第十九話 第一章のエピローグ
コミックス版『異世界王朝物語』(文藝春秋社)、ピッコマにて連載中です。
ご覧いただきたく、なにとぞお願い申し上げます。
ハンスは、去った。
ブルグミュラー氏からは、謝罪の言葉があった。
「道理をわきまえず、皆様にご迷惑をおかけしました。」と。
「ご遺族ならば、当然の感情です。どうかお気を落とされぬように。」
「今はただ、ハンス殿のことのみをお考えいただきたく。」
謝罪の言葉を受けるフィリアと千早の傍らにあって。
俺は、立ち上がれずにいた。
ハンスがいなくなったこと。
ハンスを、俺が送ってやれなかったこと。
その喪失感と後悔で、立っていられなくなった。
この世界に転生してから、何度も死者に出会った。数多くの生きている人に出会った。
トムじいさんは、生き抜いて満足した人だった。
ヨハン司祭は、宗教者であった。自己に厳しく、明確な死生観を持っていた。
トマスと山の民の坊やは、明確な自我を主張できなかった。
大足とジロウは、動物だ。
ウッドメル家のヤンと、アリエルは、貴族。命の軽さを、自分なりに受け止めていた。
生きている人の多くは、健康であった。死を意識していない人であった。
そうでなければ、貴族だった。常に死を覚悟している人間だった。
ハンスだけだ。
死にたくない、助けてくれ。まだここにいたい、親しい人のそばにいたい。そう叫んだのは。
当たり前の感情を、当たり前に、ぶつけてきたのは。
この世界にいて、少し麻痺していたかもしれない感覚を、呼び戻してくれたのは。
等身大の、同年代の友人。
日本にいたときの、俺のような存在。
それがハンスだった。
そのハンスを切り捨てようとした、俺。
切り捨てようとして切りおおせなかった、俺。
俺は、この世界に馴染もうとして、まだ馴染みきれていない。
「ヒロさん、ご遺族の前です。」
フィリアが、ヨハン司祭と同じことを口にする。
千早が、何も言わず、俺を助け起こす。
「失礼いたしました。ハンスさんは、非常に安らかなお顔で、旅立たれました。最後まで、『大旦那様』を見つめて、帰って行かれました。」
俺が口にしているのは、真実だ。
でも、そういう真実を、「口にできる」ようにはなってきているんだな。
……馴染み始めているんだな。
でも俺は、ハンスのことを忘れない。
ハンスが残していってくれた、この感情を、忘れない。
この物語の第一章を、大切な友人、陽気なハンスに捧げる。
コミックス版『異世界王朝物語』(文藝春秋社)、ピッコマにて連載中です。
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