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第二百二十五話 嘘 その1


 二日後、俺はソシュール道場に顔を出していた。



 「武人徴ぶじんだめし」の直後、無事を陛下に報告した帰り道。

 ロシウ・チェンに呼び止められ、依頼されたのだ。



 「エルキュール・ソシュールは出仕停止(ちょうじ)(停職処分)と決まった。レイ・ソシュールは自ら謹慎を申し出ている。……そのレイから、ヒロ、君への伝言だ。『よくぞ飛び出してくださいました。王宮に穢れを生ずるところでした』とのこと」

 


 それこそが、俺が報告に上がった……「無事な姿を確認していただいた」理由。

 王宮内で死者を出すことは、「王宮内に『穢れ』が生ずる」という意味において、大問題とされる。



 「レイ・ソシュール。あれは惜しい。人柄も含め、陛下の侍衛にふさわしい。そう思わないか?」


 

 ロシウのその言葉から、用件が見えた。


 「数日中に、ソシュール道場を訪問します。……『あれは試合中のできごと。熱が入るのは武人のさが。私もこのとおり無事ですし、お互い水に流しましょう。聖上からもすぐにお許しがあることと存じます』……」

 

 この「お使い」、俺にとっても悪い話ではない。

 どうすればエルキュールを殺せるか皆目見当がついていない中、敵情視察の口実ができたというもの。

 

 では、あるけれど。


 「口上はそれで、よろしいのですね?」


 確認しておいた。

 梯子を外されてはたまらないから。



 「ああ、それで良い。レイ・ソシュールの復帰は、『規定路線』だ。その方向で頼む。……道場の流儀、武人どうしの付き合いについては、私より君のほうが詳しいであろう。任せるよ。……だが」


 ロシウの目が、こちらを窺っていた。


 「本当に水に流して良いものか?」



 良いのだ。

 エルキュールに恨みがあるわけではないのだから。


 恨みは無いが、除かねばならぬ。

 それだけのことだ。


 まして道場やレイ・ソシュールに恨みなどあろうはずもない。

 彼らとの関係では「水に流す」ことができる。

 嘘は言っていない。


 「ええ。武人、あるいは軍人貴族のほうが詳しいところです。お任せください」



 アレックス様と並ぶと称された男の目は、しかしこちらを捉え続けていた。

 鋭く細められ、光が宿る。


 「……エルキュールという男。あれは野に在るほうが幸せだったのやもしれぬな」


 勘づいたな?

 どこまで読み取った?

 俺の決断の……そう、「根深さ」にまで気づいているか、否か。


 「……いや、任せると言ったのは、私であった」

 

 どうやら、気づかれていない。

 「どんな手を使っても」というところまでは。

 気づいたなら、引き止めの言葉を口にせずにはいられぬはず。



 

 そして訪れたソシュール道場は、妙な雰囲気の中にあった。



 筆頭師範代が「やらかして」、師範ともども王宮から「追い出された」。

 さらなるお咎めが下りはしないか、門弟たちも気が気では無いところだが……。


 「自主謹慎」のお師匠さまは、道場の見所けんぞに座っているではないか。

 久しぶりに指導が受けられる。


 怯えたような、開き直ったような、妙な熱気。

 早めに訪問したのは正解だったかもしれない。


 よりにもよって「被害者」のヒロ・ド・カレワラの訪問と聞いて、道場は一瞬静まり返ったけれど。

 「出稽古に参りました」と挨拶しただけで、その空気が収まった。

 


 やはりこの道場は、良い。

 

 さすがにエルキュールは完全謹慎。

 道場に顔を出すことすら許されていなかった。


 が、ほかに4人いる師範代が、代わる代わる稽古をつけてくれた。

 詫びの意味もあるか、「剣を交えて真意を探る」つもりか。


 こちらはエルキュールに半死半生の目に遭わされた後だというのに。

 遠慮なくぶちのめしにくる。


 やっぱりこの道場は、良い。

 ロシウに示した多言など、不要であった。こちらの意は「通じている」。

 


 レイ師範直々の指導を受ける機会にも恵まれた。



 ……思い返せば、幸いな話でもあった。

 

 俺は、エルキュールの「本気」と向かい合う機会を得たとも言えるわけだ。

 そして師範代全員に引続き、レイ・ソシュールとも剣を交えることを許された。

 たまらなく、幸せだ。


 ……あんなことさえ、無かったなら。

 千早が「武人徴ぶじんだめし」を受験さえしなければ、あるいは。


 ……いや、繰り言だ。

 千早とて、武術の天才。その機会を渇望していたのだから。



 

 目の前に立つは、円熟の壮年剣士。

 


 一礼して、飛び込む。

 松岡先生から学んだ、「正しき型」を履みつつ。

 

 アレックス様ほど疾くは動けないけれど。

 初めて指導を受けた時の千早ぐらいには動けたと思う。


 木刀と木剣が交わり、戛と音を立てるや。

 年の割りには若く涼やかな声が、伝わってきた。


 「腕を上げられた」



 たまらなく、うれしかった。


 だが。

 分かっている。これは、エルキュールから受けた賜物なのだ。

 死ぬ思いをしたおかげで、剣を交えるにおいて、少しだけ余裕が出るようになった。腕が上がった。



 その進境に気づいたから、師範代たちも遠慮なく俺をぶちのめしに来た。

 彼らの嬉しそうで、悔しそうな顔。


 「武術仲間」が腕を上げた。自分たちの「兄貴分」の指導のおかげで。

 そして腕を上げた「後輩」と、剣を交えることのできる喜び。


 「エルキュールの本気を受けるなんて、自分ひとり良い思いしやがって」

 同時に動いていたのは、そんな感情。

 陛下への非礼も何も、関係ない。それこそが武人の全て。



 この境地を教えてくれたエルキュールには、感謝の思いすら浮かんだけれど。

 

 そのエルキュールを、俺は殺すと決めた。

 いつ、どうやって。それは見えてこないけれど。

 殺すと決めた。




 レイ師範の突き込みは、鋭かった。

 まともに食らって、吹き飛ばされて。


 「いま一本。真剣を抜かれよ!」



 異例のことに道場がどよめく。


 二本目の指導をつけることも異例であるが。

 レイ・ソシュールが本気を見せていたから。



 あけすけな胴間声が聞こえてきた。

 師範代のひとりだ。


 「先生は、エルキュールの非礼を償おうとお考えなのであろう」

 

 非礼を償うのに殺気を向ける。

 それが礼儀だと、師範代から新弟子までが信じている。これぞ武術バカ。


 たまらなく幸せな話だが。

 殺気を向けられるのは、いつだって恐ろしいもの。


 (そうか、レイ・ソシュール)


 朝倉?


 (全員気合入れろ!全力で行くぞ!)


 言われなくとも!



 「手も無く吹き飛ばされる」ことは無かった。

 つばぜり合いまでは、持ち込めた。


 走馬灯が走り始める。また臨死体験か。


 ……霊気をぶつけ合う中で、走馬灯が走り始めると。

 向こうにも見えるんだよな。

 俺の半生が。俺の、意図が。


 いや、レイ・ソシュールなら剣を交えずとも気づいていたはず。

 エルキュールに対する、俺の思いに。



 (なに余裕かましてんだ!来るぞ!)


 気づくのに遅れた。やはり朝倉は、俺より上か。

 しかし……これは厳しい!


 「いざ!」

 

 えっ?


 ……これは、レイの走馬灯?

 そこまで本気に?自分も死ぬ気で撃ち込んで来た?



 うわっ。なんて殺し方を!

 誰だ、このキ○ガイは。

 ユースフ・ヘクマチアルどころの騒ぎじゃない……レイ!?


 子供……エルキュール?

 出会って、拾って、育てて……。


 豺狼の如き男が、「生まれながらの武人」を見出し。

 いつか勝負するつもりで育てているうちに。

 父となり、道場を開き、そして。



 レイ・ソシュールの本気を受け止め続けるには、俺はまだ実力不足。

 時間にすれば、5秒も経っていなかったはず。  


 全てを見る前に、いや、圧殺される前に。

 つばぜり合いを跳ね除けられ、シールドバッシュで吹き飛ばされて。

 師範代の一人に、受け止めてもらっていた。


 だから!

 うらやましいからって小突くなっての!



 

 一礼の後、別室に招じ入れられた。


 「非礼を犯した我ら親子に対し、あまりにも優渥なる大御心。身の置き所もありません」


 一言も告げてはいないけれど。

 陛下がお許しになっているということは、通じていた。


 だが、俺は事実上の使者だ。

 回りくどくとも、口にする義務がある。


 「レイ師範は、止めに入ってくださったと伺っております。聖上をはじめ閣僚の皆さまも、『師範には罪は無い』との仰せです」



 穏やかな笑顔を見せた、レイ・ソシュール。

 この顔を、俺は知っている。見たことがある。 


 「先ほど『お見せした』とおりです。エルキュールを育てた私にも、罪はあります」 


 

 そうではないでしょう?レイ師範。


 

 「……ヒロさんでは手も足も出ません。分からぬはずがない」 



 いや、俺はやる。


 「レイ師範、まだ言葉を飾るおつもりですか?」


 俺もあなたも、見せたんだ。

 互いの心を。



 「武人どころか、事によっては人扱いもせぬと?獣のごとく狩り殺し嵌め殺すと?」


 無言をもって、肯定に代えた。

 ……それが、「手段」か。やはり他に、策は無いか。

  


 「させません。あれでも私の子です。いや、それ以上に……エルキュールは生まれながらの武人だ。武人として死ぬべきだ。絶対にさせません」



 ああ、そうあって欲しかった。

 俺に武術の腕があれば、あるいはそれも可能だったのか?

 詮無い仮定でも、自意識過剰でも、そう思わずにはいられなかったから。


 「私はアレックス様と千早の命が守れれば良いと思っています。しかしエルキュールさんは、ふたりを武人としてしか見ていない。ふたりが死ねば小さくは一地方が、大きくは極東が大混乱に陥るということをまるで理解してくれていない」


 妥協の余地があるかのような言葉。

 空疎な、言葉。



 「私が押さえます。目を離すことはしない。この道場で、門弟たちと切磋琢磨しあう日々を送らせる。私に一任してもらいたい」


 実の伴わぬ、返答。

 


 「くれぐれも、お願い申し上げます。……念を押す非礼、お許しください」

 



 お互いに、嘘をついた。


 「できるわけがない。レイがエルキュールを説得し、謹慎させている間は、準備のための時間が稼げる」

 それ以上のことを、俺は期待していなかった。

 レイも俺の内心を見透かしている。



 それでもお互いに、嘘をついた。

 嘘が真実まことになる一縷の望みに縋りたくて、嘘をついた。


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