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第三百三話 着鈦政(ちゃくだのせい) その2 (R15)


 取調べの場を利用して、聞きたいことがあった。

 アンジェラ・ウマムからもたらされた情報について。


 「エルキュールなら、南嶺が戦争を起こす前に一度ボクのところに寄ったよ? 旧都から南嶺を目指したけど失敗して、巻狩りに参加した後だけど。西から南下するか東から目指すか迷ってるって言ってた」



 東回りルートの途上に存するのが「傭兵の里」。

 その有力者が王都に滞在しているとあれば。


 「『傭兵の里』に、北から入って南を目指した者はいなかったか?」


 メル家に保護されている男、こちらをじろりと睨め上げるのみ。

 「それを答えたらどうしてくれるのだ」と言わんばかり。


 「言葉を変えよう。戦争中、里の境を守る者が皆殺しにされてはいないか?」



 意地になっても得は無いと、その意図こころは通じたようで。  


 「……大量に死者が出たという情報は入っていません。不審者情報も無し」



 戦のどさくさに紛れなければ、「山中の里」の目をかいくぐることは不可能。

 するとエルキュールはいまだ北にある。西ルート……商都経由で南嶺を目指さざるを得まい。


 王国に害をもたらすことはなさそうだ。ならば止め立てする必要もない。 

 どうぞ思う存分南嶺を荒し回っていただくとして。


 南嶺に何かスピリチュアル(?)な意味があり、そこで力を得たならば。

 エルキュールとて、もはや千早やアレックス様に執着することもないはずだ。

 敵は神様だの何だのということに……。


 (絶対止めてよヒロ! 命令だかんね!)


 どうかご安心ください、マイロード。

 好奇心の女神を倒す意義など、見出せるはずもないではありませんか。




 偽造通貨問題についても、男は知るところを全て白状していた。

 里全体の合意として、王国との関係に配慮しているとのこと。



 「何のための六人衆かということですよ」

 

 ファンゾの大山家、館家、エシル州の豪族。みな同じ。

 二股をかけつつ、追及された場合には首を挿げ替える。

 覚悟を決めひとり出頭してきた男に、メル家の面々も礼をもって接していた。

 


 「王国に、その権威に泥を塗ったのです。家柄血筋が良かろうが勢力家だろうが関係無い。首かせをつけることは決定事項です。けれど……」

 

 ティムルも苦しげであった。

 

 「なるべく早く楽にしてやりたいものです」




 そして迎えた着鈦政ちゃくだのせい、その当日。

 何の因果か空はからりと晴れ上がり、絶好の行楽日和。

 都人は貴顕から庶民に至るまで、あるいは牛車で乗りつけ、またあるいは茣蓙など敷いて準備万端。


 「盗人野郎のツラを拝んでやる」

 「今年は大悪人がいるらしいぞ」

 

 その気持ちも間違ってはいない、たぶん大切なことだけれど。

 同時に「言い甲斐なき者共」なる言葉もまた、脳裡に浮かぶ。

 人のことは言えぬか。今日は俺も「物見高い貴顕」なのだから。


 

 広場の上座には、作法どおり検非違使別当たる近衛中隊長(代行)のバヤジット・ホラサン。

 一段下がって衛門担当小隊長たち。エミール、クリスチアン、アルバートほか。


 彼らの「御前」に次々と罪人が引き出され、首かせを打たれ。


 微罪の者はその場で杖罪の後に首かせを外され、追い立てられる。

 民衆に小突き回され、石を投げられ。

 家族と思しき者が必死に守り抱えるようにして走り去っていた。

 放免(元犯罪者にして警察の協力者)が庶民をいびる、その理由の一端が垣間見えるような。


 続いて、未決囚。

 首かせを打たれ引き回しの後、再び監獄へと戻されて行く。



 そして最後に、件の男。これも未決ゆえ、監獄へ行くはずではあるが。

 何せ検非違使のお手柄ゆえ、その扱いは特別であった。


 中隊長バヤジットが立ち上がり、親しく男の罪状を縷々述べ立てる。

 よく徹る良い声であった。


 「……本件はその政治的重大性に鑑み、通常裁判所の管轄を外れた。この場にて判決を言い渡す」


 民衆が快哉を叫んだけれど。


 待て。重大事件だからこそ、それはおかしい。

 誰が、どの機関が、いかなる権限に基づいて判決書を作成したのだ?


 「南嶺の逆賊に与し王国の権威を傷付けんと試みるその愚行、まこと許し難い。死罪を以て相当と為すべきところ、南嶺との境にある『傭兵の里』が閲する艱難を酌み、罪を減ずる。着鈦の後、王都よりの追放を以て赦免する」 



 馬鹿な!

 まさに曝しもの、いや、それでは済まない。


 監獄行きならば検非違使の管轄下に入る。

 一面では保護下に入ると言えなくも無いのだ。


 だが追放では、法的保護を受けられない。

 私的な保護者がなければ抵抗もできぬ。

 民衆からなぶり殺しの目に遭ってしまう。



 「着鈦政ちゃくだのせい、これにて終了!」

 


 下僚の宣言にバヤジットが、小隊長達が背を翻した。

 これより後、場所を移して酒盛りするのが「ならわし」であるがゆえに。


 ティムルが腰の刀に手をかけていた。

 それはいけない。判決を、警察官僚が私的に覆すなど許されない。


 「酒宴の支度をせよ、ベンサム大尉たいじょう!」

 

 メル家に任せろ、ティムル。

 庇護した者に私的制裁を加えられては面目丸潰れになるのだから。


 「マルコ!……フィリアは……」


 「下がりません! メル家の者共に告ぐ! かの者を保護し、無事郊外まで送り届けよ!」


 牛車から飛び出し、馬に飛び乗っていた。


 「千早!」 

 

 「先刻承知!」


 殺到する民衆の前に、メル家郎党衆が壁を作っていた。

 抜けてきた者は、フィリアと千早が叩きのめしている。


 グリフォンの「翼」をふたりのもとに飛ばした。危急に備えて。

 「嘴」に跨り、傍観者が暴漢に変ずることの無いよう、その境に乗り入れた。

 近衛の名を出し、長巻の柄を振り回し、駆け抜けた。

 

   

 メル館からの増援が次々と到着し、分厚い壁を形成してゆく。

 これで安心だ。

 あとは男を歩かせれば良い、けれど。


 「殺せ……殺してくれ」


 暴れる丸腰の男を、どうにか押さえつけた。

  

 「帰るところなど無いのだ。私が死ぬことにより、息子への地位継承が他の六人衆から認められるのに」


 誰だ、これを仕組んだのは。

 確かに王国中央政府は殺伐を好まぬ。

 政治犯を死刑にすることも少ないが。


 「恨むぞ。王国はここまでするものか」


 悲憤。これが伝われば「傭兵の里」は王国の傘下から離脱する。

 男の一死をもって、こちらに引き寄せる……少なくとも中立の立場を取らせることはできるはずであったのに。

 

 どういうつもりだ?

 いや、当初の予定通り、メル家と「傭兵の里」とで書いた筋書き通りにするためには……。

 


 「通貨偽造は死罪相当の大罪、聞いていただろう? 郊外までは歩いてくれ」


 そこで望みを果たしてやると、口にできぬひと言を視線に込めはしたけれど。

 もはや何を恐れることもない男から返されたのは、嘲りの言葉。

 

 「ふ、あはは。貴様も板ばさみか。王国とメル家、どちらにも良い顔をして。身動き取れずに溺れ死ぬ」



 「王国とメル家は対立していない。……この程度で溺れるものかよ」


 それは側にある郎党衆に、そしてアリエルに聞かせるためのひと言で。


 だが、この後の流れは?

 俺がこの男を死なせてやる……手を下した場合、何を言われる?

 メル家が手を下すならば? その立場は?




 「お困りのようですな」


 見覚えある両手剣。

 血が滴っていた。

 

 その周囲は無人の境。

 見物の民衆が地に斃れ伏していた。


 必要以上に殺戮を加える姿を見るのはいつ以来であったか。

 狂犬、ユースフ・ヘクマチアル。

 

 「攻撃は最大の防禦と申すではありませぬか。尊貴にある者、富み栄える者を引き摺り下ろすことに快楽を覚える卑しき連中など、目に付く限り殺せばよろしい」


 都人が逃げ惑っていた。

 俺やメル家が介入した際には、それでも離れようとしなかった人々が。

 

 「動く者はみな殺せ! 許すな!」


 応じて上がった悲鳴を耳障りと思ったか、矢を射掛け。

 なお気が済まぬのか、殺したことで興奮の度を増したものか。

 

 「我が祖父も同じ目に遭った。官位官職を剥がれ、下種どもに石もて打たれ、憤怒のうちに事切れた。……里長どの、生きられよ。ここで死んでメル家を、カレワラ家を、検非違使を……いや、裏に回って策をめぐらした者を、あなたに恥をかかせた者を、楽にしてやることは無い」


 

 目を見開いた男。

 ああそうだ、この恨み忘れぬぞと叫び、都の門に背を向けていた。

 姿が遠くなってゆく。



 殺してやるべきだと、そればかりを思っていた。


 殺戮に躊躇のないユースフが、かえって男の命を助けようとして。

 そしてその言葉が男の胸に響いて。


 生きることを諦めていた男。

 その背は、肩は、固く凝っていた。

 いまや気力に満ち溢れたその背は広く、そして。

 

 矢が突き立っていた。




 「王国に寇なさんとする者は見逃せぬな」

 

 ユースフかと、耳を疑った。血に狂ったかと。


 「我らヘクマチアル、陛下に含むところなどあろうはずもない。……でしょう、兄さん?」 


 似た姿の、似た声の持ち主であった。

 弟のムーサ。

 

  


 「ご遺体は丁重に扱いなさい。諸侯の礼をもって『傭兵の里』に送るよう」 


 フィリア!?


 「男爵閣下、暴徒鎮圧へのご助力感謝いたします。……ムーサさんも。私たちの立場を楽にしてくださいました。ヘクマチアルご一党に感謝を」


 いい笑顔であった。

 何か思いついた時に見せる、自信に満ち溢れた美しい横顔。

 


 「思った以上に厄介な方のようだ。この件、我らヘクマチアル兄弟の仕業にするとおっしゃる? メル家とカレワラ家は判決を粛々と執行したに過ぎぬと。なるほど、策をめぐらした者もそれでは非難のしようが無い」


 「そこで言葉を切って良い立場では無いでしょう、兄さん。……フィリアさん、私は『死ぬまでのうちに四位になってみたい』旨、公爵閣下にお伝え願えますでしょうか。功績がまだまだとても足りぬ事は承知しておりますが」


 白紙の貸しを作れる立場ではない、か。自分から望みを伝えろと。

 それにしても、四位。子爵格、局長級。中流貴族の三男坊が大きく出たものだ。


 「私の願いは弟ほど厚かましくはない。不干渉をお願いしたいのです。……国策、政論に関わる問題で手を縛るつもりはありません。だが政局、トワ系内部の権力闘争には、手出し口出しをしてもらいたくはない。その旨公爵閣下にお伝え願います」


 王都に背を向けてきたメル家。

 極東を安定させ、アスラーン殿下とクレメンティア様のご成婚もあり、王都に目を注ぎ始めている。

 そのタイミングで、ヘクマチアル本家も復権に着手した。だからこそ……。


 などと、ひとの心配をしている場合では無かった。



 「カレワラ男爵閣下には……」

 「ツケにしておきましょう、兄さん」


 俺には白紙の貸しを作っておけると?

 

 「なに、すぐですよ。ティムルとの間で互いに『やって取って』がありますし」

 「そうだなムーサ。怒らすと面倒なお人だ。京職と検非違使庁の統廃合問題、ぜひよしなに」

 

 さっさと返済してやるからな? 覚えてろよ? 

  




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