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第二十四話 美少女と野獣 その1


 「説法師(モンク)」千早は、美少女である。

 これまで何度も触れてきたことだが、美少女である。


 フィリアやレイナも美少女ではあるが、千早とは少し違う。


 たとえばレイナについては、まだ幼さが残っている。子役のようなもので、「美少女」と言うにはためらいを感じる。

 近所のおばちゃん的に表現するならば、こうだ。

 「立花さんとこの玲奈ちゃん、かわいらしいわねえ。もう少ししたら美人になるわよ。クラスの男の子がほっとかないんじゃないかしら!」


 フィリアについては……

 「メルさんとこのフィリアちゃん、きれいねえ。」と言うおばちゃんと、「メルさんとこのフィリアちゃん、しっかりしてるわねえ。」と言うおばちゃんとがいるはずだ。第一声は真っ二つに分かれると思う。

 さらに言うならば、フィリアは「評価することをためらわせる」ようなところもある。

 たとえば、であるが。皇族の美少女を目の前にしたとして、気安く「きれいねえ」などとは口にできないと思う。そういった、いわば「畏敬(畏怖?)の念を抱かせる」ような雰囲気すら漂わせているのが、フィリアなのだ。



 その点、千早は、分かりやすく美少女である。

 近所のおばちゃんも、みな同じことを言うだろう。「お寺さんとこの千早ちゃん、きれいねえ。」と。



 これだけ美少女なのだから、少年達が放っては置かないだろうと思うのだが……。

 案外、そうでもない。


 ひとつには、少年たちは、まだ照れくさい年頃だったりもするから。


 ふたつには、千早の態度にもよる。


 千早は、幼い頃から天真会に所属していた。

 天真会の諸賢は、人並み外れた美貌と人の領域をはるかに外れた剛力とを天から与えられた千早に対して、危うさを感じずにはいられなかった。

 そこで天真会が千早に施したのは、一種のエリート教育。

 剛力という天稟のゆえに、「男の暴力」への対策は必要なかった。そちらについては、「殺すことなかれ(危急のときは構わない)」のひと言で充分。

 天真会が入念に施したのは、「男の奸智」への対策であった。色恋で不幸にならないために。また、並外れた腕力を佞人に利用されないために。

 要は、いわゆる「世間知」を、徹底して叩き込んだのである。アラン支部長と「姐さん」を通じて。

 もちろん、天真会の教義や、まっとうな道徳教育を土台としたうえで、のことではあるが。


 その結果、千早は、同年代の少年少女たちに比べて、はるかに「おとな」になってしまっていた。


 まっすぐに恋心をぶつけてくる少年や、照れてしまっている少年、自分の気持ちがどういうものなのかまだ気づいていない少年……、そんな少年たちに対して、千早の向けるまなざしは優しい。

 しかしそんな彼らに対して、千早は「姉が弟に対するような感情」を抱いてしまうのだ。これでは少年達は撃沈するほかない。

 

 年上の少年たちは、千早に対して「上から目線」で接してくる。これが千早にとっては「ちゃんちゃらおかしくてならない」のである。

 まして、千早を子供と思って「どうにかしよう」などと考えたり、「手練手管」を弄するような輩に対しては、「世間知」教育によって培われた直観が鋭く反応してしまう。そういう男は「いやらしい」を通り越して「奸佞邪智」と認識されてしまうのだ。ウッドメル家のヤンのように(まあ実際のところ、彼は「奸邪」の領域に足を突っ込んでいたのだけれど)。


 そしてみっつには……周囲の女子のせいでもある。


 千早は、13歳にしては、体格的にも大人びている。たとえば身長も、165cmは確実に超えている。

 加えて千早は、繰り返すが、大抵の男よりもはるかに優れた身体能力を持っている。


 その結果。(俺は男なので、実際のところそういうものがあるかどうかは知らないのだが……。)

 千早は、俗なイメージで言う、「女子校における、バレーボール部のエース」的な人気を博しているのだ。

 休み時間ともなれば、女子たちが千早を取り囲む。

 男子が、それも13歳の男子が、声をかけられるような雰囲気ではない。

 もしあえて踏み込もうものならば、取り巻き女子たちの、氷の刃のような視線を受け止めねばならない。

 

 入学当初の俺も、相当に厳しい視線を浴びた。

 千早を呼び捨てにし、千早からも親しげに話しかけられる俺は、「何なのアイツ」「ブサイクのくせに」なのである。

 彼女たちにしてみれば、自分たちのアイドルである千早さん(千早さま/千早お姉さま)と並ぶには「格」が求められるのだ。事実上それを許されているのはフィリアぐらいのもの。

 俺は中身が二十歳すぎなので、さすがに女子たちの「そういう態度」にまともに付き合うほどの繊細さは持ち合わせていなかったが、それでもややしんどいものがあった。


 まあ、そんな視線も、先の決闘事件の後は、やや和らいだ。

 俺については「フィリアの『騎士』」扱いという位置づけが、彼女たちの中に形成されたらしい。

 フィリアの従者、むしろ「付属物」として、千早をとりまく額縁の中に収まることを許されたのである。

 

 そういえば、あの事件以来、俺のあだ名は「†騎士(ないと)†」になってしまった。

 むしろこっちをどうにかして欲しい。お願いだ(泣)



 とにもかくにも。

 「説法師(モンク)」千早は、美少女なのである。



 ある朝、始業前のこと。

 いつものように千早は女子に囲まれていた。



 と、そんな千早を物陰からじっと見つめている男性がいた。

 男子ではなく、男性である。中学生の年代でないことだけは確かだ。


 その容貌を、どう表現すれば良いだろうか。

 禿げ上がった前頭、でっぷりと突き出したお腹。目が血走っている。

 

 喩えるならば……。

 レオナルド・ダ・ヴィンチの肖像画と言うべきか。

 髪の毛をもっとぐちゃぐちゃもじゃもじゃにし、モサモサのひげをはやした感じ。

 そこに野性と無教養、下品さと獣臭さを付け足した感じ。

 そんな雰囲気の容貌。

 

 その服装は、薄汚れたランニングシャツにステテコ。

 タンクトップではない。ランニングシャツである。昔のお父さんたちが、ワイシャツの下に着ていたアレ。ステテコも最近のオシャレステテコではなく、白くて薄手のやつ。

 ……白さなど、ほとんど残っていないけれど。

 


 ここが日本ならば、すでに「事案発生」である。

 千早に告げようか迷ったが……。

 まあ千早だし、大丈夫であろう。ことを大きくすることもあるまい。

 物陰から出てくるようであれば、その時に注意を促しても充分に間に合う。


 いちおう、彼と千早の間に、できるだけさりげなくポジショニングしておく。


 

 しばらく千早を見つめ続けていた男性。

 女子を見て近寄れそうもないと諦めたのか、俺と目が合って驚いたのか、すごすごと去って行く。

 さびしげな背中を俺に見せながら。



 昼休みに、フィリアと千早と食事をした際に、朝の出来事を伝えた。

 

 「おそらく……ヴァガン殿でござろう。」


 「知り合いなの?」


 「天真会の一員で、この学園の二年生でござる。」 

 

 「え?ちょっと待って?14歳には見えなかったけど……。」


 「ヴァガン殿は、19歳にござる。」


 いや、19歳にも見えない。あのお腹の貫禄から言って、もう20歳は上に見える。

 ヴァガンさんじゅうきゅうさい、というヤツだ。


 「ヴァガン殿は、リージョン・(シン)にて『発見』されたのでござる。幼き頃に両親に捨てられ、グリフォンに育てられていた由。親グリフォンが人間に狩られてより、兄弟として育った幼き2頭のグリフォンを守るべく山中にて密猟者と戦い、大怪我を負わせたと聞いてござる。その密猟者、貴族であったそうな。」

 

 「貴族たる者が密猟とは!嘆かわしい!」フィリアが憤慨した。

 そんなフィリアに微笑を向けた千早が、言葉を継いだ。

 

 「それが災いした、いや、幸いしたのかも知れぬでござる。天真会に怪人逮捕の依頼が舞い込み、結果、ヴァガン殿は我が老師に『発見』・保護されたのでござるよ。グリフォンに育てられていたため、人間の言葉も不自由であれば、生活習慣も身に着けていない。ヴァガン殿は人間として一から生まれ変わるべく、天真会で子供たちと集団生活を送っていたのでござる。」

 

 「天真会のそういうところには、敬服せずにはいられません。」

 フィリアがつぶやく。

 

 「天真会としては、ヴァガン殿を外に出すつもりは無かったのでござる。少なくとも、人間社会に完全に適応できるようになるまでは。なれど……本来なれば幸いであるべきはずのヴァガン殿の『異能』が、今度は災いいたした。ヴァガン殿の異能は『ビーストテイミング』。獣たちと意思疎通ができる、他に類を見ない能力にて。」


 異能にもいろいろあるんだな、この社会。

 

 「学園から天真会に、ヴァガン殿を入学させてほしいとの要求があったのでござる。本来ならヴァガン殿のためにも喜ばしい事……なるも、老師は『時期尚早』と考え、いったんは断り申した。されど、ヴァガン殿には『貴族に大怪我をさせた』という弱みがござる。再度、熱心に話をもちかけられては、天真会もなかなか断りづらい。学園に在籍して学ぶことが、あるいはヴァガン殿の成長を促すやも知れぬ、という意見も出たと聞いてござる。」


 千早の声が、沈んだ。


 「結果は、老師の見立てどおり、時期尚早であった模様。ヴァガン殿は馴染めていないようでござる。この春進学するに当たり、老師や姐さんから、『ヴァガンの様子を見てやって欲しい』と言われてはいたのでござるが……学年も違えば、当然ながら寮も違う。(それがし)にできることは、今のところほとんどなく……。」


 俺に対してやや不機嫌な顔を見せる。

 こういう表情も込みで美少女ではあるけれど。

 友人が不機嫌なのを見て喜ぶ趣味は、俺には無い。


 「(それがし)を見ていた、と申されたな、ヒロ殿。何か用があったのでござろう。これはきっかけになるやも知れぬ。何ゆえその場で言ってくれなかったのでござるか。」

 

 千早は、基本的には率直な人間である。

 遠慮は、あまり好まれない。

 

 「いや、千早が心配だったから、二人の間にポジショニングして、彼の様子を見ていたんだけど……。千早の方に飛び出しそうになったら声をかけるつもりでいたら、そのまま帰って行ったから。まあ後でいいかなあと。」


 「ヒロ殿、ためらいとか様子見は、基本的に悪手でござるよ。不審者がいた場合には、ヒロ殿の安全を確保するためにも、某に声をかけるべきでござる。」


 「なれど、某のような武骨者にまで心を配っていただけるとは。ヒロ殿は律儀でござるなあ。いや、かたじけない。位置取りについての工夫は悪くないと思うでござるよ。」

 ご機嫌が直ったようだ。

  

 「それにしてもヴァガン殿、何用があったのでござろう?」

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