第十七話 新都へ その5
この場にいる皆さんは、すでにお互い面識がある。
ごく自然に会話が始まっていた。
初めてやって来たゲストは、俺だけ。どう会話に加われば良いのか。
挨拶しようか迷ったが……。
アリエルがすかさずフォローしてくれた。
「ヒロ、紹介を受けるまでは口を開いてはダメよ。」
持ってて良かった、貴族の幽霊。一家に一体は確保しておくことを、強くお勧めしたい。
ソフィア様が、こちらを向いた。
そのタイミングで、フィリアがソフィア様に話しかける。
「姉さま、こちらはヒロさんです。類稀なる霊能をお持ちの、死霊術師です。」
「この春から学園に入学することになった。私が身元保証人を引き受ける。」
「ヒロ、ここで挨拶よ!」
この流れね、覚えておこうっと。
「お目にかかれて光栄です、メル夫人。ご紹介に預かりました、死霊術師のヒロと申します。」
……どうしよう、この後何を言えば良いのか。っていうか、メル夫人でいいのか?
「はじめまして、ヒロさん。固くならないでくださいね。ソフィア・P・ド・ラ・メルです。名前で呼んでください。フィリアと主人にそこまで見込まれるなんて、よほど素晴らしい霊能をお持ちなのね。ゆっくりお話を聞かせてくださいね。」
優しい声に優しい顔。多少の至らなさには目をつぶる鷹揚な態度。慣れていない人間を会話に誘導し、場を白けさせないようにする配慮。
こういう場こそ、貴族としての「能力の優劣」が現れるところなのかもしれない。
「ヒロさんは、どちらのご出身?」
身分ほか、背景を知るには必須の情報だよな。本来、先ほど俺から言うべきことだったんだろうなあ。
「あ、はい、実は記憶喪失で、自分でも分からないのです。ギュンメルのクマロイ村で発見されて、フィリアさんに保護されました。」
直立不動で答えてしまった。
「まあ!それは……ご苦労をなさったのですね。」
「いえ、フィリアさんと千早さんに、助けていただきました。このたびはアレックス様に身分保証をしていただき……、みなさまには感謝しても感謝しきれません。」
「この上なく善良な方です。ね、千早さん?」
「ギュンメル伯ご一家とウッドメルの兄弟からも、厚い信頼をかち得てござる。」
「あら、何かあったのね?二人の実習の旅の話もぜひ聞かなくては。つい嬉しくて、立ち話が長くなってしまったわね。さあ、こちらへ。」
メイドに何事かを告げつつ、先に立って案内してくれる。
大きなホール?に通された。
雰囲気からして、食事をいただくのであろう。腹は減っているけれど……。正直、恐ろしさばかりが先に立つ。
助けてアリ○も~ん!
「しょうがないなあ、ヒロくんは。大丈夫。全て私の言うとおりにしなさい。とりあえず、基本的に下は向くな!」
何が出たのかなんて、分かりゃしない。味もほとんど覚えていない。
ただ、思ったよりは少なかった、という印象だけは残った。
俺の体は13歳であり、食欲魔人なお年頃であるということを差し引いても、やや少ない。
食事の後、場を移した。
暖炉とソファーがある部屋。
談話室、というのだそうな。
全員がそれぞれのソファーに落ち着き、使用人がお茶やお菓子、軽食の類を置いて出て行ったところで。
場の全員が笑い出した。
「ヒロさん、頑張りましたね!」
「いや、必死であったな!」
「某は笑えんでござるよ。毎度何か間違いをしてはいないかと、必死ゆえ……しかし、今回はヒロ殿がいて助かった!いや、申し訳ござらん!」
「皆さん、いけませんわ。記憶を失っていらっしゃるのでしょう?場の空気を壊すまいという思い、強く伝わりましたわ。フィリアの言うとおり、善良な方ですのね。」
そういうソフィア様も、くすくす笑っている。
「それほどヒドイものでしたか……」
「酷くはなかったですよ。ただ、ヒロさんは今宵の主賓。楽しんでいただかないと。」
フィリアが言う。ソフィア様から言うわけにはいかないことなんだろう。
「食事を軽めにしておくあたり、さすがの差配。良い奥さんで私は幸せだ!」
のろけにかこつけた、ネタバラシ。
「ご馳走様にござる。」
「すみません!……じゃなくて、ありがとうございます!」
「だから固い固い。場を移したことでもあるし、ここからはいつもの調子で話すことだ。それがマナーと心得たまえ!」
「私と千早さんのことは、いつもどおり呼び捨てでお願いしますね。」
「そうですわね……。ヒロさん、軍人さんになったつもりで会話してみてはいかがでしょう?気を使ったり言葉を飾ったりしなくても大丈夫ですよ。」
ソフィア様の言葉に、フィリアがハッとした。
「確かにヒロさんの性質には、それに近いところもあるように思いますが……。姉さまはもうお気づきに?」
「あまり姉を見くびるものではなくてよ、フィリア?なんてね、冗談です。見抜けるわけなどありませんわ。ただ、先ほどから、直立不動ですもの。座っていてもカチカチ。軍人さんみたい。軍人さんは、こちらから質問しないと口を開いてくださらないですから、さっそく伺いますね。」
俺に顔を向けてきた。
「目を逸らしちゃダメ!」
アリエルの言葉に、必死で従う。
「お供の幽霊は、貴族の方ですの?私は霊能を持っていませんけれど、ヒロさんは死霊術師でしょう?それに先ほどから、背後を気にされて、指導に従っていらっしゃるみたいに見えましたの。」
客人の挙動を見逃さない。さすがとしか言いようがない。
「ええ、貴族です。『詩人アリエル』だと本人は名乗っています。」
「ちょっと、ヒロ。何それ。人を詐欺師みたいに言わないでちょうだい!」
「まあ、詩人アリエル!……と名乗っていらっしゃるの?」
「私としては信じているのですが、思っていた以上に、あまりにも大物みたいなので、何か怖くなってきて……。」
「それならば、検証してみましょう?軍人さんらしく。」
「本名が『なるへい』だということは確認が取れています。それを口にすると怒り出すので。武器は双剣。ムキムキマッチョで、とてもお見せできないような、半裸に近い姿で歩いています。口調はオネエ言葉。男性で、バイだそうです。出会ったときは、小ぶりなハープを抱えて、歌を口ずさんでいました。」
「間違いありませんわね。アリエルの肖像画は脚色されていて、長い着物を着た細身の男性として描かれているのですが、実際はたくましい男性でした。騙るのであれば、『いかにも線が細く、いかにも上品に』振舞うはずですわ。それにしても、うふふふ。」
「あ、姿は下品ですけれど、人柄には品があります。『いかにも』ではないんです。一見ゲテモノだけど、内実は『芯から、自然に』品があるんです。」
「まあヒロ、当然の事とは言え、良いこと言うわね。でも、ゲテモノ扱いなんて、美的センスを磨く必要があるわよ。」
「ヒロさん、その調子で会話してくださいね。……しかし今後は、詩人アリエルを連れていることは、あまり話さないほうが良いかも知れません。」
「確かに。いらぬ摩擦を引き起こす可能性もあるし、騙りを疑われても面倒だな。」
アレックス様が口を挟む。
ソフィア様の見解は、少し違うものであった。
「ヒロさんがもう少し大きくなって、名前が売れ出して、サロンや社交の場に出るようになってから明かすほうが、大きな効果が期待できますわ。」
検証してみようとしたり、戦略的に考えてみたり。
ただただ愛らしい人かと思っていたら、そうでもなかった。
さすがはフィリアの姉君。
そんなことを考えた、俺の隣で。フィリアが息を飲んだ。
アレックス様も、千早も、目を丸くしている。
何?また何か失礼をしましたか?
「姉さま……?」
「いつもの調子で話すことがマナー、でしょう?」
フィリアそっくりの悪戯な笑顔。
「アレックスとフィリア、両方の眼鏡にかなう方なんて、そうはいらっしゃいませんもの。」