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第二百六十八話 立花領にて その5


 よく耐えていたと思う。

 片手剣を用いるエルキュールに対して、棒を手にした千早。

 まさに「長物三倍段」ではあるが、ほぼ互角の打ち合いを展開していた。

 


 フィリアもまた、武装侍女団を巧みに指揮していた。

 一個小隊をめまぐるしく旋回させる。

 長物持ちには千早の補助をさせ、弓兵には牽制射撃を命じ。

 そして自身を含めた浄霊師により、絶え間ない弾幕の飽和攻撃を浴びせ。



 膠着した戦線は、ひとつの事実を示唆している。

 エルキュールの実力にも「底はある」のだ。


 先のロンディア聖堂での経験に引き続き事実を確認し、確信を得たふたり。

 その気力は充実し、勢いを増していた。

 まだ十代なのだ。その実力は今なお成長中。


 だがこの情景は、またもうひとつの事実をも示唆している。

 ここまでして、やっと膠着に持ちこめているに過ぎないということ。



 ふたりのことだ、援軍要請を失念することはあり得ぬ。

 現に紫月城の門は、取る物も取りあえぬ騎兵たちを吐き出し続けていた。

 時間を稼げば稼いだだけ有利になる。そのこと、承知の上。


 

 抜けも多いが、エルキュールとて天才的な武人。

 こと闘争ともなれば、その頭脳は抜群の冴えを見せる。 

 長引けば勝ち目が薄くなること、見えているはず。



 気合一声、千早の棒に真っ向から片手剣を撃ち合わせたエルキュール。

  

 「いける」と思った。

 エルキュールの一撃は、「片手剣の撃ち込み」では無かったから。

 刃物を鈍器、金属塊として使っては!


 ……予想通り、剣が折れ飛んだ。



 千早の勝ちだ!


 そう思ってしまった俺は、未熟者。


 エルキュールが踏み込んだのは、一瞬でも千早の棒を受け「止める」ため。

 間合いを詰めることこそが、その目的。

 半分を残して折れた剣、その根元が。千早の胴に突き込まれていた。



 猶予は無かった。


 

 よろめいた千早も、そこはさすがに判断を誤る事は無い。棒を手放した。

 もうひとつの得手である徒手格闘に持ち込むべく、間合いを欲して跳び下がる。

 さらに付け込もうとするエルキュール。



 長巻の柄を、投げ込んでいた。



 ふたりの体捌きが眼前に迫る。


 上空から落ちてくる柄を避けるべく、身をかわしたエルキュール。

 千早の危機は去った、けれど……。


 開いた間合いを利したエルキュール。

 迷うことなくフィリアに突進していた。



 だから。

 朝倉を抜き放ち、上空から飛び込んだ。



 何十メートルの高さから飛び降りたか、見当もつかない。

 透かされたら確実に死ぬ。


 だが、「そうしない」確信があった。

 「そうさせぬ」自信があった。

 この一撃を透かすようなら、エルキュールでもれる。

 受け止めざるを得ないのだ。

 

 こちらを見上げたエルキュールと視線が交わった。

 互いの霊気が激突する。

 そのまま落下の勢いに任せ、大上段から斬り下げた。

 

 霊気を緩衝材代わりに、砂地に両の脚を踏み降ろす。

 衝撃が骨を伝う。腰が、背骨が、首が軋む。

 

 だが。

 確かに、撃ち込んだ。受け止めさせた。

 エルキュールに、剣を使わせることができた。

 残った根元に朝倉を叩き込み、斬り飛ばせた。

  

 鼻も接せんばかりの距離で見た、エルキュールの顔。

 笑っていた。

 確かに、笑っていた。頬を掠めた浅い刀疵から、血を流しながら。



 だが、ここまで。

 痺れが走った下半身、ステップワークの効かぬ脚。

 見透かされ、脇を駆け抜けられ。


 残った剣把を、フィリアに向けて投げつけたエルキュール。

 快速を飛ばして水際へと走り去る。

 


 千早の脇を駆け抜けたのも、フィリアに近づいたのも、目的はそれ?

 最初から、まともな勝負になっていなかった?


 追おうとして、脚が動かず。

 それでも片手に朝倉を振りかざし、エルキュールの背を視線で追えば。

 船に飛び移り屈んだ体躯の、その陰に。

 こちらに正対する、女人の姿。



 あれは、弓。 

 すでに返っていた。

 あ……。それじゃあ……。

 

 痛みが走った。痺れの取れぬ腰に。 

 まさに朽木倒れ、だが意識はある。致命傷ではない、はず。

 矢疵の、金創の感覚は? 焼けるようなあの痛みは、どこに?



 「フィリア様!」


 「構うな!追撃を! ぐっ……取り逃がして(・・・・・・)は……」



 まさか、フィリア!?

  

 だが……いけない!

 余裕が無くても、それは、そのひと言はいけない!



 「フィリア・メル子爵閣下が、名高きエルキュール・ソシュールを退けた(・・・)ぞ!」 

 


 船は遠ざかりつつあった。

 見届けた千早がこちらを振り向く。

 

 「隊列を整え、斥候は周辺を警戒! 紫月城からの援軍には待機を命ずべし!」

 


 「気を使わなくとも、怪我はしていません。私達()鎧を着込んでいますから」 


 フィリアが俺をかばっ(て突き飛ばし)たのは、俺が鎧を着ていなかったから。

 ちょうど朝イチで王宮から立花領へと飛ぶ、「通勤」の途中だった。


 地上から立ち昇る強烈な闘争の気配を感じ、急行したところ。

 エルキュールvsフィリア&千早の大立ち回りに偶然遭遇。

 急遽上空から飛び降りて、今に至った次第。

 


 「フィリア様の策が当たりました。カレワラ閣下の強襲、まさに打合せ通り」


 そういうことにするのね、マルコ・グリム君?



 「幹部級」は分かっている。

 実際は「押され気味の末、逃げられた」に過ぎぬことを。

 メル家には、内向きには、ありのままの事実を報告する。反省材料にする。


 だが表向き、世間体としては。

 「フィリアの策と指揮により」、「エルキュールを退けた」ことにする。

 

 同じ年頃だったアレックス様とソフィア様が、ちょうどそうしていたように。



 

 「それにしても無茶を。怪我は無いか、フィリア?」

 

 「鎧で受ければ無傷で済む、その確信はありました。ヒロさんのほうがよほど無茶です!」


 外傷は無いようだ。

 衝撃を身に受けて詰まった呼吸も、どうやら戻っていた。



 「千早も大丈夫か? 鎧の上からとは言え、胴にあれだけ強烈な突きを食らったら……」



 思い出したかのように、痛みに顔をしかめた千早。

 だが口を突いて出たのは、まるで違う話で。


 「それよ! 腰に提げていた財布を持って行かれたでござる!」 


 武者修行中の「野生の武人」には、ありがちな話。

 目と目が合ったらバトルして、勝ったほうが財布を持って行く。

 王国ではそれを強盗とは言わぬのである。

 

 ともかくそれでエルキュール、いったん千早に身を寄せていたのね?

 大ピンチと思って肝が冷えた。


 

 「おお、財布と言えば。湖賊退治のお手柄を上げた御仁が」

 

 そういうことがあるものだから。どこに持つかは別として。

 財布(金貨袋)を携帯するのは、武人というよりむしろ軍人貴族の嗜みである。

 配下が手柄を上げた時に「褒美を取らせる!」と、その場で称揚するために。

 付き人に持たせても良いけれど、主君手ずから渡すことにも意味はあるので。


 「取り紛れて失礼いたした、さあこちらへ……なんと、お主!」



 スヌツグ・ハニガンであった。

 その顔色、まさに蒼白。闘争の刺激が強かったかと思ったが……違った。

 

 「共に湖賊を退治したのです。討伐を受けるような悪人とは思えなかった……あの人は、いったい?」


 我に帰ったように、顔に赤みが差した。


 「い、いえ。軍勢のお邪魔をしてはならぬと、控えておりました」


 「闘争を前に茫然自失する」ことなど、「あってはならぬ」立場の少年だから。

 ここに居合わせたのも、理由は同じ。


 準男爵家の跡取り息子。

 兄スヌークは戦死を遂げ、名誉を家にもたらしたけれど。

 同輩たちの蔑みを避けるために……いや、超然と同輩を冷笑するためにこそ。

 遊歴を思い立ったのであろう。まさに騎士物語の主人公のごとく。

 兄に比べ体格も良く、武術の才にも恵まれているスヌツグなのだから。

 

 そして早速、名を揚げた。

 千早が俺に目を向ける。取り次いでやれと。男爵のほうが箔がつくだろうと。



 「フィリア・メル子爵閣下。ここにあるスヌツグ・ハニガン君は、鶺鴒湖を荒らし庶民を苦しめた9人組の賊を退治したものであります」


 「お見事な功業です。治安を預かるメル家の娘として、感謝申し上げます。ぜひ紫月城に、メル館にもおいでください。父公爵も勇者との出会いに喜びを覚えることでしょう」


 侍女を呼び、これはお金ではなくて短剣を手ずから授ければ。


 「フィリア様に拝謁の機会を得、栄誉に身が震える思いです」



 などと、お約束のご挨拶を応酬したところで。


 「また後で、磐森館にも寄ってくれ」と声をかければ。

 スヌツグの顔に安堵の色が広がった。

 聡い少年だ。エルキュールの話を聞けると納得したのだろう。




 その背を見送り、いつもの3人。



 「こちらは必死で戦っていたのに、あちらには財布を奪おうなどと考える悪戯心が、余裕があった! 腹立たしき限り! なれど……」


 千早の目に、炎の色が宿った。

 

 「3人なら、行ける。そうは思わぬでござるか?」



 「そうだな。だけど……落下の勢いを利用して、やっと五分。まだとても及ばない。届かない」



 上空から見ることでますます強く印象付けられた、エルキュールの強さ。

 その堂々たる戦いぶり。



 ピンクの指摘ではないけれど。

 俺に比べてエルキュールの……そう、「爽快」なこと。

 あちらのほうがよほど、好奇心の女神向き。

 「物語やRPGの主人公」をしているような気がする。

 

 誰もが認めるその武勇、当たる者はみな薙ぎ払う。

 権力を笠に着た貴族を迎え撃ち、気心知れた仲間と放浪の旅。

 今回はエンカウント中にアビリティ?スキル?の「ぬすむ」を発動してみせた。

 目的も大きい。世界の謎を解き明かし、神にも悪魔にも挑みかかる。


 そういう生き方、憧れを感じずにはいられない。



 「やはり目標は南嶺でござろうな」


 「それも天真会の総本山ですか? 『謎の聖地』的なイメージがありますし」


 「ヒマができたら、李老師やアンジェラにも聞いてみるか」


 エルキュールの人となり、その何たるか。

 虚心坦懐、もう一度見直してみたい。

 そんな気になった。




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