第二話 死霊術師《ネクロマンサー》 その2
ベンさんが、こちらに向き直った。
目が合うなり、飛び退る。いや、そんなに機敏なものではない。逃げようとして逃げおおせず、その場に尻餅をついただけのことだ。
「お、お助け……」
その場で土下座されてしまった。
「やめてください、ベンさん。危害を加えるつもりはありません。こちらはお世話になっている身です。」
どうしたらやめてもらえるんだ。
困り果てた俺は、「神官さま」に問うしかなかった。
「死霊術師って、何なんですか?何でこんな目で見られるんですか!」
逆ギレである。
「力を持っているという感覚が、全く身に着いていない……。これは……記憶がないと言う以上に、成り立てだということかもしれませんね。」
いいでしょう。説明します。
逆ギレする俺にまるで動じず、「神官さま」が語りだした。
「あなたは、おそらく死霊術師です。死者の霊・魂を使役する能力を持った人です。うすうす気づいているんじゃないですか?こちらの家のおじいさんの霊が、あなたの指示に従ってくれていることに。」
ええ、まあ。なんでわかるの?
「死者の霊を使役できるということは、畏怖の対象になります。霊を感知できない人に対して、いくらでも知覚外からの攻撃、いわゆる闇討ちができるということなのですから。もっとスマートに、秘密を握って脅迫することだってできる。それだけではありません。死霊術師が死者の霊・魂を使役している、その仕組みには未だ不明なところも多いのです。もしも、死霊術師の機嫌を損ねたら、いつの間にやら魂を縛りつけられ、未来永劫にわたって、奴隷のような扱いを受けるかもしれない。虚実入り雑じった、そのような『畏怖』を煽って、社会の影で暗躍している死霊術師もいるらしいという噂もあります。」
現に俺は、二人の秘密を握っている。
脅迫などする気はないし、どうにもショボイ内容ではあるが、秘密は秘密である。
愕然として声を失っていると、ベンさんが、振り絞るようにして声を挙げた。
「お願いします!父の魂を解放してください!全財産を差し上げます!」
「いや、そのようなことを言われましても……トムさんが何とおっしゃるか……」
「お金では足りませんか?」
顔を上げたベンさんの顔は、紙のように白くなっていた。
「違います!お金は要りません!他の何も要りません!そうじゃなくて、トムさんに手伝って欲しいと言われてこういうことになったわけだから、それを果たさないことには僕からはトムさんを解放しようがないんです!トムさん!」
振り返って叫んでしまった。
「ワシも、どうやったらいなくなれるのか、分からん。それにしても、わが息子ながら、情けないのー。」
そう語るトムさんの、息子を眺める目は赤かった。
俺の説明をきいた、「神官さま」は言う。
「おそらく、その通りなのでしょう。トムさんの目的を果たさない限りは、ヒロさんから契約を解くことはできない。契約を解くことができない状態、使役されている状態の霊については、私には浄化の権限がありません。……ヒロさん、トムさんとの約束を果たしたら、あなたへの対価が払われていないとしても、契約を解除してもらいます。それと、しばらくはあなたを私の監視下に置きます。」
有無をいわさぬ口調に、反発を覚える。
「こうしてお世話になっている以上、対価など受け取るつもりはありません。脅迫だの闇討ちだの、するつもりもする理由もありません。契約解除はかまいませんが、監視下に置かれるいわれはないでしょう。」
そう口にせずにはいられなかった。
「私の指示には従ってもらいます。これは温情です。権限がなくとも、必要とあれば浄化は行いますし、成り立ての死霊術師に後れを取るつもりもありません。」