表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

73/1237

第十七話 新都へ その6


 「フィリア、あなたの書いた報告書ですが、写しをいただいてすでに読みました。ヒロさんには、かなり入れ込んでいるみたいね?」


 ソフィア様の顔からは、笑顔が消えていた。

 いや、笑顔なのだが、先ほどまでとは違う顔をしている。

 これがソフィア様の「地」か。社交用の「顔」をやめたことに、三人は驚いたのか。

 


 「姉さま?」


 「ヒロさん、気分を悪くしないでくださいね?フィリア、ヒロさんに対するあなたの評価は?」


 「!……奇貨、です。」


 「私は原石と見た。現時点でも価値ありと見ている分だけ、フィリアの方がやや評価が高いかな?年が離れている私には、フィリアの評価よりもヒロが小さく見えているのかもしれないな。」

 アレックス様が口を出す。


 「将来的には千早さんに並ぶ、あるいは……、と。そう見ています。」


 「それは私も同じだ。」


 ソフィア様の目がこちらを向いた。

 正直、過大評価だとは思うが、ここで謙遜とか、そういう態度を示すべきではない。

 なぜか、そう思った。

 

 背筋を伸ばして、視線を受け止める。

 「ご評価に沿うべく、努力を重ねます。」


 深くうなずいたソフィア様の目が、再びフィリアに向かった。

 「アレックスの身元保証に加えて、私の身元保証も。そう思ったのですね?」


 「はい、そうする方がお互いに取って良いかと思いました。」

 

 「さて、どうかしら。」

 

 「私が身元保証するとなると、ヒロさんは完全に、『メル家の郎党』になりますよ?アレックスの身元保証とは、完全に意味が違ってくる。それはもちろん、知っての上ですね?」


 「はい、ヒロさんには確実な背景を。メル家には、有能な郎党を。そう思ったのです。姉さま。」

 


 「フィリア、あなた……。」

 ソフィア様の笑顔が、再び柔らかくなった。

 笑顔なのに、悲しそうに見えた。 

 「私の教育が悪かったかしら。」


 「姉さま!?」

 フィリアは動揺し……怒りの表情を見せた。

 しかし反論の間を与えず、ソフィア様はたたみかける。

 「フィリア、あなたの立場は?」


 「姉さまのスペアです、現時点では。」

 

 「フィリア!?」

 不躾だったかもしれない。しかし思わず声に出してしまった。

 怒りのあまり、やけっぱちなことを言っているのではないだろうな。


 

 「フィリア!それ以前に、あなたは貴族です!」

 悲しそうな顔のまま、ソフィア様が叱咤した。

 「貴族のなすべきこととは何です?答えなさい、フィリア!」


 「何を……!それは当然、宗家を守り立て、繁栄させることです!」

 

 「その義務を果たしつつ、誰はばかることなく、自己を表現することです!己の欲するままに振舞うことです!おのれ自身を輝かせずして、何が貴族ですか!アリエルさんをご覧なさい!ヒロさんを見つけ出したのは、フィリア、あなたです。縁や運というものも含めて、ヒロさんとの友情や信頼関係、旅で得た経験は、あなたが自分で勝ち取った、あなた自身の輝きなのですよ。」


 叱咤の後、優しい声に変わる。


 「その関係は、譲り渡してはいけない財産です。私が取り上げて良いものでもありません。千早さんと同じよ、フィリア。メル家の郎党ではなくて、あなた個人のお友達。家なんか気にしなくていいの。自分のことを考えなさい。」


 そして、ソフィア様は宣言した。

 フィリアそっくりの悪戯な笑顔で。

 「ヒロさんには失礼になるけれど、死霊術師(ネクロマンサー)ひとりがいてもいなくても、私が差配するメル家を小揺るぎもさせるものですか!」

  

 柔らかい笑顔に戻ったソフィア様が、さらに告げた。

 「それでも、そうね。フィリアがメル家のことを考えてくれると言うなら、総領娘として時々はお手伝いを頼もうかしら。ヒロさんを上手に巻き込みなさい、フィリア。個人単位で身軽に動けるあなたの方が、ヒロさんを必要とするし、ヒロさんを活用できるでしょう?千早さんと三人、猛獣も悪霊も退治できる素敵なチーム。メル家としても、その方が戦力として期待できます。」

 

 その笑顔のまま、ソフィア様が再び俺に向き直る。


 「驚かせてしまったかしら?上品で愛らしい、社交夫人の素顔を見てしまって。フィリアとは仲良くしてあげてくださいね、ヒロさん。」

  

 「隔意無く接してくださったことに感謝いたします、ソフィア様。フィリアさんと千早さんには、こちらこそ今後ともよろしくと申し上げます。」



 「驚いただろう、ヒロ。また固くさせてしまったかな。」


 「自分で言う分には構いませんが、ご主人様に言われてしまうと気になりますわ?アレックス。」


 「頼りになる奥様には、いつも感謝しております。」


 場に笑いが戻った。


 「ヒロさんからは、私たちに聞きたいことはありませんか?」


 言うべきか迷う。場の空気を明らかに悪くしかねないから。

 それでも、「外向きの仮面」を外して接してくれているのだ。遠慮する方が失礼にあたるだろう。

 「メル家の郎党」になったわけではないが、千早と同様に、「メル家の準・身内」扱いを受けることになったみたいだし、聞かなくてはいけない。

 

 腹を括って、口を開いた。


 「先ほど、フィリアが、自分のことを『ソフィア様のスペアだ』と言っていました。貴族のルールや決め事を知らずに口を出してはいけないのかもしれませんが、『人が人のスペアとして扱われる』のは、むごいことのように感じられます。ましてフィリアは、有能、むしろそれ以上ですし、人柄も良く、ただ『スペア』として置いておくにはもったいない存在ではないでしょうか。教えていただけるならば、幸いに存じます。」


 「フィリア、頼もしいお友達を得ましたね。」 

 ソフィア様は笑顔であった。


 「私の恥をさらすようなところもありますが、千早さんもご存知のことですし、ヒロさんにも知っておいていただく方が良いですわね。」


 「ソフィア!恥などではない。」

 そう言うアレックス様に微笑を返して、ソフィア様は語り出した。


 「今のメル家には男の子がいない、ということはご存知ですよね。六人姉妹で、三人は正妻の子、三人は……第二夫人、第三夫人と言えば良いでしょうか、そちらに生まれた子、ということになります。」


 まあ、これほどの大貴族なら、そういうこともあるんだろうなあ。


 「メルの家を継ぐ資格があるのは、三人。長女である私と、四女と、末娘であるフィリアです。真ん中の四女は……本決まりではありませんが、ほぼ間違いなく、外に嫁に行くことが決まっています。」


 そこまで言って、声が少し沈んだ。


 「メルは武門の家。後継者として、男子は必須です。端的に言えば、私が男の子を産む必要があります。しかし、結婚して4年、まだ子供を授かりません。」


 「焦ることは無い、ソフィア。まだまだ私たちは若いのだ。」


 「ありがとう、アレックス。私もまだ焦ってはいません。……しかし。もし、私が子供を産めないということが明確になった場合には、フィリアに婿を取って、家を繋げる必要が出てきます。一方で、私に男子が生まれた場合には、フィリアは嫁に出るか、別途一家を立てるか、聖神教の一員となるか、そういう道を歩むことになります。」


 そういう背景があるのですよ。

 俺を見るソフィア様は、ただ笑顔を浮かべているようには見えなかった。

 「ここまでの話を理解できているか」を、見極めようとしている。おそらく、だが。


 「現時点では、フィリアは将来を自分で決めることができない。スペアとして振舞わざるを得ないのです。ヒロさんもおっしゃるとおり、フィリアの能力は高い。どのように生きることもできるのに、縛り付けておかざるを得ない。……私は、『己の欲するままに振舞え、おのれ自身を輝かせよ』などと言って良い立場ではなかったかもしれません。」


 「姉さま、私は好きにやらせてもらっています。聖神教の方でも、学園でも。気に病まないでください。」

 

 「タイムリミットは……あと、2、3年でしょうか。学園を卒業すれば、フィリアも将来を考えていかなければならない。結婚を考えるとなれば、特にそうなります。」


 「姉さま、聖神教ならば、独身でも気楽に待つことができます。」


 

 子供の問題は、どの世界でも、どの家庭でも、大変なことなのか。

 日本もなかなか子供が生まれなくて、少子化って騒がれているもんな。

 そういや、日本の少子化って、何が原因だっけ。子作りをしようにもお金が無い、時間が無い、余力が無い。……メル家ほどの大貴族には、関係ない話か。

 んん?関係ないか?本当に?


 ええい、ままよ。毒食らわば皿まで。

 ここまで空気を悪くしてしまったのは俺だ。どうにかする責任がある。

 

 「失礼を承知で申し上げます。子供を作るためには、子供を作るための時間と余力…気力と体力が必要で、ストレスは大敵かと思われます。アレックス様のお仕事は、あまりに激務ではないでしょうか。余りにも多くのお仕事を兼任されていらっしゃいますが、どうにかできないのでしょうか。」


 「どうにかできるものなら、私もどうにかしたいのだがなあ……。そうだ、ヒロ。記憶が無いということは、なんの予断もなく判断できるということでもあったな。今の極東の行政についてどう思う?」


 うわあ。さっそくに修練を積む羽目になった。


 「二重行政・三重行政かと感じられます。無駄がある……ことは確かですが、そうなる理由もあるわけですよね。何でしょう。効率を犠牲にして得られるもの……。そうか!極東は戦地。何らかの理由でひとつの行政機構が壊滅したとしても、他でカバーすることができます。その保険か!」


 あれ?今日の俺、冴えてるんじゃない?

 

 「しかし、現実に二重・三重になっていると、縦割りの弊害が出てくるわけで……。それをまとめるためには、政治が主導しなくてはいけませんよね。だから、上層部の要職を、少ない人数で兼任しているわけですか!トップダウンで仕切れば、無駄を削ることができる。」


 やっぱ冴えてる。

 引き出す人が良かったのかな?


 「システムとしては問題ありませんが、……その上層部が倒れたら?戦死したり、暗殺が行われたりしたら、大混乱ではないですか?平時でも、忙しくて仕方ないことは確かなわけで……結局、アレックス様の時間がないことは変わりはありませんよね……。やはり、部下の方に責任を持たせて、権限を分担していただく必要はあると思います。縦割りの弊害との兼ね合いということにはなりますが……。」


 虚空をにらみ上げつつ考えながら、ぶつぶつと口にする。

 ふと前を見ると、アレックス様とソフィア様が、顔を見合わせてニヤリと笑っていた。

 

 「これはありがたい。」 


 「原石ではなく、奇貨。アレックスよりもフィリアの評価の方が正しかったでしょうか?フィリア、成長しましたね。」


 「軍人貴族は、基本脳筋でね。武功を立てたがる。政治や行政への意識が低いのが多くてなあ。」


 「数字には強いということも聞いています。最初に質問した内容がクマロイ村の経済状況だったとも。兵站への理解もありそうですね。」


 うへえ。ヨハン司祭に聞いたあの質問まで、そういう捉え方をされちゃうんですか!

 ソフィア様、やっぱりフィリアの姉君だ。もっとシビアかもしれない。



 千早が久しぶりに口を出した。

 「(それがし)が聞き及ぶところでは……僭越ながら、アレックス様の組織は、下の者には働きやすいと聞いてござるよ。『上が現場にしゃしゃり出てこないからやりやすい』と。アレックス様の働きすぎ、ということも無いかと思っていたのでござるが。」


 「そう言ってもらえるとありがたいな。……だが確かに、下に与える権限は、もう少し増やしても良いかもしれない。ヒロの言う、リスク管理の問題がある。」


 「私も少しさぼらせてもらうか。極東は現在のところ安定しているし、前線のギュンメル伯は健在。メル家の郎党を中心とした部下も、さすがの有能さ。そう言えば、義父上も、『極東で気楽にやってこい。早く孫の顔を見せろ』とおっしゃっていた。どうやら仕事の優先順位を間違えていたか。私に求められている最大の仕事は、子作りであったか!」


 「アレックス!」

 ソフィア様が赤くなる。

 「ヒロさんのせいで、話がおかしな方向になってしまいましたわ。」


 「確かに、その責任はとってもらう必要があるな。」

 

 「学園に在籍している間、時々仕事を手伝ってもらうことになると思う。礼金は出す。アルバイトと思って、気楽に受けてくれ。……私にサボれと言ったのはヒロだ。その分だけ働いてもらうとしよう!」


 「それは良うございますわ!私も何かお願いしようかしら!」


 「は、はい!承ります!ソフィア様!」


 「まだ固いなあ!」


 「ほんとうに軍人さんみたいですね!」


 新都について最初の夜は、緊張しっぱなしで……。

 それでも、笑顔に包まれて過ごしたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ