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第二百四十九話 カレワラ、カレワラ、&カレワラ その2


 「こちらは男爵、ヒロ・ド・カレワラである。上級異端審問官・グレゴリウス猊下にお取次ぎ願いたい」


 大騒ぎしつつの行進、出迎え側にも「心の準備」はできていた。

 立っていた男は門衛ではなく、学僧といった趣。


 「事前のお約束プリーヴィアス・アポイントメントなしでは、猊下はお会いしません」


 にべもない。

 いや、そうでなければならぬところだ。なかなか立派な仕事ぶりではある。

  

 「口上を述べるのも面倒だ。そちらには交渉の余地がないこと、あらかじめ申し上げる。この人物は確かにオーギュスト・モンド・ハラ君である。そのことノーフォーク家が保証してくださる。昨夜何があったかについては、キュビ家のエドワード君と天真会の周・李老師が見届けている。……シラは切れぬと思われよ」


 まるで動揺のそぶりを見せない。

 この男、事情を知らされていたものと見える。

 

 「要求は?」 


 「オーギュスト君のために猊下お手ずからミサを執り行うこと、彼の名を顕彰すること……要は、闇に葬らないでいただきたい。それだけです」



 付け入る隙ありと見たか、男が勢い込んだ。


 「顕彰は、宗教上の判断です。世俗が要求できる筋合いではない!」


 議論で勝つつもりはない。勝てるはずもない。

 が、話に乗ってくれた時点で、こちらは半ば目的を達成している。

 


 「世俗のやり方で要求を通せと? ならばこれより昨夜の返礼を為さんのみ。……貴様、本当に家名持ちか?なぜノーフォーク家他歴々の郎党とキュビ家の御曹司までが顔を揃えているか、理解できないか?貴族の館に深夜乗り込めばどうなるか、予測もつかぬ痴呆なのか?」


 「痴呆とは無礼な!聖神教への無体な行い……」


 「聖神教には含むところ無し。私はグレゴリウス猊下、あるいはロンディア聖堂に対して要求している」


 それが、俺のスタンス。

 聖神教はピラミッド型・一枚岩の組織だ。全体を敵に回すつもりは無いし、敵に回したら絶対に勝てない。


 だから分断する。

 相手の数が多いときは、一部を引きずり出しておき、こちらの全力で叩く。戦術のイロハである。



 「若僧が!虎は尾を踏んですら怒るもの。ましてグレゴリウス猊下は教団の良心、神学研究の中枢。貴様が噛み付いているのは喉首だぞ? 渾身の反撃を呼ばずにはおかぬ! キュビやノーフォークとて、聖神教と事を構えるはずも無い。見捨てられてから吠え面かくなよ?」



 引くつもりは始めから無いけれど……「あと、もう少し」と言ったところか。

 

 「渾身の怒りを呼ぼうが、尾だけが怯えて跳ね上がろうが、こちらにとっては同じこと。要求を呑まぬとあらば、貴様ら全員を今ここで皆殺しにするまで。虎が私を食い殺したとて、貴様らがそれを知るのは天に帰った後になるぞ? ……どうも私は長広舌が過ぎるな」



 耐え切れず、背後に居並ぶ各家郎党衆(ゲストのみなさん)が噴き出した。

 エドワードに至っては、唾まで吐き散らしている。


 「よく言うぜ。包囲の時間を稼いでたくせに」


 それだけじゃない、分かってるくせに。


 「手は出すなよ、エドワード。……弓兵、矢をつがえよ。目標は枢機卿、目に付くものはみな殺せ。誰ぞ、まずはこのうるさい門衛を黙らせ……」


 後ろの諸君にネタが割れているのに、猪武者の演技を続けるのはどうにも面映いけれど、こればかりは仕方無い。あと少し……。



 「何の騒ぎか!」


 やっとおいでになった。

 ロンディア聖堂の……平たく言えばナンバー2、ロンディア聖堂騎士団長。

 相手が聖職者では話がかみ合わないけれど。

 こちらとならば、「話ができる」。


 「まだシラを切るか?要求はすでに聞こえているはずだ。返答や如何に!」


 騎士団長どの、半笑いをごまかすべく、顔の造作を中央に寄せて無理に渋い顔を作っていた。

 

 「男爵閣下、私も騎士です。世俗の、軍人の気持ちは知らぬでもないつもりですが……これはあまりにも乱暴では?」



 酌んでもらいたいのは、俺の気持ちじゃないんだよ。


 「無謀な軍事行動に出で、玉砕するのが軍人でしょうか?あるじを諌めもせず、盲従するのが騎士ですか?」 


 半笑いを堪えるための渋面が、苦さを帯びた表情に変わっていく。

 理解してもらえたようだ。

 

 「磐森館来訪に対する返礼ではありませんでしたか。オーギュストのために?」


 オーギュストは聖堂騎士にして異端審問官。

 ロンディア聖堂騎士団とグレゴリウス枢機卿に、いわば両属する立場にあった。

 部下の苦労を、この男が知らぬはずがない。

 

 「騎士団長殿、お言葉を返しましょう。異端審問官の忠誠心、任務の過酷さは『知らぬでもないつもり』です。こうでもせねばオーギュスト君は名も無き夜盗扱い、違いますか?」


 

 ちょうど俺の目の前……聖堂の正門内に、華麗な馬車が到着した。

 グレゴリウス枢機卿猊下、お出かけの予定だったらしい。

 

 聖堂騎士団長は護衛対象を見やる……ふりをしていた。

 その実は、俺から目を逸らしたかっただけ。


 「主に対しては無償の奉仕を捧げるもの、それが聖職者です」


 かすれた声。無理に反論していた。


 「忠誠には恩徳を、仕事には報酬を。それが世俗ですが……罪には罰を。そこは変わるものではありますまい?オーギュスト君はすでに罪に伏した」 

 

 若僧に主導権を取られたままでいられるはずもない。

 組織の長を務める男は、敵のためにここまでする俺の「甘さ」を指弾した。


 「片手落ちと言われる?……お若いとは言え、近衛を勤められる上流貴族が、衆を率いる人君が、そのような青いことを言われますか?上が失敗することもある。その時は下が責任を引き受け、上を、引いては集団を守るものではありませんか」


 それでも、団長にも甘さ……言い換えるなら「情」はあった。

 一般論で俺を突き放すことができなかった。

 

 「オーギュストのことです、名は出さなかったはず。その心を無にされるのですか?」


 

 ミーディエを守って退転したジャック・ゴードンの父、その心だ。


 俺にも少しずつ分かるようになってきた。それを受ける側の気持ちも。

 長年の側近に責任を被せざるを得なかった、ミーディエ辺境伯。

 今になって、その心が理解できるような気がした。地獄から、どん底から立て直した、あの人の偉さも。


 しかし、だからこそ。今の俺は、敵に同調してはいけない。

 

 「オーギュスト君が仕えていたのは、人ではなくて主神でしょう?」


 聖堂騎士団長が赤くなった。

 グレゴリウス枢機卿は、宗教者としては真摯な人柄に間違いなかろう。

 その枢機卿が率いるロンディア聖堂、附属騎士団の面々も、教義には誠実なはず。

 これ以上踏み込んでは、感情のところで反発されてしまう。できる話し合いも成立しなくなる。

 

 「いえ、失礼しました。部外者が教義に関わる逆ねじなど。……オーギュスト君の心を無にするつもりはありません。『責任を取れ』とは、売り言葉に買い言葉のようなもの。ひとえに、『オーギュスト君を顕彰していただきたい』、それだけなのです。磐森でも、苦しい言い訳ながら、夜盗扱いは避けました」



 「なぜそこまでしてくださるのか……あ、いや」


 理解したようだ。

 何も俺が「下の立場の者」に情け深いからではない。

 彼自信が指摘したとおり、「若く、青いから」に過ぎない。


 見せなくてはいけないのだ、俺は。

 郎党の前で、「ウチの主君は知勇兼備、『部下』に情け深い」というところを。

 民衆の前で、「いけすかない坊主に凸する、爽やかな公達だ」というところを。

 貴族仲間に、「右の頬を叩かれたら、左袈裟で斬り返す奴だ」というところを。

  


 騎士団長がようやく笑顔を見せた。誰だってそうなる。

 キチ○イじみた、あるいは世俗勢力のくせにそれこそ「過剰なまでに道徳的モラリスティックに見える」挙動を見せる相手の、行動原理が理解できたのだから。

 相手の立場が、そこまで強いものではないと理解できたのだから。


 「猊下には確かにお伝えいたします」


 足元を見たつもりではあろうが、こちらは何も痛くない。


 「今ここで、お言葉をいただきたい。ひと言でも良いのです。オーギュスト君のために」


 

 猊下がおイラつきあそばしていらっしゃることは明らかだったから。

 お出かけするところを死体と軍人に遮られてはたまるまい。


 お堅い正論居士、「双子滅すべし、正義は我にあり」と思い込んでいる人物だ。

 だいたい教条主義者は、「正規の手続」が大好きだ。横紙破りの強訴を「面白がる」という精神構造を持っていない。


 ……案の定、吠え声が聞こえてきた。


 「わが行く手を邪魔立てしますか!……各枢機卿と聖堂騎士団長に緊急召集がかかったのです!台下にお会いするのですぞ!」


 駄目押しだ!

 

 「お出かけとあらば、先導ならびに護衛を務めましょうぞ!そう、オーギュスト君と共に!……さあ諸君、猊下のご来駕を受け、パレードの第二幕だ!」

 

 

 そのひと言に、やっと諦めたらしい。枢機卿が馬車から顔をのぞかせた。

 威厳に満ちた……あるいは頑固そうな、壮年。

 ガッチリ張った顎の中で奥歯を噛み締めて後、おもむろにお言葉を述べられる。

  

 「男爵閣下、ブラザー・オーギュストのお見送り感謝いたします。謹んで告別ミサを執り行いましょう」


 その言葉を、大声張り上げて背後の人々に向かい復唱する。

 これが潮時、限界だ。


 道を開け、オーギュストの遺体を降ろす。

 血の気はとうに引いていた。触れた額は冷たかった。

 自分の手ばかりが、やけに熱く感じられた。

 

 その脇を、馬車の隊列が走り去って行く。

 どうせ車中で、未熟だの詰めが甘いだの言ってるんだろう。

 口約束など、後からどうとでもできると。


 悪いが、俺はもともと日本人。

 宗教と宗教家には、不信感しか抱いていないのである。

 これで済ませるわけがない。

 

 台下に会いに行くなら、好都合なのである。

  



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