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第三百十五話 線引き その2



 官舎に帰る前、再び蔵人所に立ち寄れば。

 用も無いのに残業している連中がわらわらと。


 しかし「ヘクマチアル案件ですが、よろしいか?」のひと言で半数が剥がれる。

 彼の威光と見るべきか、友達がいないと見るべきか。


 抜擢した聖上は何を考えておいでなのかと、尚侍ないしのかみの疑問はもっともなところ。

 ……ユースフに怯える必要はないけれど、慣れすぎるのも問題かもしれない。

 

 集まってきた連中がさっと道を開けば、そんな雑念もどこかに消えて。

 その先に見える蔵人頭くろうどのとうどの……アルバートの兄、エルンスト・セシルの元へと真っ直ぐに歩む。

 目が合えば、そこは彼も心得て部屋を移したけれど。



 「ロシウ()には話をしたか?」


 そう。エルンストはロシウの先輩なのである。年齢と言い、キャリアと言い。

 その若き日、いまの俺のように課長級を回って蔵人に昇り。

 極東道政府への出向官僚として当地の閣僚一歩手前、実務レベルトップのキャリアを積んで。

 政治的にはアレックス様・ソフィア様を相手に取って散々に殴り合い。


 そのくせなお、ロシウ・チェンを憚っている。

 さすがにそれはいかがなものか。

  


 「ロシウさんに話を通すべきか、まずはとうどののご判断を仰ぐべきかと」


 ひとつ間違えば阿諛おもねりのたぐい。

 アカイウスに見られたら半日口を聞いてもらえぬかもしれないが、それでも。


 就任早々失態があろうが、ミカエル・シャガールに叩かれようが。

 蔵人頭はエルンストさん、あなたなんだと。

 極東にあって港湾行政を――大河ティーヌに抱かれる極東においてそれはほぼ、軍産行政全般にも等しい。大戦における兵站業務の大半と言っても良い――取り仕切っていた姿を見ていた身としては、ね? 



 「厳しいな、ヒロよ。19歳であったか。ひと周りも下、アルバートと変わらぬ年の君に諭されているようでは、な。……その言や善し。従四位上・蔵人頭として命ずる」


 威儀を正した姿は大きく見えた。そう来なくては。


 「カレワラ学士、尚侍さまからのご依頼の件、報告せよ」



 尚侍さまのところで聞いた話を――中流貴族抜擢の件は除いて――報告すれば。

 ばつりばつりと扇を開いては閉じしつつ聞いていた蔵人頭どの、徐に口を開く。


 「公達の翰林学士は、蔵人と変わらぬ立場。陣定じんのさだめ(閣議)にまで上げる話でない以上、君個人で仕事を終えても構わぬところのはず」


 蔵人は個別に動くことが認められている。

 蔵人所全体として請け負った案件で無い限り。

 ホウレンソウを怠った! と責めることのできる建て付けではないのだ。

 ロシウ・チェンの如き政治的重みを、力強い統制を確立せぬ限りは。 


 「ならば……」


 年相応の貫禄を身に付けつつあるも、弟アルバートに似た甘い顔のエルンスト。

 優しく下がり気味のその目が鋭さを増し、吊り上がった。

 新人の阿諛とでも思ったか?


 「いや、つまり私に上げる必要があると判断したわけだ。ふむ……ことの本質は治部プロパーの案件、省庁を横断せぬゆえ『上げる』必要は無い。……私の手助けも不要だな。大戦帰りの軍人がヘクマチアルを恐れるはずも無い」


 降参だと、あっさり目尻を下げるエルンスト。

 アルバートにも見られるところだが、必要以上には意地を張ろうとしない。

 それが美点でもあるが、あるいは。



 「頭どのが、いえ、エルンストさんが極東で戦後処理と新港を中心とした整備計画を立てていらした間、私が王都で悩まされていた問題は……」


 北東の玄関口として計画されていた、新都軍港。

 北を睨むのみならず、東のかたファンゾやミーディエに向かって開いているだけに、征北将軍府(≒メル家)としても神経を使うところ大で。

 その規模だの予算だのの点で、メル家や極東出向組……それこそデクスターを中心としたトワ系やリーモンまでを相手取ってさんざん調整に駆けずり回り、「後は作るだけ」の形にしてきたのがエルンストを中心にしたセシル家の人々である。

  

 やはりまだまだ俺の「業績しごと」は小さい。

 改めてそう思わされたところを。



 「南嶺との戦争、エルキュール・ソシュールとの確執、聖神教との殴り合い……活躍は聞いていたよ。それぐらい暴れてこその公達だ。だが、なるほど。未解決と言えば」


 暗殺未遂事件の頻発、右京民乱。

 乱暴にまとめてしまえば治安の問題である。


 「左京は問題なし。北郊は聖神教と……北東の固め、カレワラ家の君が尽力していることは間違いなかろう」


 シンカイ工房ほか、職方衆やソシュール道場といった「民間の有力者」と頻繁に行き来している理由のひとつではある。


 「南郊はオーウェル家。クロム州境を含めやや荒れていたと聞くが、近衛を離れたマックス君が近所のインディーズを指揮して締め直している。東郊は……メル家と、おお、北半分は泣く子も黙るティムル・ベンサムの縄張りだったな」


 それは初耳であった。

 どう言えば良いものやら……「同年代ならでは」の関心の高さというものは、確かに存在しているようで。ティムルよりはやや年少にあたるも、ほぼ同世代のエルンストは彼のことをよく知っていた。

 それも官人としての情報ではなく、ややプライベートに近い部分で。


 「何だ? あいつ、君に教えていなかったのか? 東川沿いの繁華街を『卒業』して近衛府入りしたくせに、子分は捨てず王都の東郊で養っているらしいぞ。三代重ねたヘクマチアルに比べればまだまだ年季不足だが、あれもユースフのことをとやかく言えるご身分では無いさ」

 


 「太文字事件」を早期解決できたのは、そちらに「耳目」が貼り付いているからであったと。

 親分として子分の面倒を見続ける、なるほどうるわしき話ではある。

 お世話になっている剣術道場とも提携し、東郊の治安維持に努めているあたり、俺もとやかく言えるご身分では無い。

 特に私有の生産財を……農地を持たぬ街型軍人貴族の場合、これがひとつのあり方かも知れんわな。

 

 さはさりながら。

 俺の「預かり」も北東郊外、南は学園を含むんですよねえ。

 隣接していてその辺の「ご挨拶」は無しだったのか、ティムルさんよ!



 (ヒロもだいぶ我らが王国に染まって来たわねえ。感心感心)


 (人を養うには金が要る。ヘクマチアルは少々やりすぎの観があるが、治安を請け負う顔役になること自体は間違いではないな)


 (アリエルやネヴィルみたいな貴族と違うあたしには、いま一つ分からないところだよ。いや、新都生まれ新都育ちだからか。メル家がデンと居座ってるのに慣れてると、どうしてもねえ)


 (人口が違いすぎるからかもな。小分けにしなきゃ目が行き届かねえだろ)


 などと。

 脳内会話に生体メモリを食われると、どうしてもフリーズ気味になるわけで。

 仮にも秘書室長いや「内閣官房長官」に等しい地位にある男が、それを見逃すはずもなく。


 

 「どうやら私も押されっぱなしというわけではないようだね。いずれにせよ、治安回復を考える場合に残るは西。右京のヘクマチアルと、郊外……つまりは陛下の直轄領。なるほど?」

 

 再び胸を張ったエルンスト、廊下にまで届くようにと大声を発していた。


 「ロシウ・チェン並びにジョン・キュビ。両侍中を呼ぶように!」


 

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