第三百八話 第十二章のエピローグ&第十三章のプロローグ
怪力乱神。オカルト、スポーツ、ゴシップ、信者。
誰しも好きな話(?)ゆえ、つい熱が入るけれど。
子不語……紳士たる者が口にすべき話題では無いと。
そう言われているところでもありますし。
神々と幽霊の話は短く切り上げることとする。
建国物語、その実録はまたいつの日か別のところで。
さて、この年の秋。
俺は、近衛小隊長としては半歩後退した。
近衛担当(後宮警備)から衛門担当(宮門・城壁警備)へと配置換え。
だが断じて左遷ではない。
翰林学士(文章博士)就任に伴う配置転換なのだ。
「近衛担当小隊長と言い、どちらも後宮に出入りできる官職だろう? ポジションを片方譲りたまえ」と、まあ。そういう意味合いなのでありまして。
そもそも正五位下へと位階をひとつ上げたのだから、明確に昇進なのである。
それは良いんですけども。
五月、着鈦政の案件を放置したまま南嶺に赴かざるを得なくなったもので。
春に仕込んだ味噌が熟成されたかのごとく、香ばしくなっておりまして。
法曹ご三家からお招きを受けた。
検非違使大尉ティムル・ベンサムと共に。
向かって右からヨシカツ・アサヒ。尋定・南冲。周一・夕陽。(敬称略)
王宮内、仕事上がりであったゆえ、逞しい体を正装に包んでのお出迎え。
閻魔大王スタイルで笑顔は勘弁していただけないでしょうか。
正直そのギャップ、いろいろキツイのです。
「通貨偽造の件、政治的決着を図るべきだということは我ら三家も十分承知。この件に限り、陛下からお預かりしている裁判権を返上いたしました」
ギャップもきついけれど、閻魔大王に厳しい顔をされるのもキツい。
「だが何をしても良いというものではない。悪を悪と証明するのは正義です。犯罪者を悪と断ずるその手が汚れていてはならない。それを証明担保するものこそ適正な手続であること、つとにご存知のところかと」
重複がありそうで無さそうなこの論調が、適正手続の何たるかを示している。
その煩瑣を嫌うティムル、肩をすくめて項垂れるばかり。
「聞くならく。件の判決には判断権者が示されていなかったとのこと。手続に重大な瑕疵があります。いえ、手続だけの問題ではありません。裁判権を何者かが不当に行使した疑いがある。これは絶対に見逃せないのです。現場にあったヒロさんはどう見ました?」
言葉こそていねいですけれど、これ取調べですよね。
まじめにお答え申し上げます。
「その点については、こちらでも違和感を覚えたのです。しかし中隊長代行のバヤジット・ホラサン氏には、何ら怪しいそぶりは見受けられませんでした」
私もね? そこは官僚生活4年目ですから。
「なお、疑問を感じた直後に判決が下され……その内容が追放であるとなれば」
三人の閻魔大王が瞑目する。
彼らも知っているのだ。執行の現場を、その実態を。
「現場の混乱を収めるので精一杯でした。が、件の人物は確実に王都郊外へと足を踏み出しております。問題の多い判決ではありましたが、刑の執行には瑕疵が無かった。そのことも併せて証言いたします」
ヘクマチアル兄弟のおかげではある。
が、いまの彼らは名誉よりも実利を求めているゆえ、あえて名は出さぬ。
「バヤジット・ホラサン氏が読み上げた判決文を押収……いえ、譲り受けました。これに相違ありませんか、ヒロさん?」
「一言一句そのとおりかと言われれば自信はありませんが、大略は……」
すいすいと目を走らせるも、その末尾。
捺されてあったハンコに……見慣れた朱色の印影に絶句した。
「そういうことです。近衛府の行政実務は蔵人所から発令される」
「まさか……」
「春までならば、その方ということになります。いえ、むしろ逆ですね。春まではこうしたことが起こるはずも無かった」
蔵人頭(蔵人所次官)をロシウ・チェンが務めていたから。
閣僚でもある蔵人別当(長官)が、蔵人所に案件を持ち込む。
次官のロシウが政策を取り纏め、ロシウが各省庁に通達を出し、ロシウが再び別当に報告する。
何か問題が起きたとすれば、それはロシウの責任だったのだ。
だが同時に「起こるはずも無い」、それもまた確かな事実で。
しかし本来、蔵人所は「国王陛下の秘書集団」である。
一人一党、各人が権限を持っていて。
では責任者は別当と頭のどちらかと言われると、そのあたりは不分明で。
……なんだか近衛府に似てるな、これも。
ともかく。
ロシウはひとえにその政治力により、蔵人たちの上に立っていたのである。
己の裁量で事務を切り回し、責任も己ひとりで担っていた。
が、春に蔵人頭を辞任した。現在はいち蔵人の地位に身を置いている。
「その隙を狙われましたか。何者か、ひとりの蔵人が閣僚あたりから単独で仕事を請け、書類を作成し、発令したと」
「ロシウさんの辞任直後で、別当殿にも油断があったそうです。……執務机に決済待ちの書類が山と積んであったけれど、いつものように、『これはロシウ君が目を通したものに違いない』と」
ぺたこんぺたこん、全自動ハンコ押しマシーンになっていたと。
なるほど件の判決文、蔵人別当の印影はあったが蔵人頭の官印は捺されていなかった。
形式上はそれでも問題ない。トップのハンコがあるのだから。
「誰が文書を作成したのでしょう……?」
と、口にして。
しまったと気づくも後の祭り。
ミケが足元で尻尾を揺らしていた。
「我ら法曹は行政府、ことに内朝とはほとんど接点がない。その点ヒロ君は秋から文章博士。蔵人所に詰めるのでしょう?」
アサヒ閣下。婿殿のイーサンは、それこそ秋から蔵人ですよねえ!
「もちろん、この件についてはイーサン君に任せています。しかし違った角度から複数の視点を持っておきたい」
「問題の男、メル家預かりだったんだろ? あやうく公爵閣下のメンツに関わるところだったと聞いてるけど」
おう周一、法曹の家は政治に口出ししないはずだろ?
「心に留め置いてもらう程度で良いので」
南冲閣下に言われると弱いけれど、それでも。
文章博士はですねえ。若手公達の重要キャリアパスなんです!
いくら法曹がそこを通らないと言っても、ご存知でしょう?
せめてとっかかりぐらいは……
「ご三家の皆さまは、どのような当たりをつけているのです?」
「予断排除は我らの鉄則です、ヒロさん」
ノーヒントかい!
解放されたのは、陽が西に傾く頃合い。
山深く冷涼な南嶺中央から蒸し暑き盆地へと帰還したばかりとあって。
げんなりしながら近衛府まで歩く、その道すがらにも。
「法曹三家は手続を守る左京職と関係が良いのです、ヒロさん。この案件で我らが味噌をつけると、先送りになっている統廃合問題にも後々影響を及ぼしかねないかと。逆に貢献できれば我らの立場も強くなる」
なるほどね?
私が兵衛(王宮警備)ではなく衛門に回された理由はそこでしたか。
管轄下にある検非違使まわりのあれこれも併せ処理せよと。
「我らインディーズ軍人貴族、腕の見せ所ですな」
がっちりと肩を掴まれる。
微妙に腹が立ってきたので、その腕を、肘を極め返す。
じゃれ合い(?)ながら近寄ってくる、上司と大先輩。
目にした若い近衛兵、慌てて下を向いていた。




