第二百七十二話 第八章のエピローグ&第九章のプロローグ
コミックス版『異世界王朝物語』(文藝春秋社)、ピッコマにて連載中です。
ご覧いただきたく、なにとぞお願い申し上げます。
この年の上半期から初秋にかけては、俺にとって幸せな時期であった。
官位は上がる、宗教界との協力により領内の整備は進む。
官職の面でも、式部省に散位寮を、「縄張り」を作れることが確定した。
名誉であるのみならず、そちらに押し込んだ郎党の給与を政府から出してもらえる。支出の大幅減を見込める。
何せ、磐森は領邦ではなく采邑である。政府と税収を分け合う制度の中にある。
収入増加は(、それはもちろん嬉しいけれど)、納税額の増加にも直結する。
対して支出減少は、そのまま可処分所得の増加につながるのだ(だからといって支出をケチると、領内経済の冷え込みにつながるのが難しいところだが)。
街道整備に見張り所設置などの「公共事業」を起こすことができる。
短期的に「あぶれ者」の労働力を吸収し、「領主の恩得」を知らしめることができる。
我ながら偉そうな物言いだが……気恥ずかしさなど、感じてはいけない。
「俺のおかげで食っていけるのだぞ」と偉そうにしてこそ、信用される社会。
ともかく。
これで「足踏み式脱穀機」に代表される「技術革新と失業の問題」、「内政チートのひずみ問題」を考える時間的余裕ができた。
内憂外患……後継者レースの激化に対外戦争の予感もあり、なかなか領地を考える余裕がないのが苦しいところだが。
外と言えば。
南嶺との条約も、7月に成立した。
「両政府にとって、大変意義深い慶事です」
言葉通りの「外交辞令」を口にした、南嶺の事務官コール・シェアー。
続けて笑顔で付け加えてきた。
「航海の安全を確実に保障するためにも、ターヘル・ヘクマチアルは確実に押さえていただきたいものです」
なるほど、その履行責任を明らかにするために、条約交渉に関わった者全員が署名を行うのだな?
……と思っていたのだが、どうやらそれは勘違い。むしろ逆。
「相手に対して履行を強制する」責任を明らかにするため、らしい。
「破ったら、カレワラにチェンにキュビに……が、殴りに行くからな?」と。
そうした意味合いがあるとのこと。
ならば義務と責任を負わされた分だけ、権利をもらわねば割に合わない。
……ということでもなかろうが。
条約成立の功により、位階上昇が約束された。
正五位下への昇任フラグが立った。
「春に上がったばかりゆえ、秋の昇任は見送りだが、構わぬか?」
むしろそうしてもらうほうが有り難い。
急激な上昇は、いろいろと面倒を招く。
アレックス様やミカエル・シャガールなど、よくこのプレッシャーに耐えられたものだと思う。
「イーサンの前に出るチャンスを潰されたのに、まるで悔しそうな顔を見せないな?」
こちらの反応を確かめたいのか、ちくちくと挑発してくるロシウ・チェン。
そんな彼の弟・イセンも、条約締結に功ありということで。
こちらは秋に、従五位上へと昇任した。
昇任したと言えば、エドワードも。
王畿各所の小さな乱や盗賊を潰して回った功績を評価された。
ついでに、周辺で起きた異動を、かいつまんで述べておく。
近衛中隊長バヤジット・ホラサンが、一年の任期を終えて退任した。
後任はオラース・エラン、25歳。
「満を持しての登場」という見方が大勢を占めた。
ここのところ不甲斐なかった近衛府に、落ち着きを取り戻してくれるであろうと予想されたものであった。
中隊長が優秀でありさえすれば、現行のシステムでも近衛府は機能するから。
近衛府改革を志向するジョン・キュビからすると、あるいは不本意な人事と感じられたかもしれない。
が、とかく行政改革は難しい。
まして近衛府は貴族の牙城、保守の本丸と言って良い。
変えるべきところも多々あるが、ここは少しずつ、中隊長の手腕に任せ。
当座は内憂外患を鎮静化させることが先決であろう。
と、この時期はそんなことを、ジョンとは話し合ったものであった。
「心配は無用だ。私が戦下手と呼ばれるのは、慎重に過ぎるせいなのだから」
ジョンも優れた行政官である。
平衡感覚に優れ、無理をしない男だ。
「キュビ家が求めるのは、王都の安定。オラースなら任せられるさ」
その言葉に、俺も頷きを返したものであった。
ほか、新設される外局「散位寮」の「かみ」に、俺はある人物を推していた。
出仕停止(停職処分)から復帰した、式部卿宮さまである。
いや、今や「前」式部卿宮だ。
臣籍降下することによって、出仕停止を解除されたのだから。
政務次官級から課長級への降格人事だが、臣籍降下に伴うものゆえ、仕方無い。
血筋から言っても、遠からず要職に復帰するはずだし。
しかしまずは官職についてもらわなければ、それも望めない。
事実かどうかは知らないが。
この処遇に前式部卿宮、涙を流していたとか。
若い友人も増えた。
新都学園・初等部で2年半を過ごした死霊術師のユウが、塚原先生と俺を頼って、王都にやって来ると言う。
王都学園への編入手続を取りつつ、ふと思う。
士誠・劉と言い、磐森は死霊術師のたまり場か? と。
前少納言サヴィニヤンの甥・アベルも近衛府デビュー。
やや弱い立場ながら、侍従として奮闘する姿をよく見かけた。
こちらも、俺を先輩として頼ってくる。
充実したひと時、幸せな時間。
そんな時、人は無邪気になるものらしい。
警戒心あるいは注意力、観察力、洞察力といった感覚が、働かなくなる。
そのせいで、後にいろいろ痛い目見たりもしたのだが。
それは、この時期の俺には分からぬことであった。
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