第二百四十八話 二度目の初陣 その2
目が合ったその瞬間に、号令を発していた。
「射て取れ」
まともな勝負をしかけて良い相手では無かったから。
実力もさることながら、「噛み合わぬ」敵。
「はっ。……斉射三通!」
ユルの大音声に、四方八方の暗闇から、灯火煌く中庭へと矢が飛び交った。
射れば当たる状況だ。軽装の者を中心に七、八人は倒したであろうか。
だが敵の中核は、あるいは重装を利して矢を跳ね返し、またあるいは盾を掲げ。
亀のようにじりじりと前進してきた。
敗北必定の場面でも一切の崩れを見せぬ、訓練を重ねた一団。
……三十人で落とせる館ではないことぐらい、分かっていただろうに。
「石弾、投槍、弩弓を用いよ」
応じて大音声の指示が飛ぶ。
全身鎧の戦士までが次々と膝を屈する中、なお敵は前進を止めぬ。
半分は「削った」であろうか。
二階のバルコニーに立つ幹部郎党衆が、一階の正面入口前に隊列を組む若手が、浮き足立っていた。
怯えているわけではない。
彼らの気持ちは分かる。「矢戦では手柄にならない」のだ。
「そろそろ我らに出番を作っていただかなくては……」という半ば脅迫じみた願望が、後ろ姿に溢れていた。
セルジュ・P・モンテスキューもドメニコ・ドゥオモもこれで苦労している。
しかしこの敵は危険だ。まともな勝負になる相手とは思えない。
我ら「家名持ち」と同じ理屈で動く集団では無いのだ。
――それでも、試す価値はあるか――
顎を上げ、できる限り冷静に聞こえるよう意識しつつ、呼びかけた。
「カレワラ男爵家と知っての所業か!陛下より預かりしこの磐森の安寧を乱すとあらば、賊とみなして屠殺する!理由ありての行いならば名乗れ!討ち取って軍功帳にその名を刻まん!」
現状、彼らの行いは「夜盗」「乱賊」と評価されるべきもの。
一対一の勝負などさせてもらえる立場では無い、それぐらいは理解できるはず。
犯罪者と扱われ、石もて撃たれ死体をさらしものにされるのだ。
そんな犬死にはしたくないだろう?
いや、俺がさせたくない。
名乗れ。理由を言え。
待つこと二拍。亀のごときファランクスから、ひとりが剥がれ落ちた。
「我が名は○×!……武勇の誉れ高きカレワラ男爵に勝負を挑まん!」
やはり、理由は口にできぬか。
選ばれたのは、とってつけた口上。しかし当座の言い訳には万能の文句。
そしてこれに対する返答も、家名持ちならば誰でも知っている。
「推参なり!誉れ高き我が主に挑む前に、まずはその武勇を証すべし!我は古より御前に控えしパーシヴァル、名はハーヴェイ!」
耐え切れなくなったか、その明瞭な頭脳で俺の思いを受け取ってくれたのか。
男達が5人6人と名乗りを挙げる。敵将も彼らを留めようとはしなかった。
家名持ちの敵……それも精鋭を相手に、カレワラ郎党衆もよく奮闘した。
個人的な武勇においては遜色無し、その事実に深い満足を覚える。
多くの者が両者ノックアウトとなる中、実力差が明確な組合わせもあった。
ハーヴェイの誇らしげな勝ち名乗りを、アンヌ・ウィリスが帳面に記してゆく。
追い詰められてまさに首を掻かれんとする郎党もあった。
敵が馬乗りになったと見えたその時、弦鳴りが闇を切り裂く。
高く響く鞆音と共に、敵の背には矢が突き立っていた。
弓を返さぬまま、ピーターが二の矢を継ぐ。
郎党衆も気が立っている。一人が詰め寄った。
「貴様!一対一の勝負を何と心得るか!これだから平民は……」
愚にもつかぬ。
フォローを入れねばならぬか。戦闘中にすることではないが……。
しかしピーターもいまや歴戦の従士、主君に手間をかけさせる男ではなかった。
緋扇の家紋が入った鞘から鉈を抜き放ち、詰め寄り返していた。
「見て分かりませんか?あいつらはまともじゃない!だいたいこれは戦です!騎士道だの勝負だの、そういう場面じゃありません!」
「いや、しかし……それに味方に当たったら……」
「おっしゃるとおり、誤射すれば死。しかし矢を放たねば、敵に首を掻かれるのみ。いずれ同じことです!敵に当たればお味方の命が助かるならば、撃たぬ理由が無い!」
揺らがぬピーター。
揺らがぬ敵が、5人。
盗賊と罵られようが死体を辱められることになろうが、意にも介さぬ男達。
名誉すら顧みぬ、忠義の人びと。
矢石を掻い潜り、ついにバルコニーに通ずる階段の前に立っていた。
ある者は血を流し、ある者は足を引きずりながら、なおも階に足をかける。
――もう良い。充分だ。終わりにしてやる――
ひとりがユル・ライネンの斧槍に胴を薙がれ、転落した。
ひとりは跳躍したちうへい・エイヴォンに海賊刀で兜を割られた。
ふたりは、俺が長巻の柄で殴り倒した。
ピーターがとどめを入れる。
残った指揮官を、階段から騎馬で駆け下ったアカイウスが吹き飛ばす。
暗闇からぬっと現れたヒュームが、縄をかけていた。
自殺を防ぐさまざまな手順を噛ませつつ。
その必要はなかろうと、一瞬とまどいを覚えたけれど。
思えば名誉すら捨て、勝算無き戦に挑んだ男であった。
教えのためにこそ自殺する、教義を捨てる。それすら厭わぬであろう。
男は異端審問官、オーギュスト・モンド・ハラであったのだから。




