第二十四話 美少女と野獣 その3
翌朝。
朝の鍛錬の後、ヴァガンの部屋に顔を出してみる。
きちんと風呂には入っていた。
「服を二枚着ろ」と言われたヴァガン、言いつけどおりにしようとはしているのだが……。
とは言え何をどう着たら良いのか、迷っていた。
ランニングシャツとステテコ(今日着ているのは、真っ白だ)で、部屋の中をうろうろしている。
その格好でいるうちに、昨日やり残していたこと……。
爪きりと、髪の毛の仕上げ(大体同じ長さにする、という程度だが。)を施す。
もう一度ヒゲを剃る。
髪の毛やヒゲの生え方にしても何にしても、おっさんにしか見えないのだが。
行動の一つ一つが、まるっきり子供である。
これはまだまだ世話が焼ける。
どうやら仕上がった。
間違いなく人間だ。
さて。
何を着せるべきか……という問題は、すぐに解決した。
迷うまでも無く、一着しか持っていなかったから。
行李の奥にたたまれていた、天真会の道着。
初めて会った時に千早が着ていたのと同じ服。
合気道の人とか弓道の人とかが着ているのとよく似た服。
「これって、大事なときだけに着るんじゃないのか?汚したらいけないんじゃないのか?」
「違うよ、ヴァガン。これは体を動かすときに着る服だ。普段着だ。天真会に言って、もう3着でも4着でも送ってもらえ。毎日洗って、着替えるんだ。」
……なお後日、購買にて「つなぎ」も購入させた。
動物の世話をするときのために。
ついでに言うと、ヴァガンは、小金持ちである。
何たって、動物の声を聞くことができるのだ。これ以上の獣医はいない。
学園に次々と患畜が持ち込まれては、元気になって帰っていく。
礼金が学園とヴァガンの元に入ってくる。
ヴァガンにはお金の管理ができないので、代わりに天真会が受け取って(会の運営費を差し引いて)貯金してやっている。
で、お小遣いを渡しているわけだが、それが結構な金額であった。
その上ヴァガンは、使うことを……使い方すら、知らないのだ。貯まる一方である。
これは教育待ったなし。頭が痛い。
ともかく、天真会の道着に着替えさせてみると……。
驚くほど男ぶりが上がった。
恰幅がいいから、和装が似合うのだ。
女子が騒ぐ……ほどではないが、「女子が騒ぐ」ことはなくなるはずだ。断言できる。
「よしヴァガン、これなら千早に会っても大丈夫だ。」
「これでもう、千早ちゃんに嫌われなくてすむのか。」
「千早は最初から嫌っていないだろう?周りの女子に嫌われないようにしないといけないんだ。」
「分かったような気がする。それが人の群れの中で生きるってことか。」
ヴァガンは愚か者ではない。動物の中で暮らしていたから、「集団生活の道理」そのものについては、むしろ鋭敏なのだ。そのゆえにこそ、敵意や隔意のある相手には飛び込めずにいただけである。
「うん、何となく分かってきた。」
繰り返している。
きっともう大丈夫だ。
今朝の千早は、女子に囲まれてはいなかった。
男性と話をしていたから。教官だろうか。さすがに女子も遠慮していた。
物陰で様子を窺っていたヴァガンが、おっかなびっくり顔を出す。
「まさか……ヴァガン殿にござるか!?」
驚きのあまり、大声を上げる千早。
男性も振り返った。
見間違うことがないほどに細い糸目。
天真会新都支部長の、アランである。
「ヴァガン!?……千早から話を聞いて、心配していたんですよ!」
アランは、ティーヌ河再調査プロジェクトに人を出してもらうべく、学園を訪れていたのである。
ついでに千早のところに顔を出して、ヴァガンの話を聞いていたところだったそうな。
「千早から聞いた話とは随分違って見えますが……。」
「どうしたでござるか、一日で!」
やいのやいのと話しかけられて、あたふたするヴァガン。
「ヒロが教えてくれたんだけど……ええと……」
「ヴァガン、ほら、千早に用事があるんだろう?」
「そうでござった。ヴァガン殿、何用にござるや?」
やっと機会を得たヴァガン、嬉しそうに頬を真っ赤にして口を開いた。
「去年演習場のはじっこに植えた花が、咲いたんだ。新都には無い花だったけど、植えてみたら咲いたんだ。リージョン・森の外でも、生きていけるんだよ!きれいに咲いたから、千早ちゃんに見てもらいたくて。アラン兄ちゃんも見に来てくれ。ヒロも。たぶんあと2日ぐらいは咲いていると思うからさ。」
「ヴァガン、それならひとつ摘んで千早にあげれば良かったじゃないですか。」
何気なく、アランが口にする。
心底不思議そうに、ヴァガンが答えた。
「アラン兄ちゃん、かわいそうだろ。せっかく咲いたのに。」
「!……そうでしたね、これは私が悪かった。ヴァガン、あなたの言うとおりです。」
「言いたい事、終わり!はあ、すっきりした。」
そう言うと、ヴァガンは俺達に背を向けて去って行った。二年生の教室を目指して。
もう、さびしげには見えない。
堂々とした背中を見せて、去ってゆく。
「千早、ヴァガンはきっと大丈夫だよ。」
そう言いながら、振り返った俺。
信じられない光景を目にすることとなった。
千早が、泣いている。
本人はそのことに気づいていない。
すうっと流れ落ちる涙を拭いもせずに、ヴァガンの背中を見つめている。
あまりに美しいその姿に、思わず息を飲んだ。
こんな千早を見たのは初めてだ。
角を曲がったヴァガンの姿が見えなくなったところで、我に返ったか。
千早が、俺の方に向き直る。
頭を深々と下げ、そのまま机に突っ伏した。
「ヒロ殿!……まことに、まことに、かたじけなく……どうお礼を申し上げれば良いやら……。」
号泣。まさに号び咽んでいる。背中が波打つ。
さきほど見せた正統派美少女の姿とはほど遠い、男泣きであった。
フィリアが千早の傍に寄り添う。
そっと肩を抱き、背中をなでている。
あまりにも予想外の展開に、どうしたものか迷ったが……。
礼を口にされたからには何か答えなければなるまい、そう思って近寄ろうとしたところ。
千早の介抱をフィリアに任せていたアランが、すっと近づいてきた。
「千早のこんな姿を見るのは初めてです。……ヴァガンも、まさかああなるとは。ヒロさん、今度ぜひ一度、天真会に顔を出してください。我ら一同、お礼を申し上げたい。」
「お礼だなんて、そんな。」
そんな俺の言葉を最後まで言わせず、さらに身を寄せてアランがささやいた。
「……間違いなど起こる前に、お願いしますよ?千早は大事な妹なんですから。」
はっとしてアランを見上げる。
糸目が、いつも以上に細められていた。
俺から顔を背けたアラン、平静だが強い口調で千早に呼びかける。
「千早、ヒロさんが困っていますよ。ほどほどになさい。私たち全員、天真会としてお礼を申し上げなければなりません。都合がついたら、ヒロさんと……もちろん、フィリアさんも、天真会にご案内するように。それでは私はこれにて。ヴァガンの言っていた、リージョン・森の花を見てから帰ります。」
アランの言葉にどうにか平静を取り戻した千早。
照れくさそうに、改めて礼の言葉を口にする。
「いいよ、そんなにかしこまらなくても。俺も死霊術師だし、何かひとごとに思えなかったんだ。」
「アラン支部長の言葉もあったことでござるし、今度の休日には、ヒロ殿にはぜひ天真会にお越し願うでござるよ。もちろん、日頃お世話になっているフィリア殿もお招きするでござる。ヴァガン殿にも、たまには顔を出させなければ。」
先ほどの細められた糸目が気になって仕方がないところではあるが、断るわけにもいかない。
「よろこんで、お招きに預かります、千早さん。」
そう答えておく他はないところだ。
野獣・珍獣扱いされていた「ビーストテイマー」ヴァガンを学園生活に復帰させた俺は、「†騎士†」に加えて「調教師」というあだ名まで頂戴することとなった。
「『調教師』が、美少女千早を泣かしたらしい」という、妙な風説のおまけつきで。
その風説を否定する必要もあったのだろう、しばらくは千早の当たりがキツイことキツイこと。
目が合おうものなら、ポカリと一発、攻撃を食らう。
それがないことには、会話が始まらない。
でもまあ、千早には、大泣きよりもその方が似合う。
千早の照れ隠しを「ご褒美です!」と思う趣味はさすがにないけれど。
これだけの美少女の笑顔を間近で見られると思えば、税金の範囲内だ。謹んで払わせてもらうさ。




