第二百四十六話 ヒロのなつやすみ その2
預かったからには責任がある。
と、いうわけで。改めて、双子と面談(?)する運びとなった。
カレワラ家中の主だったメンバーと、滞在中の友人(寄騎)たちと一緒に。
入って来た双子、こちらを睨めつけている。
俺のことが気に入らないのか、教団関係者以外に心を開かないのか、はたまた人間不信なのか。
そのあたりは、まだまだ理解するに至らないけれど。
ともかく、野良猫みたいな目つきを見せている。
預言者として大切にされていたおかげか、栄養状態は良好そうだったし、着ている服やなにかも、(おかしな教団ならではの悪趣味に目をつぶれば)上等であったが。
こりゃあ苦労しそうだと思いつつ、名前を尋ねてみれば。
答えない。
じっとこちらを睨んでいる。
大人に囲まれているのに、良い根性ではある。
「ユル殿。つまみあげてみてくだされ」
何を考えているのやら、ヒュームの提案。
俺の顔色に許可を読み取ったユル、双子の襟首を後ろからひょいとつまみあげた。
両の手に、かるがると。ぶらぶらと。
「む。どちらもアホの子ではないようでござる。手足を曲げておる」
ヒューム君!それ犬猫の鑑別法!
「子供など犬猫と大差ありません、ご主君。躾しだいの存在です」
子供にも一切の容赦を見せない、毎度ながらのアカイウス。
しかし、よくよく考えてみれば。
アレックス様の言葉――「『殴って言う事を聞かせろ』とは、『斬らずに殴れ』という意味だ。いきなり処分しないことこそ温情、それが武家さ」――ではないけれど。
「躾しだい」と言っている以上は、ウッドメル家のヤンや屍霊術師の子供のような目に遭わせるつもりはないと見て良い……のかな?
「ご主君が引き取ると決めた以上は、その方針に異議はありません。が、お家に仇なす真似だけはさせぬよう、きっちりと調k……教育しておく必要はあります」
ねえいま、調教って言いかけたよね?
何で手に馬鞭を持ってるのかな?
「ご主君はお前たちの名をお尋ねである」
無視ですかそうですか。相変わらずキツイっすね、アカイウス先輩。
「動物は危険に対して敏感だ」などと聞くけれど。
動物だろうが人間だろうが、ご機嫌斜めなアカイウスの三白眼を下から見上げるのは、なかなか、その。
まだ幼児と言って良い年齢のふたりに耐えられるはずもなく。
見るからに不承不承、ふてくされたような声で双子が名乗りを挙げた。
「ミラクル(中略十八字)メサイアスーパースター」
「ファンタスティック(中略十五字)プロフェットアルテマ」
うん、ごめん。それは名乗りたくないよね。聞いた俺が悪かった。
「名前から考え直そう」
お、はじめて笑顔を見せた。ここは頑張りどころだな?
双子……で、神様がらみ……って言ったら。
海幸彦と山幸彦とか?
(なるへいもヒドイけどさ。カレワラ家のネーミングセンス、腐ってんじゃないの?)
腐ってるのはお前だと言いたいところだが、正論とは耳に痛いもの。聞き入れることとする。
ではとりあえず、洋風にしてみますかね。
エサウとヤコブ……なんかケンカしそうだよな。仲良しの双子は……よし!
「この家にいるあいだ、君はカストル、君はポルックス。気に入らなかったら、大人になってから変えてくれ」
特に理由があったわけではないが。
肩に触れようと、しゃがんで手を伸ばした時。右の子は硬直し、左の子は体を引いた。
数センチの差で右の子に先に触れたから、そちらがカストル。
見た目そっくりで、区別をつけにくい双子だったけれど。
小さな性格の差があった。
アカイウスにならい、言葉は悪いが犬猫に喩えるならば。
毛を逆立て、ふしゃーっと威嚇するタイプがポルックス。
じっと座り込み、ねっとりとこちらを睨め上げるのがカストル。
そんな感じ。
「とりあえず、食事にするぞ?」
子供に大切なのは、食事と睡眠。
それは宇宙の根本原理、人の生きるための真理よ。
カストルとポルックスの食事マナーは、かなり洗練されていた。
もともと「良いところ」の出なのか、インコ真理教団が「看板」として育てたからか。
いずれにせよ、そうした意味での虐待は無かったのだろう。まずはひと安心だ。
そして食べれば眠くなるのが子供である。預言者だろうが関係ない。
歯を磨かせ、見張りを立てた寝室に放り込み。
「どう思う?……今後、何が必要だ?」
「当座、大きな心配はござるまい」
「だな」
「最低限の躾はされていたようです」
領主の息子・ヒューム、農家の息子・マグナム、家名持ちのアカイウス。
社会の各層を代表する人々がそう言うのだから、まずは問題ないのだろう。
が。
「今後について決めるのはヒロ、お前だぜ?親代わりなんだから」
「で、ござるな」
アカイウスは無言。
参考になるかどうか……。
いまのカレワラ家に出入りする子供達は、サイサリスの息子、ファギュス、そして譜代郎党衆の息子3人……は、教育方針のレールが敷かれているけれど。
「サイサ……、いやヴェロニカ。君の息子、ヴィートは6歳だったな。今後どうする?」
「貴族に侍女仕えするのに、源氏名はまずいですよね?」ということで。
サイサリスは、修道女時代のヴェロニカに名を戻していた。
「天真会の教育方針を継続するつもりです。体力づくり、社会の仕組みと道徳、読み書き計数、生活に必要な技術」
ヴィート。元気に、活発に。
俺にはまだ、「分かる」なんて口にする資格はないんだろうけれど。
親の切なる願いだよな。
「ファギュスは3歳……実質は2歳半過ぎか。やはりしばらくは、その方向だろうね。これからもお願いできるかな、ヴェロニカ?」
脳内のヴァガンは、頭を抱えていたけれど。
(うー。貴族の家来と、天真会と、平民と、どれがいいんだ?学園とか通わせたほうがいいのかな?)
それもまた、親の切なる願い。
「ええ。ひとりもふたりも同じですから。弟ができてヴィートも喜んでます!……ただ、その。ヒロさん、いえお館様。ヴィートについては、そろそろ方針のご指示を……郎党にしていただけるのか、ピーターさんのような従僕にされるのか、商家や職人の家に出していくのか」
おとなになるのが早い社会だ。
いわゆる封建制、貴族の子は貴族、郎党の子は郎党、職人の子は職人……ならば、早くから技能を身に付けていくほうが何かと有利。いや、封建の世に限らず、現代社会でもそこは同じか。
しかし、どうするか。
数少ない「身内」のひとり、郎党に取り立てるべきところかもしれない。
ひとり息子だもの、戦争の危険のないところで身を立てさせるべきかもしれない。
……17歳の悩みかね、これが。
「『まだ早い』とお館様は仰せでござるよ、ヴェロニカ殿。英才教育も悪くはないが、子供のうちは幅を広げることも大切。『遊ぶことも仕事のうち』にて」
少し考えた俺を遮るように、ヴェロニカの不安を払いのけるように。
ヒュームが素早く口を挟んだ。
頭領の息子として、子供を含めた「若手」を取り纏めてきた少年だ。
年齢ごとの、なんだ?発達基準とか達成目標とか。
そういうところの判断には、自信があるのだろう。
「こちらのお館様は、情に篤うござる。いずれにせよ身が立つようにしてくれること、間違いござらぬ」
舌打ちが出る。
でも、まあ、あれだ。ここのところの出張業務の「代休」ではないけれど。
8月の後半は休みが取れたことでもあるし。
「領内・家内を見る時間ができた。カストル・ポルックスに、ヴィートのこともよく見て、向き不向きや好みを見定めるとしよう」
夏休みの家族サービス。
……17歳の悩みかね、これが。
 




