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第二十三話 決闘 その2

 

 レイナと、詩による決闘をすることになったわけだが……。

 言っておくべきことがある。

 

 俺は、決してレイナに隔意を抱いてはいない。

 むしろ、好ましい少女として眺めていた。


 

 王国貴族の四大氏族、「文の立花」の直系である玲奈(レイナ)・ド・ラ・立花(タチバナ)

 経済的には、かなり苦しいようだ。

 アリエルの言葉から想像するに、お父さんが無軌道で、経済や家計が分からない人なのだろう。



 それでもレイナは、決してへこたれることがない。

 


 普通、貴族令嬢のアルバイトと言えば、家庭教師と相場は決まっている。

 

 没落して家計が苦しく、自活しなければならないとしても。それでも女性の、まして貴族が労働をするわけにはいかないのが、貴族社会である。

 だから、「従業員」ではなくて「先生」になる。「お給料」ではなくて「お月謝」をもらう。プライドと生活の、ギリギリのせめぎあいが、そこにはあるのだ。


 教養や学力の点では、若くてもレイナは一流。子供の家庭教師にはもったいないぐらいの能力を備えているのだが……。

 しかし、レイナは家庭教師になることもできない。


 家庭教師を引き受けてしまえば、「立花家は、そこまで落ちぶれたのか」という話になってしまうから。

 繰り返すが、仮にも四大氏族の一角、その直系なのだ。

 苦しくても、苦しい様子を見せるわけにはいかない。


 しかたないので、レイナは、学園内で働いている。


 学園の級長を勤め、その他雑務も積極的にこなしていく。その手数料と礼金、そして学校側からの、いわばお小遣い。それによって、自分の学費その他を賄っていく。

 これならば、「人が嫌がる仕事を、積極的に勤め上げる/人々の先頭に立つ」という「ノブレス・オブリージュ」の言い訳が立つ。

 学園内部の話なので、外で「立花家は……」などと言われることもない。



 さて、「けなげ系少女」がいるならば、「嫌味なお嬢様」・「悪役令嬢」がいてもおかしくはないのだが……。


 ライバルと目されているフィリアには、そういう下種なところはない。

 立花の家の勢い、立花家の家計の事情、レイナのけなげな仕事ぶり。それを会話に上せるようなことは、これまでもこの事件の後も、一切なかった。

 フィリアとて、四大氏族の直系である。それも「武のメル家」の。実務や経済・経営に対する軽蔑という視線を、そもそも持っていないのだ。

 いや、それ以上に、フィリアの精神のありようの問題であろう。

 必死に学ぶレイナの姿をあざわらうような卑しさを、フィリアは持ち合わせていない。



 それでも、「嫌味なお嬢様」がいることにはいたらしい。

 日本だってどこだって、小学校や中学校では「イジメ」に類することはある。

 成績優秀なレイナは、さぞまぶしく見えたのであろう。いろいろな「言葉の暴力」があったとかなかったとか。


 (なお、学園では、演習やら決闘やらは別として、「物理的な暴力行為」は厳しく禁止されている。戦闘民族の梁山泊であるがゆえに、人死にすら出かねないから。その辺りの事情は生徒も知悉しており、みな自重している。)

 

 だがしかし……。

 レイナに嫌味など言おうものならば、立花家伝来の名刀「言葉のナイフ」が、抜き手も見せずに翻ることとなる。

 プライドを打ち砕く鋭い舌鋒によって人格の存立が危うくなるほど心を傷つけられ、人間関係を操る巧妙な修辞によってクラス内の立場まで容赦なく奪われて、ヘタをすれば不登校からの自主退学コンボにまで追い込まれるのがオチであった。


 つまるところ、クラスで一番の「悪役令嬢」もまた、レイナなのだ。



 「けなげ系少女」兼「悪役令嬢」。

 キャラがぶれているわけではない。この二つを高いレベルで統合しているのが、玲奈・ド・ラ・立花そのひとなのである。


 「キャラが濃いわねえ。さすがは立花の人間としか言いようがないわ。」

 この事件の前にも、アリエルが感嘆していた。 



 レイナのことはいったん措こう。


 決闘を申し込んだその日、熱狂が冷めたその後の空気は、なんとも微妙なものとなった。

 レイナとはもちろん顔を合わせられない。

 フィリアもこちらを見ようとしない。千早はフィリアのそばについている。

 クラスメイトもあえて知らぬ振り。


 放課後、レイナが真っ先に席を立った。

 これはある意味、いつものこと。級長としての仕事、その他雑務と言う名のバイトがあるから。


 次いで、ジャック・ゴードンが席を立った。

 それに続いて、クラスメイトが去って行く。


 残ったのは、俺と、フィリアと、千早。

 そうなったところで、やっとフィリアがこっちを向く。


 「ヒロさんのバカ!」

 真っ赤になっている。

 「名誉のためと言っても、決闘を申し込む人がどこにいますか!負けたらどうするんですか!」

 いつにない取り乱しようだ。

 「バカ」って、そんな直截な言い方をされたのも、これが初めて。


 「勝てばいいんだろ?」

 そんな態度を示された男は、こう言うしかないのである。

 ウソでも、カラ元気でも、堂々と。目を逸らさずに。


 フィリアの顔が、ますます赤くなった。


 それにつれて、千早の顔も、なぜか不機嫌の度を増していく。

 ややあって、口を開く。その内容には、不機嫌さはない。

 「詩は、レイナ殿が最も得意とする分野にござる。いくらヒロ殿が詩藻に優れていると申しても、如何にして勝ちを収むるつもりにござるや?」


 「まずは、詩集を読むところからだな。どんな詩が『優れている』かを知らなければ、お話にならないから。」

 

 「ヒロ、私の出番ね。」

 アリエルが口を挟む。

 「私が全部作っちゃうわ!任せて!」


 「いやアリエル、ありがたい申し出だけど、自分でやろうと思う。決闘を申し込んだのは俺だから。」


 「あ゛あ゛ん゛?」

 これまでにないほど、凶悪な重低音による回答。

 抜き身の双剣を、俺の首筋に擬する。


 「ヒロ、私はあなたの部下じゃない。対等の契約者よ。言う事聞かせたければ『腕』や『格』を見せてからにすることね?ただカッコつけるだけじゃなくて。……立花の宗家。その跡取りと詩でバトル!こんなオイシイ話を私から奪おうなんて、絶対に認めないんだから!」


 「分かった。手伝ってもらう。それでいいだろう?」


 「まあ取りあえずは、それで良しとしとくわ。ただ、負けそうになったら問答無用で私が出るからね!止めようたってそうは行かないんだから!」


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