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第二百五十一話 後宮・入門篇 その1

 

 「ようこそおいでくださいました、カレワラ男爵閣下」


 後宮はレイナの局(執務室)に顔を出した際の、これがご挨拶であった。

 薄気味悪いなと思いつつ、しかしこちらも礼をもって返さねばならぬので。


 「立花典侍(ないしのすけ)さまにおかれては、ご機嫌うるわしう」

 

 堅苦しい挨拶をした以上、執務室のうちへ気軽に入るわけにも行かぬ。

 御簾のこちらで、背を向けながらのやり取り。


 気配が、声が近づいて来る。


 「とうとうつまらない男になったか、ヒロも」

  

 「そういう謎かけに動揺しなくなったことは、確かかもね」


 とすんと、腰を下ろしていた。

 やはり背中を向けている。


 「だからこそ、『ようこそおいでくださいました』。……私たちのところへ」



 まだまだ、かなわないな。


 「降参だよ。ご教示願えますか?」


 「昔のヒロは、私を友達だと思ってた。去年のヒロなら、女として見てた。今のヒロは、私の立ち位置を見てる」


 「訂正を求める。そこまで卑しくはないつもりだ。レイナ嬢に変わらぬ友情を。……それとも?」


 「やめてよ、バカ。心にもないことを。今のあなたは、もっと『いいこと』を知ってるでしょ?」



 時は9月の初頭。

 風の寒さを感じる季節ではないはずなのに。


 「李老師がよく言ってるわよね。『若い男が煮詰まったときは、一に女、二に武術。それで大概なんとかなる』って。女も一緒。男と肌を重ねれば、大抵の憂さは溶けて消えて行く」


 ……でもね、ヒロ。


 「あなたはもう知ってしまった。誰憚ることもなく、自分の一存で何百という男達を動かす喜びを。背筋を愛撫しながら這い上がり、甘く脳髄を痺れさせる快楽を。……あたしを抱きたいなんて、心にもない嘘をつくものじゃない」



 俺はいま……

 「友を、女性を、ひとりの人間と見ていない。そんな恥ずべき男に成り下がっているのか?」


 「違うわ。言ったでしょ?『ようこそおいでくださいました、私たちのところへ』。私たちはみな、その快楽を生まれながらに知っている。権力の行使に喜びもだえ、その制御に苦しみあがいている」


 ああそうか、だからこそ。

 「幸いなるかな、王の友立花」


 「ええ。私たち立花は、何百どころか何百万何千万という人を動かす王のために存在している」


 その立花伯爵。

 「あんなの」でも、領邦の主で。その気になれば指をひとつ鳴らすだけで、何百もの人間を殺せる。

 

 「権力はね? その快楽に駆り立てられても、個性にも功績にも繋がらない。言葉は悪いけど『成り上がり』は、そこを履き違える。『天』を衝いてしまえば、亢竜は地に堕ちるだけなのに」


 そう、ユースフの祖父、ムスタファ・ヘクマチアルのように。


 「俺も心しなくちゃいけないか。せっかく『ようこそ』と言ってもらえたんだもの、蹴り出されないようにしないと」


 

 衣擦れの音が聞こえた。

 御簾を隔てて、こちらに向き直っている。


 「本当に分かってるの、ヒロ? あなた、大蔵卿宮さまへの返歌を届けに来たんでしょう?」


 「駙馬ふばの情けなさは知っているよ。だいたい宮さまが恋愛対象になるか? ほかの皆と同じさ。これはお付き合い、社交だよ」


 「権力の快楽を知ったあなたが、そう言い切れるの? まじめに考えたことある?」


 続けて重ねられた言葉が俺の背筋を撫で、脳髄を揺らす。


 「近衛中隊長になって大蔵卿宮さまの婿になれば、即座にロシウさんの地位に引き上げてもらえる。都から外に出ぬままキャリアを積んで、三十過ぎでカレワラの『上がり』の目安、局長級。ヒロぐらいの手腕があれば、五十前に次官級どころか、お飾りだろうけど公爵・大臣級も固いわよ?」

 

 ロシウ・チェンの地位。

 若手全員が指をくわえて見上げるポジション。


 自分の手で、自分の一存で、政治決定を具体的な形にできる。

 望みの方向に「ねじ曲げる」こともできる。

 あの椅子に座れたなら、やれること・やりたいこと、その全てを……。



 「次代の王が誰になろうとも、ね?」


 耳のすぐそばで囁かれた言葉。

 その響きがあまりにも甘美だったから。

 御簾のうちに伸ばした腕は間合いを狂わされ、身をかわされて。



 遠くから聞こえてきた声には、現実味が感じられなかった。

 

 「お年の割りに幼い大蔵卿宮さまだって、いつまでも子供じゃない。お歌をやり取りしているうちに、いつ目覚めるか。……美しく変わった宮さまがもし本気になったら、ヒロあなた断れるの?」


 笑い話に頭が冷える。


 「受け容れる気がないなら、かりそめに文のやり取りなどすべきではない、か?」



 「向こうが本気になった時、ヒロから断っては危険を招く。権力の快楽に目が眩み受け容れたなら、目が覚めた時に危険。分かるでしょ? やるんなら、覚悟をもって本気でやんなさい。……フィリアの怖さは知ってても、後宮こっちの怖さはまだあまりご存知ではありませんわね、男爵閣下?」






 今日から、『現代妖怪百物語 ~美少女ばっかりだから、まあいいか~』を投稿いたします。

 かわいい女の子が書けないので、いったん頭をリセットしてみることにしました。

 微エロです。中学生ぐらいの感覚を、思い出せているかどうか……。

 どうぞよろしくお願いいたします!!


 もう一本、女性がまるで登場しない、割と硬派(?)な小説を書こうと準備中だったのですが、後に回しました。



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