第二十二話 入学 その2
ノブレスには、手持ちの霊が二体いることを告げた。
「すまない、どんな霊か、詳細は教えられないんだ。一体は剣士だ、ということでいいかな。」
「別に構わないよ。異能の『手の内』でしょ?さらすほうがマズイよ、それ。」
あくる日一日を寮で過ごした。
朝起きて、走り込みと素振り。想像通りであったが、やはり同じようにトレーニングに励んでいる生徒は多い。
なお、ノブレスはぐっすりとお寝み。
しかし「ノブレス・ノービス」?
「ノブレス」って、「貴人」って意味だろう?
「ノービス」って、「初心者」とか、「一般人」的な意味だよな?
ノブレス・ノービスって、「貴人・遍人」……そんな名前ってアリなのか?
それ以上に。
机の引き出しから飛び出してきたゴーレムの寄宿先が、「ノブレス・ノービス」。
この響きが気になる。
おいまさか……。
鍛錬棒を部屋に置きに戻るついでに、ラスカルを通じて女神に尋ねる。
「人間を作り出すなんて、そんな権能は無いし、畏れ多くてできないよ。偶然、いい感じの名前の子がいたから、ワルのりしただけだって!」
やっぱりワルのりしてやがったか。
「それにしても、あんたに『畏れ』なんて感情があったとはね。その方が驚きだよ。」
「いったい君は私のことをどう思っているんだい?」
「ひとつ、はっきりしたことがある。畏れという感情、人間を作りだせないという事実から見て、あんたは主神じゃない。聖神教では、悪魔とか精霊って言われてるんだろ?ちんちくりんだし、妖精、案外妖怪扱いだったりして。」
「フシャー!」
ラスカルがねこパンチをかましてきた。タヌキだけど。いずれにせよ大した威力ではない。
「ぐっ!偵察用と考えて、武装をつけなかったのが失敗だったか!」
やっぱり詰めが甘いんだよなあ、この女神。おかげで助かった。
ラスカルとじゃれあいながら廊下に出てくると、寮監の塚原先生と目が合った。
「おはようございます。」
「おはよう、朝から精が出るな。」
トレーニングを観察していた模様。
「直接君たちの生活に関わることはあまりない」と言っていたけれど、目配りはきっちりとしてくれているようだ。
「ああ、風呂だが。東隣の大地に湧いている温泉から湯を引いているから、いつでも入れるぞ。」
「それは助かります!」
「だろう?」
塚原先生の顔がほころんだ。このひとも風呂好きなのだろうか。
早速汗を流しにいくこととする。
風呂には、先客がいた。
随分と体が大きい。アメフト選手みたいだ。先輩だろうか。
「おはようございます。今度入学する、ヒロと言います。」
「あ、おはようございます。私も今度1年生に上がる、マグナムです。……新しく入寮してきた人?敬語はやめにしようぜ。」
「そうさせてもらうよ。先輩かと思っちゃったんだ。」
「よく言われる。何せ俺は体が大きいからさ。でも、上級生はそれぞれのフロアの風呂に入っているから、鉢合わせする事はないぜ。」
そう言えばそうだった。
「俺はカンヌ州の出身で、平民さ。身元保証はカンヌ州カキサワカ市の市長名義。説法師で、ガンナーだ。」
「俺は……記憶喪失で、ギュンメル伯領、クマロイ村で保護された。身元保証人はアレクサンドル・ド・メル様。死霊術師だ。」
「へえ……死霊術師か。今は霊を連れて来ていないみたいだけど?」
「さすがに遠慮させたよ。」
「学生寮ならではだよな。外だったら、近くに控えさせとかないわけにはいかないよなあ。」
常在戦場。そういう社会なのか、ここの生徒がそういう立場の人間なのか。
「ガンナーってことは、ノブレスと一緒かい?」
「ノブレスとは……ああ、同室なのか。少し違うけど、まあ、遠距離攻撃って意味では同じかな。俺はボウガンじゃなくて、銃を使う。霊能があるからな。あと、あいつは足を止めての精密射撃が身上だけど、俺は走り回ってばら撒く方が得意だ。近距離ではナイフも使う。」
堂々たる体格、霊能によるレバレッジもかかった体力、銃とナイフ。
俺が住んでいた現代社会であってもエリート兵士になるであろうこと間違いなしの男、それがマグナムであった。
体を洗いつつ、会話を続ける。
「しかしスゴイ体だなあ。よっぽど鍛錬を積んだんだね。」
マグナムの褐色の顔がほころぶ。年相応の少年の顔だった。
「鍛錬しないとどうしようもないのさ。説法師としての能力が低いからな。」
自嘲ではない。自覚した上で、それを克服すべく、努力している者が口にする言葉である。
この少年、大きいのは体格だけではない。それを感じさせるひと言であった。
そう、大きいのは体格だけではなかった。
マグナムのマグナムは、マグナムであった。
部屋に戻ると、ノブレスの姿が無い。
朝食を摂りに行ったのだろう。
俺も朝飯にするか。
食堂の前で、フィリアと千早に後ろから声をかけられた。
「さっそく鍛錬とは、感心でござるな。」
「見てたの?」
「私たちの前を走っていましたから。」
やっぱりちゃんと鍛錬しているんだな、二人も。
朝食を摂りながら、話をする。
「説法師、浄霊師、死霊術師以外にも、いろいろな異能があるんだね?」
「さようでござる。ただ、説明するとなると、少々ややこしいでござるが……。」
「説法師、浄霊師、死霊術師などは、その名称によって『異能のひとつとしての、霊能がある』ことを示すためのものと言えるでござる。それ以外にも異能はあるでござるが……。『名乗り』は、それとは別物でござるよ。『名乗り』は、『自分は何が得意なのか』を説明しているだけの意味しかござらん。何をどう名乗っても良いのでござる。」
「たとえば、刀剣を得意とするのであれば、剣士、侍、グラディエイター。またあるいはセイバー、剣聖、ソードマスター……何を名乗っても良いのですが、その名乗りは『剣が得意だ』ということを示すに過ぎません。」
「示すに過ぎぬと言っても、名乗りに恥じぬ、素晴らしい使い手が多い事も事実。つまりは、名前倒れやも知れぬし、名実が一致しているやもしれぬし、謙遜やも知れぬ。名乗る側も名乗られる側も、そこは意識しておく必要があるのでござるよ。」
「『銃士』は、銃やボウガンが得意、ということを示すものですね。それに対して、『ゴーレムマスター』は、異能を示すものと言えます。アリエルさんの『詩人』も『名乗り』ですね。詩が得意だ、と言っているわけです。」
「ややこしいねえ。」
「その点、説法師、浄霊師、死霊術師などの異能は便利でござる。何ならそれだけで説明を済ませてしまっても良いでござるゆえ。」
「まあでも、『名乗り』は、それを話のきっかけにする、ということもできますし。」
「異能や名乗りに関する話題は、話に花を咲かせやすいでござるしなあ。」
どうやら学園は、戦闘民族の梁山泊であるようだ。
明けて、入学式。
正門から正面に入ったところにある、講堂で行われた。
各自、好きなところに座る。
どこにいてもすぐ分かる、マグナムがいた。席が小さくて窮屈そうにしている。
セーラー服を着た、レイナがいた。目が合ったら、ぷいっとそっぽを向かれてしまったが。
ノブレスがいた。大柄な少年と、小柄な少年と、三人連れで。分かっていたさ、そういうことになるんだろうなあってことは。
国歌斉唱。
理事長からの挨拶。
「……本学園の建学の精神は、学ばんとする真摯な思いに応え、優れた才能を開花させ、次代の国家を担う若者達の切磋琢磨と交流を促さんとするところにあります。……この精神に深く理解を示してくださった国王陛下のお声がかりのもと、中央政府、また極東道政府や征北大将軍府、そして聖神教や天真会、貴族や有徳の紳士の皆様のご協賛によって、本学園は支えられております。……生徒諸君におかれては、その意義を自覚され、長じては国家の期待に応える有意の人材を目指すべく、自らを高める努力を重ねていただきたく思います。」
国家のためにある学園。あちこちからお金を出してもらってる。お前らガンバレ。
三行でまとめるとそういうことですね、分かります。
続いて、体の大きな、覇気に溢れた老人が壇上に現れた。
このひとが学園長か。いかにも似つかわしい。
「この三年間は、非常に貴重なものとなる。何はばかることなく己を磨くことのできる三年間であり、諸君の将来に大きな影響を与える三年間であるということを、私はここに断言する。よく動き、よく学び、よく遊んでくれ。そのことだけを私は痛切に希望する。私達教員は、全力で諸君をサポートする。遠慮なくぶつかってきてほしい。以上!」
割れんばかりの大音声で述べられた挨拶。そしてその内容。学園の雰囲気がうかがい知れる。
身のうちに力がみなぎってくるように感じた。
俺もだいぶ13歳の自分に、馴染み始めてしまったみたいだ。