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第二百三十話 辺境伯たちの思い


 「で、なぜ君が募集に応じているわけ?」



 クレメンティアさま入内の話は、着々と進んでいた。

 お付きとして宮中に入る女官については……どう言えばよかろう。


 ①公募はされていない。

 ②しかし、一定層のご家庭には、事実上「推薦のお願い」が通知されている。

 ③しかししかし、すでに内々定は出ている。新たに募集に応ずる者など、現時点ではほとんどいない。


 そういう状況にあったのだが。



 「それと……なぜ俺がここに呼ばれているわけ?」


 応募窓口にして採用担当に任ぜられているのは、フィリアなのだけれど……と、そんな疑問を掬い取ったわけでもあるまいが。

 そのフィリア本人から、説明があった。

 


 「『色無し』の、護衛担当女官として応募されたのです。……『私の実力については、ヒロ・ド・カレワラ男爵閣下がご存知でいらっしゃいます』との触れ込みで。父や曾祖母がおもしろがって、『ならばヒロさんを呼び、証言してもらいましょう』と」



 まあね。

 彼女の実力を肌身に感じた経験があるのは、王都在住貴族多しといえども、たぶん俺ひとりであろう。

 では、面接官として。


 「ふたつ伺ってよろしいでしょうか?」


 「ええ、もちろんです。私は採用をお願いする側なのですから」


 「ひとつ。なぜ王都にいらしたのですか?ふたつめに……あなたほどの家格、家産をお持ちであれば、王都でも『深窓の令嬢』として過ごせるでしょうに、なぜ王宮勤めを選ばれました?それもメル家の、クレメンティア様付きとして」


 「父の命令ですわ」

  


 ああそうでした。

 いつだって、内懐に飛び込むのがあの人のやり方でしたね。

 大領のあるじでありながら、フットワークの軽さはまるで若者。



 「ミーディエ辺境伯家は、私を嫁に出すのではなく、婿を取る方針に決しました。優秀なかたに兄の片腕となっていただき、北進……あるいは防備の万全を図る意図です」


 それが、サラ・E・ド・ラ・ミーディエの、父辺境伯閣下の、回答であった。



 千早がひょいと口を挟む。 


 「なるほど。優秀な若手は近衛府を中心に王宮づとめをされているであろうゆえ、サラ殿ご自身が『内懐』に飛び込んで見定めるのが一番だと。そういうことにござるか」


 戦場を共にしたサラは、今や友と言って良い存在だ。

 遠慮など不要の関係。




 「ええ。それに辺境伯家は、家格は低くありませんけれど、やはり田舎者扱いされがちなのです。行儀見習い・花嫁修業、さらに箔付けとしても、王宮勤めを希望しております」

 

 まさかり担いで行儀見習いとは。

 武家の闇は深い。


 「第二次ウッドメル大戦を経て、ミーディエ家とメル家の仲は修復されつつあります。さらに私がクレメンティア様にお仕えすることで、内外に両家の友好ぶりをアピールしたいと。父はそう申しております」



 どんどん踏み込み、間を潰しに来る。

 ミーディエ閣下らしい思考ですこと!


 「卒業式は、証書をもらうだけだからすっぽかしたわけね?で……」


 貴族令嬢が「お付きも無しに」行動するわけが無いのだ。

 すでに集落の主となったクリスティーネ・ゴードンがいないのは当然としても。

 もうひとり、やはり斧持ちの少女がそこに座っているわけで。


 「ティナ(・ウィリス)は……」


 

 「あたしの家格なら、王宮の『庭掃除』だろうね。ついでにアンヌも、こっちで仕事を探してるからよろしく。ヒロんとこで、とりあえず秘書にでもしてやってくれ」



 エッツィオ閣下、やっと理解できました。

 自分の都合を押し付けていくことができぬ者は、貴族を名乗れぬのですね?

 何が腹立たしいって、アンヌも能力識見に優れた学園の卒業生だということ。

 文句無しに「欲しい人材」なのだ。




 愉快そうに目を細めていたメル公爵が、やっと口を開いた。


 「ひとつよろしいかな?」

 

 サラに尋ねながら、ティナにも目を向けている。

 ドミナとどちらが体格が良いか、気になっているに違いない。

 

 「我ら武家は、『田分け』や『後継者争い』には、特に神経質だ。サラさん、あなたに優秀な婿を迎えては、兄上との確執の火種になるとは思わなかったのかな?……ドグラス君も、なかなかの人物と聞き及んでいるが」



 問われたサラは、ミーディエが辺境伯家として成立した縁起から語り始めた。


 「ミーディエ家は、家格こそそれなりでしたけれど。何と言っても元はトワ系。武家としての財もノウハウも持っておりませんでした。それどころか兵も士官もまるで不足している状態。父はそこから志を抱き、辺境伯の地位をかたじけなくするに至りました……」


 話の結論としては。

 「総領のドグラスは、『覇気』あるいは『ハングリー精神』に欠ける」と。

 ミーディエ辺境伯はそう評価しているらしい。


 でもねえ。

 二代続けて「覇気」が強いとなると。

 今度は父子の間に政権争いの確執が起きるわけで。



 いや、そこはミーディエ閣下もよくご存知のところだったようだ。


 「父は、堅実な兄に不満を抱いているわけではないのです。『跡継ぎは兄』と、一族から家臣に至るまで全員が認めています。が、『辺境伯』の称号を預かる以上、ミーディエは守勢に回ってはならぬ家。常に攻勢を意識しなくてはいけません。……ですから、その欠けた部分を、私の婿となる人に補ってもらおうという意図です」


 歯切れの良いこと。


 「私は現在、ミーディエで街をひとつ与えられています。『婿君にはこれを資本もとでに打って出てもらい、切り取ったぶんの領地を与える』と。父はそう申しております」



 辺境伯領の中に、さらに辺境伯的な領土を、人物を、気風を、養成していこうというのか。

 いや、強烈なものだ。


 

 公爵閣下、破顔一笑。


 「いや、これはお見事。さすがは新進気鋭の武家。その心意気、我らも見習わねばならん!」



 正面から「武家」と言い放ったのは……


 (修辞ではござらぬ。巧まずにその言葉が出てくるところが、若君の魅力でござるよ)

 と、モリー老が懐かしげな笑みを浮かべ。



 そのモリー老の言葉に、息子に対するような慈愛の目を向けたゴッドマザーは。

 一転、サラを懐かしげに見やっていた。


 「お父様のリキャルドさん、相変わらずの曲者ぶりですこと」


 「父をご存知で?」


 「ええ、まだ王宮勤めの……十代の頃でした。ウッドメル家のジュアンと、リキャルドさんと、お二人の奥様になられたふたりの姫君とで、五緯大道沿いのメル館にいらしたことがありましたの。……サラさんは、目がお母様にそっくりですのね?口元はお父様に似ていらっしゃるかしら?」


 「この顎は、少しコンプレックスなんですけれど。逆に似るよりはマシだったと、両親には言われているんです」


 

 ウッドメル伯が誘って、みんなで遊びに来たのかな。

 そういう風雅を楽しむ余裕なんて、今の俺にはとてもとても。



 いずれにせよ。

 異能を含めたサラの能力は、フィリアにおいて先刻承知。

 いまや両家に確執も無い。

 ましてゴッドマザーとご当主に気に入られたとあって。


 サラとお付きのティナ・ウィリスは、一発採用とあいなった。



 そのサラ・E・ド・ラ・ミーディエ嬢。

 父上の命令か、本人の意思か。

 王都滞在の意図を隠そうとしなかった。

 


 「ミーディエ辺境伯家が、末娘の婿を募集している。街ひとつの財産を持っていて、さらに領地は切り取り次第。……彼女の王宮勤め開始が、スタートの号砲となる」

 


 貴族の口コミ、ティータイムのネットワークで、パッと広まってゆく。

 上から下まで誰も彼も忙しいくせに、「それでも退屈は大嫌い」というのが貴族たち。

 お祭り騒ぎのネタを持ち込んでくれる人物は大歓迎されるものと相場は決まっている。



 「……が、この件は僕には無縁だね。むしろ君向きじゃないか、エドワード君」


 「確かにシメイはお呼びじゃねえな。で、俺か?サラの兄貴、ドグラスとは馬が合ったな」


 ちょうど2年前のこと。

 我ら一行がミーディエ辺境伯領にお招きされていたその裏で、人質としてメル館を訪れたドグラスと居候していたエドワードは、あちこち遊びまわっていたのだ。


 「と言うか、辺境伯家と気が合うみたいなんだよな、俺は」



 王都での短い滞在の間にも、エッツィオ閣下はエドワードに声をかけていた。

 さすがにまだ、「仲を深める」までには至らなかったように見えるけれど。

 お互いに好感触を抱いたのは間違いないところ。


 「ミーディエ家やエッツィオ閣下だけじゃなくて、西海道でもそうだったんだ」



 率府から見て東南にあたるブンガの地には、「ニコラス家」が辺境伯に任ぜられている。


 ニコラス家、もとはインディーズ系武官の家柄。

 我がカレワラやリーモン、オーウェルなどの同僚であった。


 文官としては、特に法律と礼制を得意とする家柄であって。


 (あたしが生きてた頃から、ニコラス党は強かったわね。軍法がしっかりしてたから。ただ……辺境伯を張れるほど大きな家じゃなかったと思うんだけど。カレワラより小さかったわ。出入りになったとしても、負ける気はしなかった)


 とのこと。

 アリエルの顔は、なんだか少し悔しそうであった。



 そんなことに構いつけるはずもなく、エドワードが説明を続ける。


 「俺たちキュビのお目付け役だよ。その意味じゃあ、ミーディエ閣下と似てるかもな」


 王都の勢力は、辺境をメルやキュビ「だけ」に任せることを善しとしなかった。

 つまりは政治的な意図による任命である。


 「その割には、乱暴者に目をかけてくれるんだよなあ。俺も可愛がってもらったもんだよ」 



 エドワードとは長いシメイは、プライベートな情報もいろいろと知っている。

 ひょいと情報を提供してくれた。


 「ああ、そういえば。エドワード君はニコラス家の令嬢とも噂があったね。サラさんの噂を聞いてニコラス家がどう出るか」


 


 まあね。

 婿がねとしてのエドワードが「お値打ち品」であることは間違いない。


 サラと、ミーディエ家と取り合いになるかなんて、知る由もないけれど。

 悶着や騒動もまた、お祭り騒ぎのひとつであって。

 貴族社会においては大いに歓迎されるのである。

 「火がなければ煙を立てればいい」と思うヤツもいることですし。どうなることやら。




 「羨むつもりはありませんけれど。どうして辺境伯家にもてるんでしょうね、エドワードは」 


 エッツィオ閣下も、ミーディエ閣下も、いまひとつ歯切れが悪いと言うか。

 貴族の特徴ではあるけれど、シニカルなところが特に強く感じられるというか。

 何を考えているのやら、俺にはよく分からないところがある。



 「辺境伯家であるほかに、三つの家はみな初代であろ?人柄の問題かも知れぬの。『創業型』と『守成型』というヤツよ。己の代で創業し、後を守成の者に任せる。ひとつの理想ではあろうの」



 カエサルの次はアウグストゥス。

 徳川家康の次は秀忠。

 長期安定政権の、まさに黄金パターンではあろう。


 「サラも言っていたところですが。……しかし、まだ戦は続く。『辺境伯』家である以上、守りに専念することは許されない。だから娘婿に『創業型』を迎えておこうということですか?」


 

 久しぶりに出会った顔が、呆れの表情に変わった。


 「も少し単純なものかと思うたのだが。……何も無いところから、あるいは貧しく力無きを嘆く境遇から、工夫を連ね戦いを重ねて州ひとつを切り取った。そうした『創業の心意気』を、次世代にも求めている。それだけのことやも知れぬて」



 李老師が言うことだ。

 まず大まかなところ、当たっているに違いない。


 エッツィオ閣下も口にしていたところではあるが。

 少々「片意地が強い」ようなところがあるのかもしれない。


 そう言えば、サラと……ミーディエ閣下の、顎。

 意志の強さが滲み出ているもんなあ。




 と、こんな会話が交わされたのは、3月も末のことで。



 王都にやって来た李老師は、開幕一声、俺に手をついていた。

 「かたじけない。よくぞ千早を助けてくれた」



 五番勝負の時点で、老師はどこまで予見していたのだろう。

 

 驚きも呆れもしたけれど。

 見慣れた背中を再び眺める喜びを前にしてしまえば、そんなことは考えるだけ詮無いことのように思われて。

 

 「やめてください。良いんです。私にとっても意味があったのですから」


 扶け起こし、笑顔を交わしたのだけれど。

 


 もう半月、いや一週間でも早く来てくれていたらと。

 衰えをまるで感じさせぬ腕に触れてしまうと、そう思わずにはいられなかった。





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