第二百九十五話 めぐり合わせ
陣定(閣議)にて、兵部卿宮さまが「今回は是非、私にお任せを」と申し出たとか。旧都を失陥した責任は国軍に、兵部省にあるからと。
「『自分が指揮を取る』って、かなり強硬に主張されていたと聞いていま……聞いているよ。その……ヒロ、さん」
照れくさそうな笑顔を浮かべつつ言葉を選ぶクリスチアン。
それでいい、と返す笑顔。もう膝に手をついて屈む必要は無い。
そして後を受けたエミールのいわく。
「で、閣僚からは嫌味の嵐」
少し品が無いかなと思わなくもないけれど。
考えてみれば反抗期とか、中二病高二病とか、そういった年頃だ。
身体が大きくなって、気も大きくなって。
そういうのってその何だ、ぷぎゃーしちゃいけないと。そう思うのであります。
……ともかく、陣定で出た話として。
「上がってきた情報も幸先良きものばかり。宮さまならば鎧袖一触でしょう」
(ちょろい相手、勝てる敵だから出馬ですかー?)
「輝かしい武勲を陛下にご報告される、その日をお待ち申し上げております」
(後継者レースの手土産、いっちょ入りまーす)
流れで王長子アスラーン殿下に視線が集まったのだとか。
北賊相手の大戦を指揮し勝利を収めた殿下は、まさに武勲赫々、これ以上戦場に出る必要はない。
だが「兵部卿宮にただ手柄を挙げられるのでは面白くあるまい。誰か出すべきところのはず」と。
……そう、今回の敵は弱い。
戦を起こす前から動きを察知されている。報告によれば兵気も鈍い。
総大将は萩花の君ではないはず……と、気が緩んだところに。自分の名前が聞こえてきた。
「すでに自派閥に属している者、たとえばヒロの名を挙げたとか?」
「手堅いけど、評価が下がりそうだな。身内贔屓してるみたいで」
「むしろ疎遠な人物を抜擢し、派閥に引き込むところじゃないか?」
「俺らのレベルならそうあるべきだが、殿下がたがそこまでやるものかい?」
ここは近衛府。エミールがお漏らししてくれた情報に、閣議に縁故のない連中が耳を傾けては言いたい放題。
そしてヒロ・ド・カレワラは王長子殿下閥と決めつけられている。仕方ないね、事実だし。
「王長子殿下は笑顔でスルーされていたらしい。『兵部卿宮さまならば安心ですね』と。……ヒロさん?」
王長子・アスラーン殿下のお人柄は? と来たものだ。天然なのか、狙っての肩透かしなのか。
閣議の情報を教えているのだから、そこのところ教えてほしいと。知らぬはずはないのだけれど、多様な角度から、ってことかな?
しかし王長子殿下を論評する、この遠慮のなさ。エミールはエドワードに似てきたかもな。ちょっと意識してるのかも。うん、嫌いじゃない。
「自信は無いけど、2つ。こせこせと点数稼ぎをされる方ではない。それと『天然』はあり得ない。……だから『狙っての肩透かし』よりは『分かっていて、場の空気を変えようとされた』かな?」
小隊長連中が、あるいは目を光らせあるいは消し。
それぞれに思うところがあるよな、そりゃ。
「軍人としてはありがたい、それは確かだな。大戦でも助けられたぜ」
エドワードの言葉に近衛の面々が頷いた。
後継者レース、要は政局であるが。戦争をその道具にされてはたまらない。
無駄な人死にが出る。国費の費えも大きい。
「そんなことより戦だろ? で、どうなったんだエミール?」
「首座の中務宮さまが続かれた。『近衛府の諸君にも仕事、いや機会を与えるべきところでしょう?』と」
やっぱりおとなだよな、中務宮さま。
アスラーン殿下が口にしづらかったところをさらっと代弁して。
余裕のある戦。ならば関係各所にはそれなりに仕事……裏返せば手柄の種やうまみを配るべきところ。
これぞ陛下の代理人、筆頭閣僚。
近衛は大盛り上がり……だったけれど。
前回同様、サロンでの内々示(?)がありまして。
俺は今回、兵站に回ることとなった。
検非違使に中隊長問題で、都に残りたい気持ちもあったけれど。
一度は経験しておきたい仕事が、それも余裕のある戦役で回ってきたとあれば。そのチャンスには飛びつかざるを得なかった。
そして前線には。
「まあ、そうなるよなあ。前に出せるヤツで、去年出なかったヤツ」
イーサンである。
声をかけたエドワード、相手が俺なら蹴りを入れてくるところだが。
文官貴族とあれば多少の遠慮もあるものか、代わりに組下のマグナムと小突き合いをしていた。
「エドワード君、ヒロ君。何か気をつけることがあれば、教えてくれるかい?」
「いちおう敵の後詰めに注意しておけ、ってぐらいかな?」
「敵将は萩花の君では無い」との確定情報を、俺はイーサンから教えられた。
前線近くの砦に詰めているデクスター家「縁の者」が伝えて来たとのこと。
そういう細々したとこが弱いんだよ、断絶した家は!……と、それはともかく。
萩花の君が兵を伏せている、そんな戦とは思えなかったけれど。いちおう。
「デクスター家とセシル家なら、戦上手の郎党もいるだろう? マグナムもついてんだし、あれだ。危なくなったら早めにトンズラ、そんだけ覚えとけよ。死ななきゃどうとでもできんだから、トワ系は」
だがイーサンの眉は晴れなかった。
久しぶりの戦場、やや不安を覚えているものか。
上がって来た情報そのひとつひとつを見るにつけ、「負けは無い」と確信できるはずだけど。
「あとはその場の判断だろ? ジョンみたいな顔してんじゃねえよ」
「そうそう。判断を郎党やらマグナムやらベテラン小隊長に投げれば良いのさ」
……にしても、めぐり合わせってあるものなんだな。
前回出征した連中は、明らかに損をした。
今回はどう転んでも得にしかならない。絶対勝てるもの。
そしていちばん得をするのは兵部卿宮さまか。
大軍を率いて失地回復、それも王国人の心のふるさと・旧都を取り戻す。
最高のアピールだよなあ。
主役の邪魔をせぬように、今回出征する近衛兵の数は控えめにされている。
そしてその限られた機会に跡取りを捩じ込めるのがデクスター、なんだよな。
「席次どころか能力とも関わりないところで出世が決まる」だったか、桂花大輔の言葉。思うところがないでもないが。
「ま、俺もちょろい戦で兵站と水運の勉強をさせてもらうさ」
「おう、ちょろすぎるせいで俺は留守番だ。いいかげん内勤もちゃんとやれとのお達しさ」
褐色の拳が伸びてきた。ぱしりと乾いた音を立てる。
赤毛の下にある涼しい目が歪み、受けた掌を睨む。
「ちょろいちょろいって、こっちのハードル上げるなよ。戦は水物、だろう?」
そうだなマグナム。
お前がいるなら安心だよ。




