第二十五話 初めての演習 その1
ヴァガンの育てた花は、演習場の片隅に咲いていた。
白くて小さな花。
どこか儚げだが、それでも確かに根を下ろして、そこに咲いていた。
……その花を眺める俺は、足腰が据わっていなかったけれど。
何せ、初めての演習を終えた直後だったから。
「演習」は、日本で言う体育と、武術と、軍事教練と……その他の総称。
要は、「体を動かす授業」は全て「演習」である。
日本の中学校よりも、コマ数としては多い。
新学期に入って一週間。
新たに入学してきた生徒も慣れただろうと、そういうタイミングで、演習も開始される。
「明日は通常授業を潰して、体力測定やるから。」とのお達しがあった。
夜明けと共に始まった体力測定。
クラスメート達の体力や異能だけでなく、何故か人間関係まで見えてくるから不思議なものである。
体力は、大まかに言って、平民のほうが貴族よりも優れている。
「この学園に通う平民は、異能を認められて入学した」という事実による。
特に、「説法師」は、別格である。
「説法師」は、「世界に満ち溢れている霊力を己の体に取り込む」という霊能力を持つ。言ってみれば、「身体強化魔法が常にかかっている」、あるいは「パッシブスキル:筋力増大」的なイメージなのだ。
体力測定で彼らと争おうとする者は、いない。
とは言え、説法師は説法師なりに、その中で競い合うわけで……。
真面目な努力家としか見えていなかったマグナムが、実は闘争心の塊だということを知ったのも、この「演習」の授業であった。
マグナムがライバル視しているのは、千早。
正直に言えば、高すぎる壁である。
同じ説法師でも、霊能の優劣というものがある。身体強化魔法の倍率と言えば良いだろうか。千早はそれがとんでもなく高いのだ。それに対して、マグナムはせいぜい、常人の2~3倍と言ったところに過ぎない。普通ならばそれでも充分に驚異的なのだが、何せ相手は千早なのだ。
それでもマグナムは諦めない。
初等部に途中転入してきた千早に、「格の違い」をまざまざと見せ付けられたマグナム。
彼は、しかし、腐らなかった。
「千早に勝てれば、説法師として一流になれることは間違いない。」そのように認識した。
そこから、「どうすれば、千早に勝てるか」、「千早の霊能に、隙はないか」……ということを研究し始める。
結論として、「接近戦では、どうにもならない」からこそ、遠距離攻撃を主体にする道を選んだ。
「千早は、『その筋力・腕力の割には』足が遅い」ということを発見し、走力を磨いた。
その結果が、アメフト選手のような体格と、銃士の名乗りである。
マグナムが喜び勇んで取り組む、100m走。
千早は5秒を切ってくる。マグナムの記録は6秒3。
基本中世だか近世だかのこの世界にストップウォッチがあるのは、やっぱり神様のいたずらなんだろうなあ。……恐らくはアイツの。
それはともかく、また少し差を縮めることができたマグナムはご満悦であった。
「50mじゃねえんだから。」
「あいつらほんと化け物だよな。」
そんなやっかみは、一切気にしない。
千早も千早で、マグナムには感謝しているようだ。
「某の欠点を、結果によっていちいち指摘してくれるのがマグナム殿にて。たまにイラつくでござるが、貴重な友人でござるよ。」
マグナムのおかげで、千早は「天才の孤独」を味わわずにいられるのだ。
ちなみに、俺のタイムは11秒4。
説法師を除いたクラスメートの中では、トップであったのだが……。
そんなはずはない。明らかにおかしい。
確かに俺は、元サッカー部。……「足元の技術」ゼロの。
仕方ないので、走力を磨いていた。多少、マグナムに似ているところもある。
とは言え、100mで12秒を切ったのは、背も伸びた中3の秋だった。追い風もあったし、ストップウォッチ係が多少おまけをしてくれたような記憶もある。
あの女神は、霊能力はギフトではない、と言っていた。
これが俺のギフトか?
そんなことを考える間にも、クラスメートが次々と走っていく。
ジャックは、見た目よりは速い。スヌークは、遅い。ノブレスは、圧倒的にビリだ。
フィリアは、身軽な分だけ、そこそこ速い。同じ身軽でも、レイナは遅い。マリア・クロウは普通。
スヌークがノブレスをバカにし、レイナがフィリアに噛み付いているのも、いつもの光景だ。
測定は続く。
柔軟性を測ったり、ボールを投げたり蹴飛ばしたり、平均台の上を歩かされたり、鉄棒で懸垂したり。
幅跳びに高跳び、槍投げもあった。お決まりの長距離走もあれば中距離走もある。十種競技かよ。
一つ一つが、効率重視の流れ作業。槍投げなど、次々投げさせて、全員投げ終わったところで記録を取っている。
100m走のことがあったから、気になって、一切手抜きをせずに臨んでしまった。長距離を終えた時点で、もうヘトヘト。
その甲斐あって得られた結論は……やっぱり、おかしい。
明らかに、日本にいた時の記録を上回っている。
よく分からないけど、もう終わりだろうし、後で考えよう。
ラスカルのヤツを問い詰めて。
……そう思ったのが、間違いであった。
ここは戦闘民族の梁山泊。
体力測定が、そんなもんで終わるはずはなかったのだ。
教官の声が響く。
「男子ー。次は水泳なー。その後馬術、組み手、得物、長物、射撃の順で行くからー。女子はとりあえず休憩!」
十種競技に加えて、近代五種。そして格闘。
それが、この学園のスタンダード(泣)
「えー、女子の水泳はー?」
誰だか知らんが、男子の声が響く。タフなヤツだ。
「女子は後日、室内で。体力の都合もあるし、お前らの前ではやらせん!」
室内プールも屋外プールもあるらしい。
王国のみなさん、学園に力入れすぎ。
「ヒロ、残念でした~。」
演習全般を苦手とするレイナが嬉しそうに言う。
レイナさん、ご安心ください。あなたの水着姿に期待などしておりません。
ペース配分を間違ったようだが、ここまでくれば仕方ない。
もう全力で臨んでやる!
……水泳も、短距離と長距離両方だという事を、なぜ先に教えてくれなんだ……。
「ヒロ殿、頑張っているでござるなあ。」
「体力ありますねえ。」
「手抜きをするのも戦術よ。」
ここで遅い昼休み。どうにか助かった。
これだけ疲れているのに、いくらでも食える。これはギフトではなく、体が13歳だから。
午後は馬術から。
馬に乗ったことのない者や、これまでヘタであった者などが集められた。
意外にも、レイナは上級者グループ。上品に乗りこなしている。やっぱり貴族なんだなあ。
意外にも、ジャックは初心者グループ。体が重いため、馬に嫌われているのか。
体が重いと言えば、雄大に過ぎる体格を持つマグナムは、そもそも免除されていた。馬の負担が大きすぎるから。
俺は馬になど乗ったことがないのだが……。
「なめられないようにすることよ、ヒロ。心を通わせるなんて、上級者のすることなんだから、考えちゃダメ。」
アリエルがアドバイスをくれた。
結果として、初めての馬術は上々の出来であった。
馬は俺をなめていたかもしれない。
しかし、ジロウがなめた態度を取ることを許さなかったのだ。
馬がおかしなそぶりをみせれば、即座にうなる。かみつく。
「振り落としでもしたら噛み殺すぞ」という態度を満身に示していた。
馬には悪いが、おかげで助かった。
「やっぱあいつ、『調教師』だよな。」
評価が固まってしまったのは、仕方ない。
組み手は……。
防具をつけた空手のようなものと、柔道のようなものと。二つに分けて行われた。
教官が、組み合わせを発表していく。
初等部からの持ち上がり組については、大体のところが分かっているから、それにあわせた組み合わせ。
入学組は、とりあえずいろいろ組ませてみて、様子を見るということらしい。
柔道は、日本にいた時に、授業でやったことがある。
そのためか、最終的な評価は、「そこそこ」ということになったようだ。
空手の方は、経験はなかったのだが……。
やはり女神のギフト(?)のせいか、ひとつひとつの蹴りや突き、その威力が本来の俺よりは鋭いように感じる。
評価としては、「型はなっちゃいないが、力は悪くない」的なところ。
「ノブレスやスヌークでは相手にならない、現時点ではジャックよりは下か?」というあたりに落ち着いた模様。
「まあ追い追い、武術の指導教官につくことになるから、今のところはあんまり気にするな」とのお達しであった。
次は、得物。
上級者がそれぞれに組んで稽古をし、実力を見せている傍ら、初心者が集められた。
まずは一通り説明を、ということらしい。
短兵として、片手剣、両手剣、刀、小太刀、ナイフ。斧にメイスに杖など。
長物として、槍、長巻・薙刀、棒など。
とりあえず短兵を一通り振らされて、次に、「とりあえず選んで振ってみろ」という流れ。
日本で剣道の授業を受けていたおかげかとも思うが、やっぱり刀が一番しっくりくるような気がする。
教官からも、「決めるのはしばらく後でもいいが、ヒロは刀がいいかもなあ」とのお言葉。
長物は、短兵を決めてから追い追い、ということらしい。
射撃も同様。
上級者はそれぞれの腕前とその進捗状況を披露。
初心者は説明から。
弓、ボウガン、スリングに単純な投石。霊能力者は銃。
この世界には、火器がない。弾丸を霊能で飛ばすのが銃なのだ。
死霊術師の俺は、まず銃を撃つことになったのだが……。
これが、とんだヘロヘロ弾。
「死霊術師だからか、ヒロ個人の特性か。考察は後としても、記録しておく必要があるな。」とのこと。死霊術師のデータは少ないから。
ボウガンは、誰でも撃てる。差が出るのは狙いの正確さである。
弓は、射るまでに訓練が必要らしい。とりあえず、「引く」ことはできた。
「まあこれも追い追いだな。武術の指導教官について、特性を見極めてもらってからのほうが良い。」
俺の総合的な評価は……
「説法師でない者としては、身体能力に特に優れている。ただし、稽古が必要な分野については、まるっきりの初心者。早急に武術の指導教官を決めることが望ましい。」
「体力はあるけれど、とにかく運動神経が悪い」という、日本にいた時の評価を、そのまま大げさにした感じであった。
世界が変わっても、案外中身は変わらないものだ。
ボロボロになりながら、ヴァガンの育てた白い花を眺める。
この花のように、ヴァガンのように、「本来あるべきところから引き離されて、それでも力強く根を生やす」ことの難しさ。
俺もまだまだ、これからみたいだ。
普段と変わらず溌剌と談笑している千早やフィリアを見るにつけ、そう思わずにはいられない。