無き者どもが、許しも得ずに拝謁せんとは不遜極まる」



 陛下直轄領の民は誇り高い。

 貴族など何するものぞという意識がある。俺たちだって陛下に「直属」しているのだと。

 ことに彼らには、トワ系が先々代陛下に追い使われる姿を見られてしまっているものだから。


 だがその意識を持ち込まれては、紛争は解決しない。

 強制力無き裁決など――和解も含め――何の意味も無い。後日かならず蒸し返されてしまうから。それでは仕事をしたことにならない。


 本来ならば、こればかりはユースフの生き様が正しいのだ。

 圧倒的な「暴力」を見せつけ、逆らったらこうだと示す(厭うならばパフォーマンスでも良い。ともかく実効力を見せつけることだ)べし。

 俺もイーサンも、それを怠ったがゆえの惨たる事態(第百六十五話・ユートピア)をエシル州で目撃している。

 



 陛下とご愛妾との間(正確にはその末端どうしだが)で起きた紛争ゆえ、流血を避けるのは規定事項。

 それでも全員で憤怒を表明し、付いてきた侍衛たちに手荒く村長連中を叩き出させる。

 

 上から目線?乱暴?不愉快? これはそうした話ではない。

 ピンクですら理解していた。貴族達の剣幕に震え上がりつつも。


 繰り返すが、まとまらないのだ。

 権力あるいは権威づけられた暴力によって押し付けない限り。

 だから出て行かせた、それだけのこと。



 「簡単に決まりましたな、デクスター・カレワラ両閣下。この不手際のゆえを以て、尚侍さま全面勝訴に近いかたちで纏められます」

 

 ユースフの冷たい笑顔に、御料地桂園の管理人……元・取巻き氏が大慌て。


 「それでは収まりません。若い衆が、その……」

 

 それが権力を預かる者の態度かと。

 介添え・味方にあたるはずのイーサンが、目を尖らせる。


 「秩序、分限の乱れを押さえるのが君の仕事であろう! 幼時より陛下にお仕えし、長じては重要なる御料地を預けられ。君に対するご信任は誰よりも深いはず。報ぜずして何とする!」



 と、隙を……隙間風吹く様を見せてしまえば。

 王国貴族はそこに手を掛け爪先を捩じ込んでくるのであって。


 「殺すなとのご内意でしたな。ならば村長連中に『叩き』を科し、その姿を曝すことにより黙らせれば良い。……権を振るうからには、当然その後の責任も我らヘクマチアル家・右京職で負いましょう。隣接地でもありますし」


 理解したのだ、ユースフも。

 この地域が、この裁定が持つ意味を。

 

 だがそれを、ごり押しをさせぬために。

 俺はここに抑えとして派遣されているのだから。

 

 「桂園は右京とは異なります。デュフォー家を通じて尚侍さま、また陛下に必ず情報が伝わります。独断で強権を発動し、ご不興を買うわけには参りますまい? ……これは後ほど申し上げる予定でしたが……今後は滝口と近衛府を中心として積極介入する旨、蔵人所では合意ができております」

 

 誰にも独り占めはさせない。

 滝口……弟のムーサを通じて参加できるのだから、良いだろう?

 いままでと同じではいられない、同じであっては困るのだ。ヘクマチアル党も。



 それつまり解任かと理解した、元・取巻き氏。

  

 「これは……押さえ切れなかったのは私一身の非才不徳によるもの。村長どもが思い余ってあのような挙に出ましたこと、私よりお詫びいたします。併せて、どうか彼らの主張にも耳を傾けていただけますよう、伏してお願い申し上げます」


 全て分かっていることだ。

 水利争い・境界争いは農民にとって命懸け、彼らに大きな罪は無い。

 この責任を負うべきは、彼らの「ボス」として振舞えなかった男。

 

 しかし解任にショックを受けるかと思いきや、その顔には何故か安堵が浮かんでいて。

 実直な男なのであろう。……が、人柄の良さだけでは。

 磐森の数倍にも及ぶ広さを治めることなど、とても覚束なくて。



 「君に任せては話が纏まらぬ。その顔を見るに、自分でも分かっているようだが……この件に関してはいっさいの口出しを禁ずる」


 その職にありながら責務を果たせぬ、果たさぬ官吏。

 ひと言で排除したイーサン、対立当事者に顔を向けていた。

 


 「当方は……水利については、『従来通り』を強く希望いたします。が、入会地の境界争いについては譲っても良いと。その同意を村の衆からは取り付けてあります」

 

 デュフォー家の男は「家名無し」を、村の有力者を掌握していた。

 代官たるべき職務を果たしていた。


 そのまま「味方」・介添えである俺に、笑顔を見せる男。


 「駆け引きの材料にすべきかとも思いましたが、皆さまがこうしておいでくださった以上は。全てをお任せすべきと考え直した次第です」


 かたちばかり礼を述べておいて、イーサンを相手取りすらすらと話を進める男。

 奥の第三位・重責を担う尚侍のために付けられた家人は、さすが十分な手腕の持ち主で。


 「しかし……こじれた原因は私にあると言えなくもないのです」



 王都西隣のこの地域からも、財産の分け前に預かれぬ者達が右京に流入する。

 だが昨秋、右京民乱が起きた。

 焼け出された者の一部はふるさとを目指した。苦しくとも以前の方がましだった、やり直そうと。

 が、なかなか居場所も無くて。帰るに帰れず、この一帯で浮浪者のような生活をしていたところ。

 

 陛下御料地では、「それでも元は、近所親戚だから」と大目に見てやっていた。悪さをせぬ限りはと。

 実際、彼らも強盗に身をやつすようなことはなかった。

 どうにか実家にたどり着き、元の部屋住みに――農奴同然の暮らしではあるが、それでも――受け入れられる者もあった。


 しかし、尚侍さまの御料地では。

 陛下からいただいた采邑さいゆうに治安の乱れがあっては、尚侍さまのご評判にも関わるとて。有能な代官が流浪の民を厳しく取り締った。

 村の境に吊るされる者が出た。


 隣村どうしなど、始終出入り闘争を繰り返すものではあるけれど、それでも。

 「ご領主が分かれても元は仲間だ、隣村だ」と、良好であった住民感情。

 一気に悪化した。

 


 線が引かれてしまったことによる、これが帰結。


 ならば、改めて。

 新たな一線を引くしかないのだ。その建付けの中での秩序を組み立てるほかないのだ。


 当事者の思いは切り捨てる他無い。

 その上で、積み上げさせる。

 新たな隣人関係を、協力態勢を、友好を。年を重ねれば必ず醸成される。


 だからこそ、過渡期は、感情の対立は、力で押さえ込む。


 俺たちはそのために権力を預かっている。 



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