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第二百六十八話 立花領にて その4


 別室、次の間では。

 外交の表舞台に立つことのない人々が歓待されていた。


 侍衛の武官にしてみても、レセプションパーティなど退屈なばかり。

 固いこと言いっこなしの同類相手に飲み食いするほうがずっとマシ。

 要人付きではない裏方担当の文官まで、こちらに合流してくる始末。



 クロイツ家から派遣されてきた我が随員、ニック・シェアーもまた然り。

 甥にして南嶺幹部の秘書でもあるコール・シェアーと話し込んでいた。


 つくづく我が一党は極東閥だと思う。

 ウッドメル家の若手出世頭だったアカイウス。

 インフラを任せているカイ・オーウェン、これが伯の姻族バルベルグ家出身で。

 ミーディエ家傘下の霞の里からはヒュームの協力を得ているし。

 そして今回つけられているニック・シェアーは、その姻族クロイツ家の被官。

 

 今後は地域バランスも意識する必要があるかな……などと、兆した懸念。

 その表情を別の意味に取ったか、ニックが言い訳を始めた。


 

 「いえその……中々会えない親戚ですから」


 甥のコールは南嶺の若手幹部、内通・両属を疑われたと思ったか。


 この手の疑念は信頼関係を簡単に溶かしてしまう。

 早め早めに、根っこから駆除する必要がある。



 「疑ってはいないさ。戦場に出てしまえば、語ることなど無い。それゆえにこそ、こうした機会は貴重なもの……そのこと武官ならみな、分かっている」


 それぞれの主君、寄り親のために働く、その気持ちは同じ。

 たとえ敵味方に分かれても。 


 「割れても末に 逢はむとぞ思ふ」……か、これも。



 だが毎度綺麗ごとを貫くためには、冷たさが必要で。

 

 「上」に立つ俺が、ニックに重要な情報を与えなければ良いだけのこと。

 内通されても痛くない状況を作れば、疑う意味が無くなるのだから。

 俺には他にリソースを割くべきことが、いくらでもある。


 そう、例えば。



 「君らも仲が良かったのか? 意外と言えば意外だが、分かるといえば分かるような」


 笑顔で酒を酌み交わしていたのは、カエル面の近衛兵ネヴィル・ハウエルと……南嶺に亡命したアレックス様の次兄、シャルル・ヴァロワであった。


 ほぼ同じ家格、ともにインディーズ武家。

 仲が良かったか、ライバル意識で競っていたか。どちらもありうる話だけれど。

 このふたりには、それとは別の共通点が……鬱憤が、あったはずだから。


 「同じ臭いのする者は、すぐ分かる」

 極東で横領事件を主導した男、バッハ商会のドン・ノートンの言葉。

 聞いた時には怖気が走った。

 

 くさっている時には、同じ思いを抱えている者が目に付きやすい。

 そして他者に映る自分の姿に、たまらぬ自己嫌悪を覚えさせられる。

 


 「その年で、どこまでも嫌な奴だな」


 「一兵卒と小隊長」の場で無い限りは、対等の口を聞くネヴィル。

 内心のトゲは剥き出しで、修辞にくるむこともない。

 個人的にはなかなか悪くないと思っているのだけれど。



 「おい、上司の男爵閣下にそんな口」

 

 シャルルの顔には、初めて会った時と同じような「気まずさ」が浮かんでいた。

 見たかったのは、つい先ほどまでの、凝りがほぐれたような表情だったから。



 「気にすることはない、こうなったからには。『そういうもの』だろう、私達は?」


 「敵味方に分かれた」からには。……後は戦場で。

 面倒な配慮など、もはや不要なのだ。分かりやすい良さがある。  

 やはり軍人貴族のシャルル、察したようだ。



 「アレックスの兄とて、重宝されています。誰もがあれの話を聞きたがる」


 「聞くほどに、こちらに回ってこなくて良かったと思っているところです。極東に引きずり出してくれたメル家には感謝ですよ」

 

 コール・シェアーの合いの手から察するに。

 シャルルは南嶺で、アレックス様の「大きさ」を正直に話したと見える。


 「あんなヤツ、たいしたことありません」と言いたくなる気持ち、この間まではあったはず。

 今やそれを一切感じずに済んでいるらしい。良い顔になったわけだ。



 ……能力ある男が屈託無く働ける組織、か。

 手強いかもしれない。

 


 「ふたりも知り合いか?」


 コールが答える前に、叔父のニックが口を挟む。


 「今回はコールが後ろに回っての折衝、ヴァロワさんがその護衛という役回りのようです。……同じお方に仕えているとか」


 甥から吸い出した情報を寄越す。

 それが自分に求められている役割だということ、よく分かっている。

 こちらの情報も、当たり障りの無い程度に融通しているはず。

 そうしてそれぞれ、主家への手柄みやげを持ち帰る。



 「よいご主君のようだね?」


 主君自慢は、郎党の習い性のようなもの。

 いくらでも情報を引き出せると思ったのだが。


 「これはご謙遜を。ネヴィルのこんな良い笑顔など、見たことがありません。閣下のご厚情によるものでありましょう?」


 などと、シャルルにはとぼけられてしまったけれど。

 ネヴィルが良い顔になったのも確かだ。

 近衛府にあまり近づきたがらぬゆえ、こちらに伴ったけれど。

 今の調子なら近衛府に帯同しても大丈夫、かな?

 


 「井の中の蛙が、鶺鴒湖を知ったからさ。今までの俺は、都から踏み出す勇気すら無かった。半端な待遇に不満を覚えてたくせにな。思えば情け無い話だ」


 容姿を自虐するネタ。

 笑って良いのかが迷いどころだが、ネヴィルめ駄目押ししてきやがった。


 「大海に出るまで、遠慮なく背中にへばりつかせてもらうからな?」

 


 「敵に出会ったら、顔に向けてお前を投げつける約束だったな」


 こちらも遠慮なく、使い倒させてもらうさ。

 

 

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