第二百四十一話 外交 その4
交渉は、「自治都市」泉州港で行われたのだが。
その初っ端から、2つの点で難航した。
まず、第一に……。
王国と臨時政府は、対立しているわけだが。
正直なところを言ってしまえば、王国と臨時政府とでは、国力に違いがある。
そういう場合、小国の外交はどうしても「攻撃的」にならざるを得ない。
自国の遭難者を引取るについてすら、いちいちケチをつけなくては「いけない」のだ、彼らの立場では。
「王国の海賊行為を認めることが先決だ」と言い募っているらしい。
先乗りしていたイセンから、そう聞かされた。
向こうの外交官は、「小さなことでも、メンツを守らなくてはいけない」。
こちらは「この程度、丸く収まればそれで良い。もっと大きな案件があるのだから、それを進めるための潤滑油になれば……」。
と、なれば。妥協の幅が大きいのはこちらで。
どこかの国と、唐辛子のように突き出た半島の関係みたいだ。
外交官が「弱腰」「無能」と叩かれがちになる理由が、少し分かったような。
「今まで悪かったね」とは言わないさ。それが仕事なんだろうから。
俺にしても、同情されたくはない。プライド、あるいは職業意識の問題だ。
とは言え、実務担当としては腹も立つ。
副使格のイセン・チェン、俺の顔を見るなり憤懣をぶちまけた。
「貴族でもない、ただの民。スパイ扱いするも治安擾乱の容疑で処分するもこちらの自由。あるいは生産活動に従事させる(王国に迎える、定住させる)こともできるのに。陛下の寛大な思し召しを何と心得るか!」
同感ではある、けれど。
大国側が、「おう、お恵みだぞ」という態度を匂わせてしまっては、ねえ。
「『ターヘル・ヘクマチアルを悪者にする』という方法もあるとは思うけど?」
ターヘルに罪をおっかぶせる。
筋悪の手ではあるが、とりあえずイセンの頭を冷やさなくては。
「ヒロ君、それは悪手……いや、分かっているか。弟のユースフや父のムハマドが、王都で『抗議活動』をするだろう」
俺のような軍人貴族や、チェン家のような大貴族は、やり返せるけれど。
割を食うのは左馬頭クラスや右京の学生寮暮らしの中流以下、なにより庶民だ。
「それに、国防を担うターヘルのやる気を殺ぐのも、問題だと思う」
事前に勉強して得た、いちおうの認識として。
この世界では「通商破壊政策」は採用されていない。
ターヘルが行っている海賊行為は、「島持ち・水軍持ち」の領主や官僚に認められている、「通行料の徴収」に過ぎない。
「小遣い稼ぎ」や「経済活動」の範囲を出ない、牧歌的な活動だ。
「国策」のような「大枠に基づくもの」とは異なる。
……いや、「通商破壊政策」が採用されていないと言うよりも。
「誰もその案に気づいていない」、と言うのが正しいか。
いわゆる「海軍力」が、それを成し遂げるほどに成熟してはいないという理由もある。
「海軍」的な勢力は、いまだ統合されていない。ヘクマチアル家やファンゾ衆のような豪族も、先日出会った富商たちも、それぞれ船を持っている。
国軍と比べても引けを取らぬ……とまでは言わぬが、相当な勢力であることは確かだ。
産業革命前であるがゆえに、経済力の差が技術力の差に直結してもいない。へたをすれば、潮の流れの知識も込みで、漁民の小舟のほうが快速だったりすることもある。
だからこそ、政策の可能性に「気づけない」。
ロシウ・チェンほか、一部の鋭敏な閣僚を除いて。
それを可能にする大軍を有している、キュビ家とメル家を除いて。
だがもしターヘルが、それに気づいてしまったら。
あるいは「臨時政権」が、それに気づいてしまったら。
「通商破壊政策」に悩まされるのは「大国」の側。
相場はそう決まっているのだ。
「イセン、今回の話だが。どの程度の『条約』を結ぶべきだと思う?」
恐らくは、「海賊の取締り」が鍵になる。
「通商破壊政策を未然に防ぐ」取り組みだ。
全面戦争になってしまえば、そんなこと期待できないけれど、それでも。
「通商破壊政策は、非紳士的だ。非人道的だ」という意識を、王国と臨時政権に「いま」植え付けておく。
実際にそうなのかは、問題じゃない。「そういうものだ」とお互いに縛りをかけてしまうのだ。
そのための条約あるいは紳士協定を結ぶことが、今回の目的になるのでは?
……と、そこまで口にはしなかったけれど。
「それは君の仕事だろう?僕は口を出すつもりはない」
予想通り、イセンはご機嫌ナナメであった。
ん、了解。こっちで決めさせてもらうぞ?
「海賊の取締り」に話をつなげるためには……。
「漂着民引渡しの口上だけど。『いずれの勢力による襲撃かは、不明ですが。どこであれ王国が海賊行為を取締れなかったことについては、遺憾に思います』。これでどうだ?相手も呑めるんじゃないか?」
2秒と待たずに、イセン・チェンが言葉を返してきた。
「第一に、『王国が手を下したわけではない』ことは主張しておくと。第二に、『これは遺憾です。どこで起きたにせよ、治安維持の責任を負っているのは王国でしたのに』。……なぜなら『海は全て王国の領海なのですから』かい?それはいい」
この反射神経。
その才をとやかく言われているイセンですら、これだもの。
トワ系という連中の奥深さ。
「海賊行為取締りを条約の軸とするんだね、ヒロ君。臨時政権としても、領海主張をするためには『海の治安を守っている』と言い張らなくちゃいけなくなる。そこにつけこむと」
頷きを返しておく。
だが裏の意図、「通商破壊政策の予防」は、告げない。
敵を謀るにはまず味方から、だ。
剃刀の如く鋭いイセンから隠すのは、なかなか難しいところだが。
……などと思っていたら、当の相手はため息をついていた。
「ここが僕の至らぬところか」
言葉の意外さに驚いたことを、俺は隠せていただろうか。
「所与の条件下で、問題に対する最適解を導くことはできる。が、問いを与えられなければ無力だ。政策課題を発見すること、問いを設定すること。それが今後の僕に必要とされる能力のようだね。……年上から言っても聞かなければ、年下の様子を見て『我が振り直せ』と。相変わらず僕は、兄の手の平の上か」
そういうことさ、などと言うわけにはいかない。
同情などしている場合では無いのだ。
俺にはてんで分からなかったロシウの意図を読み切った。
そのあたり、やはりイセンは俺の上を行っている。
ならば、かけるべき言葉は。
「手伝ってくれるか?」
「当然だ。ここで足を引っ張ったりしたら恥の上塗りさ。……いや、これは失礼。協力させていただきます、正使どの」
お手並み拝見と来たもんだ。
やっぱりなかなか、めんどくさい。




