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第二百九十三話 縦糸、横糸、刺繍入り


 非公式の会合ではあった。

 が、なんじゃこれは。


 エミール・バルベルグ、クリスチアン・ノーフォーク、アルバート・セシルは予想通りとして。

 イーサン・デクスターにエドワード・キュビ、ヴァスコ・フェイダメル。


 話を持ち込んだティムル・ベンサムは当然として。

 左京さきょうの大進だいじょうにユースフ&ムーサのヘクマチアル兄弟。


 何か話が見えてきた様な気がしたところで、シメイ・ド・オラニエに周一シュウイチ夕陽セキヨウ。なぜか刑部少輔どのの存在がますます理解を困難にしたところで。


 六位蔵人ミカエル・シャガールにフィリップ・ヴァロワ。


 そしてこれらの人々の「お付き」までが全員集合。


 


 頭数だけでも厄介ごとであることが確定し、さてどうなることやらと顎に手をやったところで――俺も髯を生やすかなあ。こういう時、しごく動作で間がひとつ潰せるしなあ……などと思ったところで――能吏ミカエル・シャガールがてきぱきと口を開いた。

 

 「弁官局ならびに蔵人所から、警察機能をどうにかするようにとのお達しです」



 「どうにかって何だよ!」

 

 いいぞエドワード。

 こういう時に口火を切るのは若手かつ利害関係の薄いヤツに限る。


 「このメンバー、つまりは現場のトップレベルですか、そこに話を持ち込む理由は?」


 刑部少輔どの、感謝です。

 そのひと言で見えました。

 

 「『現場の意見を聞き取っとけ』とでも言われたか、ミカエル? 上は何を?」



 「勘弁してください、カレワラ閣下。皆さまもどうか私を恨まないでください」と、相変わらず芝居がかった嘆き声をあげつつ、ミカエルがつらつらと述べた内容をまとめるならば。


 左右両京職と検非違使庁、警察機能が重複してはいないか? と。

 

 予算の無駄遣いだし、縄張り争いで業務の非効率が生じているように思われる。

 犯人を取逃がし、あるいは共有さるべき情報がかえって錯綜してはいないかと。

 ことに昨年の暗殺未遂事件と右京民乱に進展が無いことが問題視されていた。 


 つまりは省庁再編問題が持ち上がったと。

 俺が近衛中隊長問題に取り組もうとしていた矢先に。



 「いくら現場の意見を聞くって言ってもだぜ? このメンバー、省庁再編を議論するには軽すぎんだろ」


 おっ、そうだなエドワード。

 面倒だけど教えてやる。

 

 我らにとっては幸いなことに、王国政官界は合意形成ボトムアップを重視するのである。

 つまり現場の意向もそこそこには意味を持つ、それはありがたい話だけれど。


 現場は現場、「下」の者。意見をまとめなければ無視される。

 「まとめておいて、上に働きかけて、与党を作る」……そこまでして初めて、現場の意見は重みを持つのだ。



 得意げに聞こえぬよう、そのあたりの事情を淡々と説明してやれば。

 年少組、エミールやクリスチアンあたりが尊敬のまなざしを見せ、彼らのお付き連中やアルバート、ミカエルあたりが面倒な感情を映した表情を浮かべたところで。



 「誰の受け売りだヒロ?」


 バレバレであった。

 仕方無い、エドワードとの付き合いも長いのだから。


 そしてバレバレと言えば、もうひとつ。

 ティムルの、あるいは両京職の主張がまとまるなどとは思えないのであって。


 だからミカエル・シャガールは困り顔を見せているのだ。

 使者に罪が無いことなど誰しも分かっているけれど、鬱憤をぶつける場所も他に無いのだから。

 中流貴族、六位蔵人とはつらい職責である……以上においしいんだよなあ、蔵人ってのは。

 だからこれぐらいは我慢してもらうとして、と思ったあたりで。おもむろに口を開いていた。



 「皆さま貴族である以上、発言は自由になされるべきこと、お願い申しあげたく……」


 民主主義なら自由委任とかナシオン主権とか言うアレとパラレルな問題意識である。それとて元は政治家が貴族だから生まれた発想なんだけども。

 「後ろに抱えている家やら党派やら利権やら、あなた方はそうした小さな団体の代表ではない。いち公人として、国を代表する貴族として、自由に正論を戦わせてほしい」と、まあ。言いたいのはそういうこと。



 「それを念押しするから嫌われるのさ、ミカエル君? 僕から説明するよ」


 そしてシメイが言うことにゃ。

  

 エミール、クリスチアン、アルバートはティムルの上司としてこの場にある。

 そのティムルは検非違使庁の、ユースフは右京職の、左京大進は左京職の代表。

 ことが刑事に関わるので、周一・夕陽は裁判所の代表。刑部少輔を添えて。

 ミカエルは聴取役、司会にしてシメイは潤滑油。フィリップは近衛府の書記官。

 俺、イーサン、エドワードにヴァスコは謹慎中の中隊長の代わり。



 「中隊長の代わりに出す小隊長としては、若手に偏っているけれど?」

 

 「そこから先まで口にしては、ミカエル君の言葉を無碍にすることになるだろう?」

 

 自由委任の理想にもとる、と。

 だがおよそ物事には建前の他に本音があるわけで。勢力図から物を言うならば。


 インディーズから俺、フィリップ、シメイにエメ。

 トワからイーサン、クリスチアン、エミール、アルバート。

 で、メルとキュビ。

 

 ところがこれを内朝系――外朝系の切り口で見ると、エミールがややインディーズに寄って来る。

 軍部という観点から見ると、インディーズにはメル・キュビが加わり立花系が遠くなる。


 縦糸横糸が複雑に絡み合っている。それどころか斜めの糸……って、そんなの織物にあったっけ?刺繍入りってことにしておくかと、中空を見上げたところで。

 刺繍と言えば。ことが刑事・警察なので後宮が関わらないのが救いだが。



 「しかし色気の無いことだ、そう思わないかい?」

 

 「そうだねシメイ君」


 らしくもない軽口を叩くイーサン。テカテカツヤツヤしている。

 楽しくて仕方無いんだな、この状況が。



 だが立場の弱い令外官、「乞食芝居」の検非違使庁は楽しんでなどいられない。

 統廃合に一番の危機感を抱いている部署なのだから。

 大尉たいじょうのティムル・ベンサム、さっそく口火を切っていた。


 「検非違使庁は本来、貨幣・財産にまつわる犯罪を解決するための部署です。通貨偽造や横領・詐欺、強盗事件などが我らの職務。暗殺事件や治安維持といった公安マターについて責任を問われるのは筋違いですが、お任せくださるなら解決してご覧に入れます。組織と予算を拡充していただくことが絶対条件となりますが」

 

 圧倒的な摘発率を誇る特別警察の長官は、渾身の気合を膨らませていた。

 とっくに公安マターに首を突っ込んでいるくせに、よくも平然と言うことで。

 


 と、横合いから耳に響くは、冷えた声。


 「立花典侍(ないしのすけ)さま暗殺未遂事件。その犯人を摘発したのは我ら右京職であること、皆さまよもやお忘れではございますまい?」


 ユースフ・ヘクマチアルめ、わざわざ俺に向かって首を曲げていた。

 

 

 「右京民乱が未解明である点はどう説明なさるおつもりか? 翻って我ら左京職、管轄内の秩序には一点の翳りすら生ぜしめてはおりません! そもそも警察組織が無駄飯食いと嘲られる、それこそ平和の証。軍部の皆さまには分かっていただけるはずです」

 

 手柄無き左京大進の声はやや焦り気味ではあったが、それでも口の回ること。

 かみ・すけを相手に機嫌を取っては駆けずり回りの、これまたひとかどの官僚だもの。

 

 

 言い合いの言葉が尽きたと思ったら、三者三様に睨み合いを始めた。

 比喩ではない。気合負けできない場面なのだ。

 何せ現場レベルは手柄を競い合うライバル関係、それどころかマフィアと警察、宿敵だから。


 このまま統廃合しようものなら、血を見ることになる。断言できる。

 さて、どうするか……。 



 「意見はそれだけかな? 僕ら下がまとまらなければ、上はその意向を無視してことを進めるだろうが、それで構わないと?」


 イーサンの言葉の軽いこと、その存在の重いこと。

 それでも自分を「下」に位置づけるあたり、まだ好意的と言わなくちゃいけないけれど。



 「かみの決定には従います」


 ユースフめ、いけしゃあしゃあと。ヘクマチアルが実権を手放すはずがない。


 「治安維持を軍部に委ねるとおっしゃる?」


 ティムルはティムルで、両京職は役立たずとまで言い放ちやがった。

 警察が組織の体を為さなくなれば、都の治安はキュビ・メル、そして兵部省次第ということになるけれど。それは上流貴族には受け容れ難い事態だ。


 改めて理解した。

 ユースフとティムル、右京職と検非違使庁が臍を曲げれば都の秩序は崩壊する。

 左京職? 申し訳ないが、左京は貴族がそれぞれ自警すれば治まる。 



 「お言葉が過ぎましょう!」


 イーサンへの無礼を見過ごしにはできないって? 

 その気持ちは買うさ、アロン・スミスよ。

 でも同じ家格じゃ年季の違うベテランには勝てないって。


 ほら、睨み合ってる三十男ども、一瞥もくれようとはしない。

 これじゃ埒が明かないけど……。



 「とりあえず今日はここまで。各自持ち帰りってことで。そう言えば分かってくれると思うけど」


 間延びしたシメイの声。

 どうせ根回し、多数派工作になるんだから。いま睨み合っても仕方あるまいと。


 「これも分かってくれると思うが、血なまぐさいのはゴメンだよ。そうだろう、小隊長諸君?」


 暗殺だの暴力だのは禁じ手だぞと。

 そちらに手を染めれば上流貴族全員が敵に回ると。でもさあ。


 「てめえも近衛小隊長だってことを忘れてるんじゃないか、シメイ?」


 仲の良いエドワードはあえて口に出すけれど、そこはまあ。


 「立花だからねえ」

 

 「そういうことさ」

  

 だからシメイ、それを自分で言うなっての!

エミール:宮殿・城郭建設を得意とするバルベルグ家の公達。

クリスチアン:産業の管理運営を得意とするノーフォーク家公達。

アルバート:港湾インフラを得意とするセシル家の公達。

イーサン:財務・フロー財の管理運営を得意とするデクスター家の公達。

エドワード:「武のキュビ家」氏長者キュビ侯爵の庶子。

ヴァスコ:「武のメル家」の傍流の若者。

ティムル・ベンサム:特別警察である検非違使庁、その長官である大尉。

ユースフ・ヘクマチアル:右京職(≒都知事、警視庁長官)の次男。

ムーサ:同三男。

シメイ:「文の立花」家、その当主の甥。

周一:王国法曹ご三家の一角・夕陽家、その直系の若者。

刑部少輔:法務官僚。

ミカエル・シャガール:叩き上げの優秀な官僚。30手前。

フィリップ・ヴァロワ:軍人貴族。アレックスの長兄。


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