第二十三話 決闘 その1
翌日から、早速授業が始まった。
国語・数学・理科・社会……
そこは日本とあまり変わらない。
ただ、どちらかといえば実践教育に軸足が乗っている、というイメージだ。
たとえば数学。
高等数学は少ないが、簿記のような内容が含まれている。
あるいは、「騎兵1000、歩兵2000、輜重車も随伴している状態で、戦闘をするために部隊を展開するのに最低限必要な面積を求めよ。」みたいな内容。
計算式の立て方さえ知っておけば苦労しないが……という問題の数々。
要は、「この世界での常識」がないとキツイけれど、それさえ知っておけば小学生でも解ける、というイメージである。
あらかじめ、多少の予習はしておいたので、当座は問題なさそうだ。
中等部からの編入学者は、初等部からの持ち上がりメンバーに比べると人数が少ないので、多少注目されるところがある。まして教育水準という点では、基本的には貴族の方が庶民よりは高い社会。
「庶民の割には、けっこうやるな」という視線を感じる。
数学が苦手な人が多いのはこの世界も同じ。一方、日本の教育水準は世界に冠たるものなわけで。こと数学に関する限りは、俺は悠々トップクラスであった(実は他の科目も、けっこうできはいい方だ)。
……中身は大学生だったわけで、中一相手にトップを取っても自慢にはならないけれど。
やはりフィリアは優秀だった。
当人同士は認めていないけれど、周囲からはライバルと目されているレイナも、その評価に恥じぬ優秀さ。特に文系・芸術系に強い。さすがは「文の立花」である。
千早はそつなくこなしている、という感じ。
マグナムはきっちり堅実。豪快な見た目とは違って、かなり几帳面そうだ。努力の人、というイメージ。
ノブレスは……居眠り連発、当てられれば答えられない。で、叱られる。うん、予想通り。
予想通りと言えば、ノブレス・ノービスの二人の友人である。
体の大きいほうが、ジャック・ゴードン。小さいほうが、スヌーク・ハニガン。
ジャックは乱暴者。スヌークはその名の通り、人を小馬鹿にする嫌なヤツ。
ジャックの異能は「大音(大声)」で、名乗りが「歌手」。妹はクリスチーネ。ああ、やっぱりか。
意外だったのは、スヌークの名乗りが騎士だということぐらい。
騎士、盾騎士、近衛兵、衛士、パラディン、ホワイトナイト、ホーリーナイト……。
こういった名乗りは、「前線で体を張る、盾役を得意とする」という意味を持つ。
「ジャック殿はひどい音痴。スヌーク殿は体格に優れず、汚れ仕事を嫌う。あの二人は名乗りを変える方が良いと思うのでござるがなあ。」
とは、千早の言。
ジャックのほうは、学業の成績はあまり良くない。ただ、武術はできる。メイスを得意とする。
メイスが金属バットにしか見えないということは、付言しておかねばなるまい。
性格は、期待通りのガキ大将気質。
家名を持つ貴族らしく、リーダーシップを発揮しようという意識はしっかりしている。
スヌークは……これが意外と、努力家であった。
朝など、レイピアの型稽古をしている。
顔を合わせても挨拶もしないし、見られるのを嫌うのか、場所を変えたりするが、努力は重ねている。
ただ……騎士を名乗るなら、重い武器を使って、腕力を鍛える方が大事なんじゃないかとは思うんだけど。
スヌークは学業もよくできる方だった。
積極的に挙手するのが一番の特徴。
千早は「汚れ仕事を嫌う」と言っていたが、こと学業方面では、それは当てはまらない。
誰もがしり込みするような難問を出された時にも、果敢に挙手をして挑戦する。食い下がる。
彼もこの学園で何かを得るべく、必死なのだろう。
ある日のこと。
数学で、当てられたレイナが珍しくミスをし、次に当てられた俺が正解を答えた。
休み時間、フィリアと千早に、話しかけられる。
「ヒロ殿はよくできるでござるなあ。重い記憶喪失とは思えぬでござる。」
「本当に数字には強いですね。お義兄さまのご期待通りです。」
そんなつもりはなかったが、当てこすられた、馬鹿にされたと感じたのかもしれない。
能力政におけるエリートにかかるプレッシャーというものを忘れて、暢気な会話をしていたのがいけなかったのかもしれない。
俺達のほうを横目に見ながら、レイナが口を開いた。
「取り入る男を喜ぶのがメルの家の流儀なのかしら。顔が取り柄の将軍様に比べて、こちらはだいぶ落ちるけど。」
教室が静まり返る。
さすがは「文の立花」家の令嬢、玲奈・立花。
言葉のナイフはキレッキレ。
フィリアがものすごい形相でそちらを振り向こうとしたが……幸いにして、彼女はちょうど俺の陰にいた。レイナからは見えていない。
その顔を見せるだけで負けだ。
と、そんなことを思えるようになったのは、余裕が出た後のことで……。
実は、俺も怒りを我慢できずに振り向いていたのであった。
「今の言葉を訂正しろ!俺はともかく、フィリアとアレクサンドル様・ソフィア様への侮辱は許せん!」
しまった、言い過ぎた、という焦りを一瞬眉宇に表したレイナであったが……。
こうなっては売り言葉に買い言葉。
どれほど優秀でも、13歳では引っ込みも収まりもつけられない。
「訂正しなければどうなさると?」
言い返してきた。傲然と胸を張って。
ぐっ!
今度はこちらが焦る番だ。
何せ能力政でありつつも貴族政の社会。男であれば、「決闘だ!」で済むわけだが……。
相手は女子。それも、クラスでも一番体格が小さく、武術を得意としていない女子である。
そんな相手に「決闘だ!」などと言ったら、今度はこっちが非難される。
しかし。人間というもの、追い詰められると、意外と活路を見出せるものらしい。
間髪入れず、俺も叫んでいた。
「決闘を申し込む!」
クラスがざわついた。
「言っちゃったよ」「どうすんだよ」という空気が満ちてゆく。
「ただし、何によって勝負をつけるかは、そちらに決定してもらおう!」
クラスの空気が爆発した。
「新入生、やりやがった!」
「レイナ、これは一本取られたわね。」
ここは俺の勝ち。
レイナが真っ赤になった。
「分かりました。紳士的なお申し出に感謝します。これは遠慮するほうが無礼に当たるというもの。詩によって勝負をつけさせてもらいます!」
クラスは大騒ぎ。
「レイナ、大人げないよ!」
「ヒロのヤツ、追い詰めすぎだって。レイナが引っ込みつかなくなったじゃん。」
「ヒロ君、大丈夫か。メル家にも関わるんだぞ。」
「さあ、どっちに賭ける!」
「良く言ったあ!」
クラスの喧騒を収めたのは、ジャック・ゴードン。
異能の大音により、窓のガラスが震える。クラスの皆が耳を塞ぐ。
「友の名誉・女性の名誉のために決闘を申し込むとは見上げた精神!真っ向から決闘を受ける、これもまた貴族の行い!不肖このジャック・ゴードンが試合を預かる!家名に、父の名にかけて!決闘の詳細な内容については、近日中に双方に伝える。それでよろしいな!」
文房具が飛び交い、怒号がこだまする。
クラスの空気は、もう誰にも収めようがなくなっていた。