第二百四十五話 在○○二世 その1 (R15)
帰り道、聖堂騎士団はなぜかずっと、俺の周囲に座を占めていた。
双子を奪うためではなく、守るために。
そのことには少しだけ、安心できたのだけれど。
「カルヴィン。『一刻を争う』とはつまり、この双子の奪い合いか?」
綺麗な横顔をゆがめたまま、何ひとつ答えようとしない。
嘘のつけないヤツだ。
そして答えぬまま、自分の都合を押しつけようとしてきた。……力ない声で。
「教団で保護する。渡してはもらえないか?」
「俺たちには前科がある、違うかカルヴィン?お前が俺を信用できないのと同様に、俺もこの問題ではお前を信用できない」
「俺も全てを知らされているわけではない。が、信じてもらいたい。これは『上』からの指示だ」
いつだって、苦労するのは現場なんだよな。
お前に責めを負わせるつもりはないさ。
「分かってる。だから『枢機卿以上を通せ』と宣言したんだ。『上』ってのは騎士団長か?……それとも所属聖堂、ピウツスキ猊下か?」
「猊下のお人柄は知っているだろう?」
「お立場も知っている。教えのためなら何でもする、聖堂騎士団ご出身だということもな」
都を目指して南東へと下る、「西川」。
その川面をゆく涼風に、ばさりと音を立てて帆が膨らみ。
「ヒロ。問うぞ?お前、その双子を守りきれるのか?」
その陰から聞こえてきた声の苦さに、少し腹が立った。
「お前らに預けるよりはマシだよ」
「貴様、まだそんな中途半端を!正直の美徳は意志の弱さを正当化するものではないぞ!」
意志が強い……だけじゃなくて、強情っ張りだよなお前は。
「逆に聞くぞ?カルヴィン。お前は絶対に守りきれるのか?……異端審問官や石頭の偉いさんに『その子は異端です』と認定されても、殺さずにいられるのか?」
あの時以来、一切口には出さないけれど。お前だって心を痛めたんだろう?
……俺のせいで。
「少なくとも当座はカレワラ家で預かると言っている。情報を得ないことには、何も分からないだろう?……だがな、これだけは絶対に約束してやる。異端審問官には引き渡さない!」
焼死体を前にして、オーギュストは言い放ったのだ。
表情のひとつも変えることなく。
「この者は、獣姦の大罪を犯したのです」
――異端は人ではない。ですから異端の女を犯したこの男の罪は、獣姦です――
「あいつらが人を裁いて良いわけが無い!あんなやつに子供を預けられるか!その場で撫で斬りにしなかったことに感謝しろ!」
どうにも理解できなかった違和感を、怒鳴り声でごまかした。
オーギュスト・ハラは、異端審問官とは思えぬほど柔和で。
不愉快なところなど、何ひとつ無かったのに。
「いろいろとありますが、まずブラザー・オーギュストの人柄や行いについて説明を申し上げねば、納得はいただけないものと思っております」
枢機卿を通せとは言ったけれど。
磐森館まで足を運ばれてしまうと、やはり微妙に心苦しい。
「ブラザー・オーギュスト、あるいはモンド少年は、苦悩を抱えていました。……父親が、『異世界から転生してきた』などと吹聴する虚言癖の持ち主で」
枢機卿レベルでも、それは「突拍子も無いこと」。
動揺に目を剥いた俺に向けられたのは、「さもありなん」と言わんばかりの納得の表情。
「善良な方でした。頭を打つかして、記憶が一部混乱していたのかもしれません。しばしば我々とは違う『振る舞い』もありましたが、法を犯すようなことはなく、人柄にも悪辣なところなど皆無で」
ピウツスキ枢機卿は、「あなたと同じ境遇です」と語りかけてきた。
「異世界から来た」という共通点には気づかぬままに。
「その男性は、発明家として名を馳せました。マヨネーズなるものを作ったり……特に、円運動の応用に巧みでした。『上下運動と円運動を結びつける』概念を発明したと聞いています。霊銃のリボルバー、さらには極東のオットー・マイヤー工房が開発したガトリング霊銃、あるいは自転車など、全て彼の発明に端を発しているのです」
もしその男が、石炭を手に入れていたら。
蒸気機関が発明される……「されてしまう」ところであった。
「ツテもないのに貴族に売り込もうとしては門前払い、大商人にも見向きもされず。しかしマヨネーズは、身近の裕福な家庭に受け容れられ、様々な工夫は職人に喜ばれました」
生活圏が狭かった、あるいは学究肌の職人が近くにいなかったことが、幸いしたか。
その男にとっては、不幸だったかもしれないけれど。
「小さな発明品やアイディアを売っては小金を稼ぐ日々。ほどほどに生活には余裕もあり、人柄も良かったことから、妻子には恵まれました。が、友となろうとする人に対しても、『俺は異世界から転生してきた』で、去られてしまう。……まあ、罪の無いホラだと、愉快な名物男として知られていました」
吉四六さん(?)扱い。
本人は納得できなかったみたいだけど。
それぐらいのほうが、気楽で良いんじゃなかろうか?
「聖神教や、政府の諜報部も注目していたようです。異端ではないか、外国の密偵ではないかと。……おそらく遠い異国の出身であることは確かであろうと。そちらの科学技術を思い出したときに『発明』が生まれたのでしょう。政府は、『それだけのことで、害のない男』と見て目を離し、聖神教では、『無宗教ゆえ、異端では無い』ということで目を離しました。男性はその後、平和な生涯を終えています」
苦労はあったかもしれないけれど、「めでたしめでたし」の範疇だ。
緩んだ俺の頬に目を細めたピウツスキ猊下はしかし、すぐに表情を引き締めた。
「が、モンド少年……ブラザー・オーギュストの心は深く傷ついていました。父は『俺は異世界から来たんだぞ』と繰り返す。全くの狂人ならば逆に耐えられたかもしれません。しかし、普段はまっとう……どころか、人柄も良く教養もあるのに、ただ一点だけ狂っている。しかもその狂気には筋道が通っている。父を信じて良いものか、自分はこの世界の人間とは違うのか……幼い魂には厳しい試練です。母親も早くに亡くなる中、外に出れば近所の者からは愛されつつも嘲笑われ。子供達からは『お前の父ちゃん大嘘つきー』です」
父親にとっては、自分のアイデンティティに関わる問題で。
息子だからこそ、信じてほしいだろうし。
息子の将来を思えばこそ、伝えたい知識や学問があったのだろうけれど……。
「教区にあった神官が、モンド少年の孤独と悲しみに気づき、慰めの言葉をかけました。『あなたのお父さんは、遠い異国の人ですが、この世界の人間です。頭をぶつけて、少しだけ、ほんの少しだけおかしくなってしまったのですよ』。『周囲の皆さんからは愛されています。安心なさい、あなた方に危害を加える人などいません』と」
1000年の歴史を誇る、王国社会。
王室にメル家、立花にトワにキュビ、宗教界。
名を知られることも無い堅くしなやかな筋金が、そこかしこに入っている。
だから倒れない。
「彼の心は救われました。『敵国から流れ着いた男でも、受け容れてくれる』。『頑張って働けば、きちんとお金が入って生活できる。不当に取り上げられることもない』。『うそつきでも周りの皆は笑って許してくれる』。『この世界はすばらしい。この国は寛容だ』。『父がどうあれ、僕はこの世界の人間だ。この国の人間でありたい』。……導いてくれた神官への敬意を胸に、モンド少年も信仰の道に入りました。常に研鑽を欠かさず、固い信仰を維持し。国家のため教えのために身を削る。それゆえ常に成果を挙げ続け、周囲の信頼も厚い」
オーギュスト・ハラも、筋金か。
「ブラザー・オーギュストは、王国民の、聖神教徒の純粋なる模範と言える男性です。……ヒロさん、あの方に不快を感じましたか?」
不快ではなかった。
発言に抱いた感覚も、嫌悪と言うよりは……「閉口」や「辟易」に近いかもしれない。
決して埋めようが無い溝、すり合わせが不可能なズレ。感じたのは、そうしたもの。
「異端は人ではない」。
俺には絶対に認められない発想だが、聖神教内では通用している考え方だ。
そして、聖神教が王国内の一神教を「取りまとめる」ことが許されているならば。
「一神教を奉ずる以上は、聖神教以外の異端に走るべきではない。異端は人間扱いされない」という考え方は、王国社会全体に通用するものだと言うこともできる。
それは多分に比喩的な意味合いであろう。
だがあの男は教理に純粋であるあまり、額面どおりに受け取っていて。
王国社会の光を、聖神教の救いを純真に信じているがゆえにこそ。
オーギュストはグロテスクな存在になっている。
「聖神教徒としては、どれほど彼に悪感情を抱いたとしても、『やりすぎでは?』以上の気持ちにはなれません。それがブラザー・オーギュストです。……ヒロさんが憤慨した件についても、火あぶりにされた男が犯罪者であることには、間違いが無い。のみならず軍事行動に従事する者として、聖神教の徒として、男性として、人として、その男は許しがたい罪を犯したのです。刑罰も、『少々厳しすぎるかもしれないが、妥当と評価できる』範囲内にある」
王国社会の「半分」を占める聖神教、その感覚からは「グロテスクなところなど、どこにもない」。
だから俺としては、「閉口するほか無い」わけで。
「カルヴィンがああはならなかったことに、私は幸いを感じます」
そう言い返すのが、せいいっぱい。
「それが幸いであると断言しない……あるいは断言できないのが、聖神教の徒です。……いえ、ブラザー・カルヴィンについては、これで良いと思っています。ヒロさんや、ブラザー・オーギュスト、ほかいろいろな人と出会うことで、彼の魂は磨かれている」
それはあなたも同じでしょう?……ですか。
一番左に俺がいて、一番右にオーギュストがいて。間にカルヴィンや誰や彼やがいて。
地位を得た俺。今後は「彼ら」に「寄って行く」ことが要求される。
武人徴が、エッツィオ辺境伯の言葉が、それを暗示していた。




