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第二百四十四話 邪宗 その2

 

 8月には、あまり良い思い出が無い。

 いや、語弊があった。訂正する。

 

 8月の思い出には、妙に腥さが付き纏う。

 ダグダの南道、そして大戦。

 


 じりじりと照りつける日差し。揺らぐ陽炎の、その向こう。

 あってほしくは無かった物が。

 

 山道の中ほどに、砦や関所などと言うも愚かな、粗末なバリケード。

 新規抱えの郎党達の、初陣の少年達の、信仰に生きる騎士たちの。その双眸に、歓喜の光が点る。


 これが王国に生きる男の、この大陸に生きる者の、自然な感情。

 俺も、かくあらねばならぬ、のか。



 「カルヴィン?」

 どうするか意見を求めようと……そう、俺は意見を求める立場。

 本軍事行動の隊長であった。


 兵が精鋭ならば、士官も選りすぐり。

 こんな「遠足」の引率など、手柄にならぬことは分かっている。

 経験者に譲り、他日のためのノウハウを蓄積すべきところだ。

 そんなわけで上流貴族の皆さん、俺を祭り上げたのである。

 


 ともかく意見を求めるべく、左に目を転ずれば。

 悪く言えばやや視野が狭い……良く言えば目標に対してわき目も振らぬ、そんな18歳の少年の目には、憂慮の色が浮かんでいて。


 お前もそういう顔をするようになったか。

 ああ、大戦はキツかったよな。


 「ヒロ。速戦即決、行けるか?」


 違った。憂慮ではなく、焦慮であった。

 そういえば「一刻を争う」と言っていたな。

 経験の少ない者達の前で焦りを見せる愚は、さすがに犯さなかったけれど。



 「忙中有閑、急がば回れ。そうだろう、カルヴィン?……このメンツを見ろ。大丈夫さ。むしろ焦って大怪我されでもしたら困る」


 先ごろ立花伯爵から聞いた言葉を、さっそく拝借する。

 いまこの時に、ふさわしいと思ったから。

 


 「普通に考えれば、敵は高地を取り、防御の陣まで布いている。まともに当たるべきではありませんが……ここは山中。長期戦や火を使えるケースでも無い」


 ムーサ・ヘクマチアルだ。

 「滝口」の仕事をヒュームに任せ、「代わりに私が」と、俺の側についていた。


 「100からの兵を率いたいと言っていたが?」


 「その前に、『技』を見せねばならぬでしょう?ヘクマチアルの家伝、その一端ですが……」

 

 最後まで口にせず、すぐ脇の山林へと姿を消した。


 そこそこ以上に腕が立つので誤解しがちであったけれど。

 この男を技能から分類するなら「盗賊シーフ」いや「悪党ローグ」といったところ。

 考えてみれば……父は暗殺者、長兄は海賊、次兄は強盗。

 おいおい説明する機会もあろうかと思うが、ムーサもまた、ヘクマチアルの名を継ぐ男であった。



 仕掛けが終わるまでの間、兵にひと息入れさせて。


 「ムーサの説明が全てさ。力押しをしなくてはいけないケースもあるけれど」 

 と、年少者に話を振ってみれば。



 「長物の穂先が落ち着き無く動いている。兵気が鈍い証ですね。……ならば、ひと揺すりすれば」


 「『浮き足立って潰走する』だね、エミール?」

 

 「……と、理屈は習っているよね、クリスチアン。でも実際、どの程度乱れていれば『兵気が鈍い』と言えるのか、それが分からない」



 イーサンが、ひょいと腰を上げた。

 「分からないなら、確かめるのさ。降伏勧告、僕にやらせてくれ」


 肩越しに笑顔を見せる。


 「そろそろ良い頃合、だろう?兵の威容を見せつつ、仕掛けの時間も稼いだところ」


 頼もしい限り。

 ……中隊長殿にこそ、出てもらうべきところだったかな。後学のために。



 「村の者に告ぐ。武器を捨て、道を開けよ。命は取らぬ」


 バリケードの壁頭に、一人が立ち上がった。

 妙ちきりんな格好、村人ではない男。

 何か言おうと……させるわけもなく。

 

 「邪教徒討伐に協力すれば、罪は全て帳消しだ」


 妙な男に背後から矢が突き立った時点で、勝負あり。

 それがムーサの「仕掛け」であり、「ひと揺すり」だ。

 あとは前進の号令をかけてくれれば、敵は潰走する。


 「ヒロ君、お返しする」


 これだよ、全く。

 席次だの命令系統だの、そこを絶対に間違えない。



 「緩歩前進!無抵抗の者には手を出すな!」


 少し残念そうな表情を浮かべる兵達。

 ひと言付け加えておくかな。

 

 「諸君の行動が主家の名誉となる!」


 そして主家の名を挙げたことが、諸君の功績となる……と。

 そこまでは言う必要が無いぐらいには「心利きたる者たち」。


 「バルベルグ隊、ノーフォーク隊、教団関係者を追え!」

 

 カレワラ家は俺が隊長をやっているし、デクスター家は戦後処理が仕事。

 エミールとクリスチアンは、これで「初陣」の格好をつけられるだろ。


 そう思っていた矢先、馬蹄の響きが脇を駆け抜けた。


 「カルヴィン!?」


 抜け駆け!?

 バカが!こっちは各家のバランスを考えながらやってるってのに……。

 ほら、左右の兵達が武器を振り上げた!


 抜け駆けが許される状況……「早い者勝ち」なら、妨害行為も許される。

 ケンカ上等のお祭り騒ぎになっちまうことぐらい分かってるだろうに。 

 くそっ!


 「聖堂騎士団は先行して集落を斥候せよ!斥候だけだ!攻撃は厳に禁ずる!」


 ごまかしにもならないところだが……。

 一瞬悪鬼の如く目を光らせた兵達が、俺の言葉に歯を見せる。

 

 「よっ!大戦帰り!」

 「宗教バカには苦労させられますね」

 「横取りされた手柄のぶん、臨時収入、期待してますよ?」


 助かったよ。

 「おう!聖別された金貨を枢機卿猊下から分捕って来てやる!」


 「聖別されたら使えねえじゃん!」

 「やっぱ宗教はクソだ!」



 「若、これが現場で学ぶべきことです」

 どうやらサコンさんの、ノーフォーク家のお眼鏡にはかなったようで。



 「ローグの素質がありますよ、ヒロさん。兄に好かれるわけだ」


 いつの間にやら傍に立っていたムーサが、上空に指を差す。


 「聖堂騎士団突出の理由は、あれでしょうね」

  


 煙が幾筋か、目的地の集落と思しきところから立ち昇っていた。


 

 「気になるな。……ヒロ君、行ってくれ。ここは僕が取りまとめておく」

 

 隊長自ら手柄を取りに行くのかよ……などと邪推されてはたまらないが。

 

 「黙らせるから安心したまえ。『威』なら、君には負けないさ」



 イーサンにそう凄まれては、肩をすくめるほかは無い。

  

 

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