第二十一話 ボーイ・ミーツ・ガール? その2
命の危機を迎えた俺。
必死になって説明をした。
「小銀貨一枚を落としたのを見たから、届けたんだ」と。
少しだけ話をごまかした。
先ほどの行動を自分の口から話すなんて、あまりにもカッコ悪すぎるから。
「そのあと友達になっていろいろ話をしていたんだけど、『アレックス様が身元保証をしてくれた』という話をしたら様子がおかしくなって、二人に出会ったらああなったんだ」。
「ほほう。ヒロ殿はお優しいでござるなあ。」
まだ疑われている。これは明らかに、ウソをついているとバレている。
なんで分かるの!?
杖を下ろしたフィリアが、俺の前に回り込んで来た。
「では、これは何ですか?」
ついと腕を伸ばし、俺の胸に付いていた栗色の長い髪の毛をつまみ上げる。
うっ!
「有罪、でござるな。」
「やましいところがなければ、ウソをつく必要はありませんよね?」
「君たち、それぐらいにしてやってくれないか。」
まっすぐ向こう、事務室のほうから、事務のお兄さんが声を掛けてくれた。
ありがとう、お兄さん!
しかし、実際の俺の行動を、お兄さんの口から説明されるのも、これまた一つの羞恥プレイであった。
「穴があったら入りたい」という言葉の意味を、しみじみと噛み締める。
「なぜウソをついたのですか?」
「あの時は必死だったけど、あんな気障な行動、自分の口から言えるかよ!」
逆ギレ気味に吐き捨てる。
「ヒロ殿は色男でござるなあ。さぶいぼが立ったでござるよ。」
「どうしてそんなにカッコつける必要があるんですか?いやらしい。」
「慣れないことはするもんじゃないわねー、ヒロ。」
アリエルにまで追い討ちをかけられる。
俺がしたのは、そんなに悪いことですか。
泣いていいですか。
「善意から出た行動だし、彼のおかげで事務がスムーズに行ったところもあるし、許してやってくれないかな、お二人さん。」
「斉藤さんにそう言われてしまっては、仕方ありませんね。」
「斉藤さんの顔に免じて許すでござるよ。」
このお兄さんは斉藤さんと言うのか。
生徒たちから絶大な信頼を勝ち得ているようだ。
彼と俺の差。
これが信用というものか。
やっぱり泣きたくなってきた。
と、斉藤さんがぼそりと俺にひと言。
「君も苦労するね。気が利く人ってのはいつでも損な役回りだよな。頑張れ!」
斉藤さん!!
振り返った俺の目に映ったのは、同情に満ちた苦笑。
間違いない、彼こそが真の苦労人だ。
「そうそう、我らは制服の代金を払い込みに来たのでござった。」
「ブレザータイプとセーラータイプ、二人とも両方お願いします。」
今あったことをすっかり忘れているかのように、新しい制服に会話を弾ませる二人。
どうにかその場を取り繕うことに成功したようだ。
いや、違う。何で「取り繕う」なんて言わなきゃいけないんだ、俺は悪いことをしていない……と言いたいけれど、それを口にすることは許してもらえないんだよなあ。それが我ら男という哀れな生き物なのである。
「そこな色男殿はどうなさる?」
「どちらにしても、さぞカッコよく決まると思いますけど。」
うん、知ってた。忘れてくれることなどないんですよね。
「私は詰襟でお願いします。」
中高6年間詰襟だったから、そっちがいいや。
「詰襟は髪の毛がつくと目立ちますよ?」
「ブレザーの方が胸元は開いているでござるよ?」
「ほんとに勘弁してください!」
「僕からも頼むよ、どうか許してあげてください!」
苦笑して両手を合わせた斉藤さんの二度目の懇願により、俺はどうにか許されたのであった。
引換券を持って購買に赴き、試着してみたところで、ようやく二人は機嫌を直してくれたようだ。
千早が打ち明け話を始める。
「先ほどの、レイナ殿でござるが……フィリア殿のライバルなのでござるよ。それゆえ、フィリア殿と仲が良い某も、レイナ殿には嫌われてござる。」
「私は友人だと思っています。レイナさんが一方的に敵視してくるだけです!」
試着室のカーテンの向こうから、フィリアの声。
フィリアさんにも、どうやら思うところがある模様。
「初等部では二人ともに優秀な成績、またともに名家の直系。それゆえに、ライバルでござる。アレックス様に身元保証をされ、フィリア殿とも親しくしているヒロ殿に助けられた自分が、許せなかったのでござろう。」
「そんなに名家なの?」
「政のトワ、文の立花、武はメルにキュビ。王国貴族の四大氏族でござる。」
とてもそうは見えなかったけどなあ。
「立花の家はね、ヒロ。武家と違って、家の子郎党でガッチリ固まってはいないのよ。個人主義なの。力を結集できないから、立花本家であっても、メル家の一支族ほどの勢力も持っていないはずよ。」
アリエルが説明を始めた。
「それだけじゃないわ。『文の立花』、つまり立花一族は文化人を多く輩出しているんだけど……。『文人不軌』、要は無軌道な人が多くてね。絵画に音楽、詩歌に小説、ベストヒットを飛ばしたりサロンで大活躍したりしても、手に入ったお金を散財しちゃうタイプが多いのよ。」
ひょっとして……。
「ええ、私も立花家とは縁戚よ。」
うん、変わり者が多いということは心から理解できた。
フィリアが、ブレザーに袖を通した姿を見せに来た。
結構似合う。その思いが表情に出ていたかもしれない。しかしそのおかげで、フィリアも機嫌が上向いたようだ。
「ヒロさんがレイナさんを弄んだりするわけがないことぐらいは分かっています。」
信用はされていたわけね、安心しました。
「ヒロさんでは相手になりません。弄ばれるのがオチです。」
あまり嬉しくない信用だけど、疑われるよりはずっとマシというのが、情けない。
「さっきの発言にしても、私たちを引っ掻き回すためだけに、その場で思いついたものでしょうね。あの人の考えの流れは、よく分かっているつもりです。」
それだけのために、俺はビンタを食らったのか……。
「ライバルでござろう?」
千早が苦笑する。
お互いの手の内まで分かるほどに、知的レベルが拮抗している相手。
そしてそのことにさえもイラついて張り合う相手。
おとなびているとばかり思っていたフィリアが、子供のように本気になってケンカできる相手。
まさにライバルだ。
そして、かけがえのない友人だ。
学園は多士済々。これからの生活が、楽しみになってきた。
気分が明るくなってきたところで、俺の頭も回転を始めたのか、疑問が生じた。
「ちょっと待ってくれ。じゃあ二人は、全て分かっていて俺をいじめてたわけ?」
「あれだけ長く旅をした友であると言うに、某の前では、カッコいいところを見せてくれないでござるゆえなあ。イラついたでござる。」
「どのような理由があるにせよ、レイナさんと触れあったというだけでイラつきます。胸元に髪の毛なんかくっつけて!いやらしい!」
言い訳無用、ひたすら詫びを入れる。
気まずさと新鮮さ、そして不思議な昂揚感を覚えながら。
今まで見たことが無い、等身大の二人に出会ってしまったことに対して。