第二十三話 決闘 その3
で、詩の勉強を始めたわけだが……。
俺はすぐに、先の言葉を後悔することとなった。
アリエルに全てを丸投げしたくなった。
なぜって?……思い出してほしい。
俺の「詩藻」が千早とフィリアに評価されるに至った経緯を。
そう、成長期前の体に、「はぐれ大足」の頭蓋骨から作られたかぶとをかぶり、真っ黒なローブを着込んだ上で……。
「闇の(ry」
である。
これが真正面からの好評を博するのが、この異世界、この王国の文学観である。
こと文学に関する限り、「厨二王国」なのだ。
もちろん、俺が元いた世界、日本の感覚から見ても受け入れやすい詩だっていくらでもあるのだが……。
「古典」とか「スタンダード」と言われている詩は、ことごとく「厨二」。
どうにも勉強がはかどらない。
さて、決闘を申し込んだ翌日。
早くもジャック・ゴードンから俺とレイナに通達があった。
「決闘は明日放課後とする!クラスメイトに『詩の題材』と『詩の構成』について一枚ずつ書いてもらった。それをこの二つの箱に入れてある。当日は、それぞれの箱から一枚ずつを俺が引き、その二つのテーマに合わせた詩を書いてもらう。」
つまり、こういうことだ。
「詩の題材」として「春」、「詩の構成」として「三行で」が得られたなら、「三行で春の詩を書け」という出題になる。
「審査員は三人。公平を期するため、決闘直前まで両者とその介添えには伝えない。異議はあるか?」
「ないわ。」
俺も異議なし。
「良し、それでは明日、この教室で!」
……あっという間に、その時はやってきた。
放課後。
同級生たちが、一斉に消えてゆく。
教室に残ったのは、決闘の当事者である俺とレイナ。
そして、その介添えである、フィリアに千早と、おいしいところを見逃さないことには定評のあるスヌーク・ハニガン。レイナの介添人を勝手に名乗り出てきたのだ。
すぐにジャック・ゴードンが教室に顔を出し、階段教室へと俺達を案内する。
部屋の扉を開けると、そこは熱狂の渦。
クラスメイトだけではない。上級生も多い。
先生も何人か、見に来ている。特別にあつらえられた桟敷席に鎮座ましましている。
誰だよ、ここまで念入りな根回しとセッティングをした阿呆は。
無駄に仕事をしやがって。優秀な事務能力といい、これだから官僚予備軍は!
関係者一同、壇上に登る。
異能の「大音」に乗せた、ジャックの挨拶が始まった。
「紳士淑女の皆さん!ここに決闘が行われる!決闘を申し込んだのは、『死霊術師』のヒロ!女性の名誉のために立ち上がった!決闘を受けたのは、『級長』の玲奈・ド・ラ・立花!淑女らしく、詩によって勝負を決することを選んだ!」
「この勝負を預かるのは私、『歌手』のジャック・ゴードン。その権限において選んだ三人の審査委員を紹介しよう!」
「まずは、『作家』のクリスティーネ・ゴードン!恋愛小説界における若手の旗頭だ。」
「続いては、公平を期すべく、クリスティーネとは全く逆の属性を持つ人物を選んだ。庶民の男性で、文学への関心がやや薄い、『説法師』のマグナム。彼の心を動かすことができれば、その詩は本物だ!」
「審査委員長は、『女神さま』にお願いする!……形式的には、その託宣を告げる存在だが……。『ゴーレム』の、超時空妖怪・鉄腕ラスカル初号機だ!」
うかつだった。
あの駄女神のヤツが、こんな面白そうなイベントに首を突っ込まないはずがなかったのだ。
畜生!いやマジで畜生だけど畜生!
「ルールについては、皆さんご存知の通り。勝負は三本で行われる。」
「詩の読み上げは、公平を期するために、マリア・クロウにお願いした。」
(後で聞いたことだが、読み上げも担当しようとする音痴のジャックを、みんなが必死で止めたのだそうだ。「主催者なんだし、司会に専念してほしい。」という言葉により、しぶしぶ引き退がったとか。)
「双方、決闘者と立会人に、何か異議はあるか?」
「「異議なし。」」
「よし、それでは早速、決闘を始める!」
「一本目のお題は、こちらだ!」
二つの箱を探って、ジャックが札を引き出した。
「『恋』を『古典の技法で』。」
最悪である。
詠んだこともない「恋」について、「厨二たっぷりに」歌い上げろと?
しかし棄権するわけにはいかない。無理やりに作り上げる。
……申し訳ないが、一本目の作品については、掲載を拒否させてもらう。
こんな物がまかり間違って日本に流れ着いたりでもしたら、末代までの恥だから。
マリア・クロウによる詩の読み上げ。ウグイス嬢に選ばれるだけあって、耳に快い。
……読み上げられているのが、俺の駄文でさえなければ。
続いてレイナの詩が読み上げられる。
(読み上げの段階では、どちらが作ったものかは明かされてはいないけれど。)
素晴らしい名作だということは、審査を待つまでもなく理解できた。
……聞いているだけでも、痛々しさに面を伏せずにはいられないのだから。
審査結果は、当然ながら、3-0でレイナの圧勝。
「情けないわね、ヒロ!次も苦吟するようだったら、あたしが書くからね!」
ええい知るか!次だ次!
「二本目は、こちらだ!『旅路』を『斬新な手法で』。」
「やだ!あたし、最新のトレンドは把握してない!どうしよう?」
勢い込んでいたアリエルが慌てている。
いや待て、この出題ならば俺にも勝ちの目がある。
レイナだって顔をしかめているではないか。
「なあアリエル。『○○○○』って手法は、この世界に存在するか?」
「○○○○?知らないわ、そんなの。」
よし!……あの名作を!
流れに口を漱げど
苦き嘆きは残り
縛り付ける背の荷、食い込むは縄
大空には慈悲なき日輪が
遥かに続くは胸を突く坂、おお
馬鹿者とひとは評せしも
寝るはかつて栄華を誇りし堂宇
坐して眺むるは先人の残せし詩碑
この喜びを何に換えよと?
遠き道のりはいまだ半ば。いかに足を止めんぞやは
遠くここまで追い来たりし友よ、ああ
はや引き返せ、我が心は旅路にあり
無駄ぞ、友よ。忠言、いずくんぞ我をさまたげんや
見送れ、我が遠ざかる背を。止めてくれるな
やさしきひとよ、思え、もとよりこそ許されざる恋なりし
これよりは、いかんぞ相い見えることのかなわんやと
中身は適当でいい。大事なのは手法だ。
そう思っていたのだが、最近知ったエピソードに引き寄せられてしまったかもしれない。
アリエルが目を逸らす。
「残酷ね。ううん、いいの、分かってる。文学ってのは残酷なものよ。心を切り裂いて生まれてくるものなんだから。」
先に読み上げられたのは、レイナの詩。
やはり見事なできだと思う。厨二度を必死に薄めてある分だけ、俺でも穏やかな気持ちで聞くことができる作品であった。
……が、その分だけ、審査員にはやや不評だった模様。
俺の詩についても、クリスティーネとマグナムは、なんとも微妙な評価を下していた。
旅路と言えば旅路だけど、だから何?という感じ。
会場がざわつき始める。ギャラリーもどっちに軍配を上げるか、迷っている。
そんな空気の中、女神の代理人、超時空妖怪・鉄腕ラスカル初号機が口を開いた。
「これ、『縦読み』でしょ?文の最初の一字と最後の一字を、縦に読む。『なにしおはば いざこととはむ みやこどり わがおもうひとは ありやなしやと』。」
「そうだったのか!こんな手法は初めて見た!」
本をめくりながらマグナムが叫ぶ。
几帳面な努力家のマグナム、審査員席にも、当然の如く詩作に関する参考書を持ち込んでいたのだ。
「横に書かれた詩で、全てを振り捨て勇ましく旅路をゆく男性の姿を。しかして縦に書かれた詩では、都に残した女性を思う心を。これは見事!」
さすがにクリスティーネ。さらに内容にまで踏みこんだ評価を下す。
会場がどっと沸いた。
今度はレイナが面を伏せている。
二本目は、3-0で俺の勝利であった。
いや、古代より続く折句の伝統とネットジャーゴンの『縦読み』、日本の文化が勝利したのだ。
「両者譲らず、共に一本ずつを取ったか。見事なり!さあ、勝負を決める三本目は、こちらだ!」
ジャックが箱に手を入れる。ややあって、二枚の札が現れる。
「『名誉』を『自由に』。」
「これは……この決闘の最後を飾るに相応しい出題ではないか!諸君!」
大歓声の中、三本目の勝負が始まった。
「ヒロ、二本目は見事だった。もううるさいことは言わないわ。あなたを認める。好きに書きなさい。」
アリエルが、俺の肩に手を置く。
レイナが、伏せていた顔を上げた。空を見上げ、推敲を始めた模様。
フィリアが、千早が、俺を見ている。
「名誉」、か。
「名誉の重さ」というものを、俺はこっちの世界に来て、初めて知った。
あのエピソードしか、題材は思いつかない。
ペンを握り締める。
一気に言葉が流れ出てきた。




