第二百六十話 アングラ経済 その3
身分の差も無く、血なまぐさい事件も無く。
趣味に芸術に、人々が交流する。
この上ないひと時だと思う。
が、警備とはそうも行かぬもので。
「スリ?」
「会場内にて、『被害者』が自ら取り押さえました。かような場ゆえ、『始末』することを避け、運営ボランティアに引渡したそうです」
趣味と芸術の場、血なまぐさいことを避けてくれたのだろう。
冷静で思慮深い被害者だったか。
「さらに尋ねたところ、『新刊が完売してしまう』と……どういう意味でしょうか?……ともかくそう言い残して、その場を去ったそうです。ボランティアも、『そう言われては仕方無い』と」
いや、その。
趣味と芸術の場ですものねー。
「会場内のできごとではありますが、これは警備マターであろうと言うことで、こちらに引き渡された次第です」
「置き引き」もつかまった。
「大きな袋を盗ったら、『被害者』が鬼の形相で追いかけてきた」との供述。
「お宝」がいっぱい詰まっていたのでしょう。
擁護するつもりはないけれど。
なんちゅうか、さ。
この世界の「金持ち」には――それはもちろん富農や商工業者もいるけれど――身分高き人々が多い。
幼時より、日々武術の鍛錬を積んでいるのだ。
筋が悪いと言われる者でも、身に迫る危険があれば反射的に動いてしまう。
「お忍び」を楽しんでいても、遠巻きにボディガードがついているし。
そこいらの「見極め」ができぬ泥棒、ねえ。
まああれか、良く言えば「常習性が無い」というヤツかもしれない。
いずれにせよ、どうするか。
「立花閣下は、近衛小隊長・軍人貴族であるヒロ殿に任せたのでござろう? 軍法に依拠して良いのではござらぬか?」
千早の言葉に従うならば、即殺か労役。
重営倉では済まされないか。そもそもこの場に存在しないし。
「立花『預かり』の地なのでしょう?」
良いこと言ったフィリア。立花に丸投げだ。
どうも俺は、仕事をサボるのがヘタなんだよなあ。
と、言うわけでレイナさん?
「家名無しの泥棒で、怪我人無しなら、村の専権事項ね」
レイナの口から法令がすらすら出てくるとは思わなかったけれど。
思えば立花は、仕事をサボることにかけてはプロなのであった。
ともかく。
一大イベントとて村の代表者も顔を出していたので、尋ねれば。
「イベントが始まった先代以来、初めてのことですし。人数が多すぎます」
犯人の数は十人を超えていた。村には負担が大きすぎる。
「先代にも見せたかった……まさか再び、ご当主様のお姿を目にできるとは。極東で行方不明になったと伺い、先代の村長はいつお還りになるかとずっと待っていて……こうしてお声をかけていただき……」
声を詰まらせている。
変なスイッチが入ってしまったか。
「ヒロ殿。昨夕の事を思えば、人のことは言えまい」
「はいこれ、昨日ヒロが歌ってた旋律。楽譜に起こしておいたから」
「『そっとしておいてあげよう』という約束だったでしょう?」
そうだ、変なスイッチでも何でもない。
ピーターとその祖父サム、三代75年と同じことだ。
これぞあるべき領主と村人の関係、期待に応えてこその領主ではないか。
カレワラ家がリーダーシップを発揮しなくてはいけない。
聞けば。犯人はみな、右京の者だと言うことだし。
行政区画的には、このあたりも広義の「王都」。
右京職に引き渡すのはアレだから……連行して、検非違使に引き渡すか。
「安心せよ。この者らが再びこの先島に足を踏み入れることはない」
などと。「我が先島」と言えぬつらさを噛み締めつつ、格好をつけ。
令嬢がたと……イベント帰りの希望者を、護衛しつつの帰り道。
王都の城壁外に呼んでおいた検非違使に、犯人を引き渡そうとしたところで。
派手な服を着た壮年の男に、待ったをかけられた。
すかさずピーターが言い返す。
「何者か。このお方をどなたと心得る!」
恥ずかしがっている場合ではなかった。
どこか崩れたところの見える男の言葉には、思っても見なかった粘つきがあったから。
「よろしいのですか? 天下の往来で名乗っては、閣下のお名前に傷を入れかねませんが」
ピーターも、瞬刻気を飲まれていたけれど。
俺を振り返ろうとするそぶりすら見せず。
「話にならぬ。道を開けよ!」
見事な……受ける側からすれば、生意気な対応。
男の目に、殺気が点った。
カレワラ一党、その全員が反応する。
アカイウスが短槍の握りを逆手に変え、投擲態勢に入ったところで。
男がようやく道を譲った。
と、来れば。
俺の仕事は、この男を無視すること。
「羅城門に到着いたしました! 皆様、各自お気をつけてお帰りください!」
後ろに声をかけ。
大通りの脇に男を待たせること小半刻。
その間、検非違使――ティムルの側近、搦め手担当のヤスペル・メイネスであったが――に耳打ちされたところによると。
イライラしながら待っているこの男、「スリ・置き引きの顔役」なのだとか。
あるいは自称「盗賊ギルドのマスター」とも。
「閣下が連行された者共ですが……掟に反していたか、あるいはそもそも連中の言う『ギルド』に所属していないか。だから引き渡せと言うのでしょう。私刑を加えるつもりかと」
これが政府公認のギルドであれば、ある程度の「自治」が認められている。
「ことによっては、私刑で済ませる」ことも容認されているけれど。
「盗賊ギルドなど、聞いたことがないが?」
ギルドは、その。
政府から一部職業の管理を請け負っている団体、いわば公益法人であって。
犯罪集団を政府が認めるなどとは、考えにくい。
「ですから、『自称』なのです。盗人猛々しいとはまさに連中のこと」
「捕まえれば良いではないか。自分から盗賊だと名乗るような男だぞ」
ため息をついていた。
まあね、公達は世間知らずだ。異世界から来た俺は、輪をかけて。
「逆の言い方をしますと……自称として選んだ名前が『ギルド』なのです」
職人たちをとりまとめ、一括して納税の義務を果たす団体。
「読めた。連中は右京職に金を上納し、保護を受けているのだな? 検非違使が手を出しては、連中との関係が面倒になると」
右京職に手も足も出ないと言われているように感じたか。
「主体的に見逃している」と主張するヤスペル。
「ああした『自称ギルド』の連中は、いろいろと裏情報も持っていますからねえ。それを検非違使に流すことで、摘発逃れの賄賂代わりにしているのですよ」
高性能防犯カメラもなければ、DNA鑑定も、指紋捜査すらない社会。
犯罪捜査も綺麗ごとばかりとは、いかないけれど。
「『産業』とは言えぬところで金が動き、右京職という怪物のエサになる、か」
まさにアングラ経済。
新都で流通しかけた麻薬が、こちらに流れてこなかったのは幸いであった。
なるほど王都の現状がこれでは、上層部も麻薬禁圧に真剣にならざるを得ない。
「で、アイツを認めるのか? 検非違使諸君は、連中に犯人を引き渡しても構わぬと?」
ヤスペルが、こちらの目を覗き込んだ。
「お頭……ベンサム大尉からは、『カレワラ閣下の判断に従え』と」
試すつもりか?
覗き込み返せば、俺の目に険を感じたか。
ヤスペルは下を向き、言葉を濁していた。
「あ、いえ、その。お頭も迷っておいでなのです。他の『自称ギルド』に比べると、連中がもたらす情報の質は低いので」
試すつもりはないらしいが。ヤスペル・メイネス、言葉が足りぬ。
いや、ボスのティムルにして、その傾向があったな。
そのほうがいろいろ行動の自由、あるいは「幅」を利かせやすいことは確かだ。
「……だが検非違使が『盗賊ギルド』を摘発すると、他の『自称ギルド』からそっぽを向かれる。情報提供を受けられなくなる。それが『迷いどころ』か?」
言葉尻を補ってやれば、ヤスペルはやるせなさげに頭を掻いていた。
事情が分かれば……今回ばかりは、迷う必要を感じなかった。
およそ地下経済というもの。
無いとは言わぬし、大規模に行われていることもあろう。
だが、「見える規模」になればアングラとは言わぬもの。
経済に、さまで強い影響を及ぼすはずがない。
大げさに言い募るのは「陰謀論」の類、「物語」「お話」として聞き流すのみ。
「お上」のさじ加減ひとつで潰すことのできる社会。
何かと複雑な「現代」とは違うのだ。
だいたい、目の前のこの男。
大物風を吹かせたがっているだけで、身に纏っているのはまさに「虚勢」。
「実」が感じられない。まともに取り合うのも馬鹿らしい。
ようやく車馬の往来がひと段落したと見て、男が近づいてきた。
険悪な表情だ。散々待たされたのだもの、当然か。
「さて、話と申しますのは……」
目を逸らし、扇子を振る。
「まだ居たのか。去ね!」
ピーターに代弁させれば、顔真っ赤。
何か言い募る男の前で、郎党衆に弓を構えさせたところで。
男の部下と思しき男が、羅城門内から駆けて来た。
耳打ちされた自称ギルドマスター、連れ立って背を見せ走り出す。
実りの無い時間だったなと思いつつ。
連行してきた者共を検非違使に引き渡したところで。
「皆は良いけどさあ。ウチはセキュリティが見劣りするんだよね。逆恨みとかされると困るんだけど」
一年前に襲撃を受けたレイナ、渋い顔。
それはまあ、確かに。メル家のフィリアに、千早は千早だし。俺も軍人貴族とて、身の周りを固めている。
「大丈夫でしょう。あれ以来、立花邸はずいぶん隙が無くなりました」
「『その上から目線、ムカつくわー』って言いたいけど。こればっかりは、メル家にはかなわないからなあ。……それにしても、あいつら何で急に逃げてったの? ヒロの威厳ってことは無いだろうし」
控えおろう。郎党衆の前であるぞ……いや、本当に。
頼むから郎党の前でこき下ろすのはやめてください、お願いします。
「レイナ殿。そういうところ、ヒロ殿は信を置くに足る。……ヒューム殿に後を追わせた、さようにござろう?」
その点、千早は新米当主の苦労が分かるんだよなあ。
「右京と言っていましたね。私たちも続きましょう」
武家たるもの、かくあるべし。
護衛する俺の身には……なってもらえないんですよね、分かります。
ため息をつこうかという、その呼吸を制された。
振り返ったフィリアが笑顔を見せる。
「頼りになる一党も、ご一緒くださることですし」
課題の「可愛げ」を克服しようとな?
フィリアめ。ますます手強くなりよった。




